火事
晩餐会が執り行われる三十分程前、宮殿の厨房は火災に見舞われていた。
晩餐会で出されるはずの料理や食材は跡形もなくなり、調理用の油に引火し火の手はさらに増した。
それを遠くから、眺めている二人がいた。
勿論、俺とノエルだった。
「さすがの手並みだな」
「これほどまでに騒ぎを大きくするつもりはありませんでしたが」
申し訳なさそうに言ったノエルは、紙包みを差し出した。
「これは?」
「附子の根です」
附子とは俗に言うトリカブトのことだ。
つまりは、俺を毒殺しようとした明確な証拠。
「確証がなくて不安だったが、疑念は確信に変わったな。ありがとう、ノエル」
「私は私の職務を全うしたまでです」
先程の顔合わせで俺は、ボードゥヴァンとヴィレムの手による暗殺を確信した。
その後の晩餐会に参加していようものなら、間違いなく今頃は骸となっていただろう。
それを予見し、ノエルに命じて宮殿の厨房に火をかけさせた。
「ひとまずこれで命の危機は去ったか」
ユトランド評議会の会議に参加するまでの間に立て続けて起きた暗殺と暗殺未遂。
ユトランド評議会の会議がまだ始まってないことを考えると先が思いやられる。
ここで一安心、でなくここからが本番ということに……。
「陰の者一同、閣下の身を守るべく全力で職務に励みます」
「あぁ、そうしてくれると助かる」
翌日――――足早にモクムを経つと一路、海沿いにハンマブルクを目差した。
ハンマブルクから海路でコーベルヘイゲンを目指そうというわけである。
案内人のブレフトには、「火災などがあるようでは落ち着くことが出来ない」と伝えておいた。
本音を言えば「火災起こしたんでここにはいれません!」といったところだ。
そしてコーベルヘイゲンに到着したのは、それから二日後の夕方のことだった。
「どうにも船旅は苦手だな……」
アルフォンス公爵領は山や高原に囲まれた内陸だ。
それゆえに、船に乗ったのは生まれて初めてだった。
「私は平気でした」
そう、船旅の間は食事も喉を通らずずっと吐き散らかしていたのである。
ノエルに背中をさすって貰っていたわけだがどうにも主君としての格好がつかない。
「羨ましいな」
典医の話では、乗り物で酔う人と酔わない人の違いは精神的ストレスの有無だと言っていたな……。
そう思うとなるほど納得だ。
今現在、ユトランド評議会という問題に直面していて絶賛ストレス中というわけだ。
「晩餐会は、欠席されますか?」
「そういうわけにもいかんだろう……」
「閣下が気の毒です」
晩餐会で仕出しされる料理と酒のことを考えるとせっかく陸に上がったのに吐き気が込み上げてくる。
それでも無理をしないといけないところが、国家元首の辛いところだ……。




