第二章〔1〕 /…ランサー王
ある日、ムルザは以前戦いがあった場所に連れて行ってくれた。
戦場…私がいた、王宮の隠れ庭の明るさに比べたら、そこは未だ墓場に見えた。
町の搭があるあたりの空に、ビオナダ火山がそびえていた。
「さ、もう十分だろう」
ムルザが踵を返した。
私は慌てて彼の後に続いた。
「戦いは、いつ起きるの?」
奇妙な事に、私の中に早く敵と戦いたいと言う思いが芽生えていた。
「さぁな」
ムルザが私を観察するように見た。
彼についてしばらく走ると、 戦場となった土地から避難する人々と出くわした。
荷物を腰をかがめて担いだり、 荷物を乗せた馬車をひっぱったりして歩いて、私達の側を通り過ぎて行った。
後ろ姿を見ながら私は彼に聞いた。
「ムルザさん、あの人々はどこに行く?」
「さぁな」
それきり、私達は一言も口をきかなかった。
二人が王宮に戻ると遺跡への入口の前で隊長が待っていた。
それはハシュナーと言ってランサー王の腹心である男だった。
「ムルザ殿、王の命令をお伝えに参りました」
「はて、ご命令とは何か」
ハシュナーはムルザに次のように命令を伝えた。
「王は新たな戦士が誕生したと聞かれました。王は今宵、戦士を全て連れて来るようにと仰せです。どうかご命令通りに」
ムルザは王に仕える一戦士として育てられ、鍛えられた男だから命令には絶対服従する。
だが、心は重かった。
「ハシュナー、王に必ず今宵参じると伝えてもらいたい」
ムルザは静かに言って遺跡へと戻った。
そこにはユトラ、ギゼ、レイネ、ラエが不安そうにムルザを待っていた。
「我々を殺すつもりではないようだが…」
と、ムルザはバレンを見た。
「王が皆揃って来いと言うからには何かある。特にバレン、お前だ」
「バレンの事なんですか?」
ラエが驚いて言う。
「あぁ。バレン、よく聞け。お前は我々の大切な仲間、しかしお前は我々と心を同じくしてはいない。それはお前が一番分かっているだろう。王が何を考えているかは知らないが、王が我々にお前を襲えと命令したらそれを断る事は出来ない」
その声はいつもと違って悲しみがこもっていた。
バレンは何の事か分からないようだった。
「ムルザさん」
ラエがバレンをいきなり抱きしめた。
「そんなのひどいです!」
と叫んだ。
ムルザは目を閉じた。
「ラエ、この体じゃなければ私はこの子やお前達を連れて逃げるだろう。だがそうではない。私は王の所へ行き、どのような意向か確認するつもりだが、覚悟はしていろ。バレン、お前もな」
バレンの頭に軽く手を乗せた。
「大丈夫だ…」
と言うと、その場を去った。
皆はバレンを遺跡の部屋へ連れて行き、王に逆らって、あるいは楽しみの為に処刑された仲間の話しを聞かせた。
バレンはしばらくその話しを聞いていたが幾らか落ち着いていた。
「俺、死ぬかもしれないんだね。でも王に逆らったら皆も殺されるんだろ?さっき話してくれた、聖水を浴びせられ続けたり、傷が治るのをいい事に散々武器を突き刺されて殺された人みたいにさ。だから皆に殺されても、俺、恨んだりしないよ」
ラエがバレンにしがみついた。
その時、ムルザが戻って来た。
ユトラがムルザの前に出た。
「いかがでした?」
ムルザはユトラの真剣な目を見て頷いた。
「取り越し苦労だったようだ」
と答えた。
バレンは、その言葉で心が軽くなった。
ムルザは急いで手紙を一通書いた。
それは、王の母親であるユギスにあてて書いたものだった。
ムルザはユギスの戦いを好まない穏やかな性格を知っているので、自分達の事を頼んだのだった。
日が落ち、王の所へ行く時間が来た。
ムルザは皆を先に行かせ、こっそりレイネを呼んだ。
「レイネ、私はまた王の元へ行く。先程会ったばかりだからまた会ってくれるかは分からないが。大体バレンの事は我々とワウリン様以外知らないはずだ。ワウリン様がバレンの事を言うとは思えない。例え不完全なモノだとしても…あの方は自分が創り出したモノに愛着を持っておられるからな。誰かが我々の事を知っているに違いない。誰であるかは見当はつくが」
レイネははっとしたように
「まさか、以前バレンを襲った連中ですか?」
と言った。
「あぁ」
「生き残りはいないはずですが」
「あぁ。だが、連中はお前の警戒網をくぐり抜けてバレンに危害を加えた。我々に察知されない様な方法を編み出したのかもしれん」
それを聞いて、レイネはいてもたってもいられない気持ちになった。
あれから5年も経過している。
「だとしたら非常に厄介だ。王だったとしても、敵国の連中だったとしても」
「心に留めておきます」
「お前はこれからユギス様と会うだろう?この手紙を渡してくれ」
「はい」
二人はそれから宮殿の方へ向かった。
ムルザが覚悟していた通り、王はムルザと会おうとしなかった。
王は今宴の最中で忙しいという事だった。ムルザは皆の所へ向かった。
途中で兵士達を見た。
兵士達は訓練をしている最中だった。
『こんな時間に、これほど大勢の兵士が訓練とは…』
ムルザの顔が青くなった。
その様子を見て、ムルザはまた近いうちに戦いがある事を知った。
ムルザは皆の元へ走った。
皆はレイネを除いて隠れ部屋にいた。
「レイネは?」
バレンは尋ねた。
「ユギス様の所だ」
ムルザは皆を見回した。
「皆、王は宴会を開いている。余興に我らを使うかもしれん」
「レイネはどうしてユギス様の所なんだ?」
これにはギゼが答えた。
「護衛だからだ」
バレンはまじまじとギゼを見つめ、黙った。
「王は宴会を開いてるんですよね、レイネさんに危険は無いんですか?私は町にいた時、王の宴会は悪事の限りをつくすものだと聞きました」
今度はラエだった。
「レイネはいつもユギス様といるから心配ない」
と、ムルザが答えた。
その頃、レイネはユギスの下へ向かっていた。
遠くから足音が聞こえた。
足音で誰かはすぐ分かる。
大勢の召使を従えた王妃シーティーンだった。
「これはこれは、レイネでしたの」
シーティーンはレイネの前で足を止め、言った。
「何をしてらっしゃるんですの?まさかあなた、宴へ?」
「はい」
「誰に呼ばれたの?」
「王様とユギス様にです」
王妃はキッとレイネを睨んだ。
嫉妬深いシーティーンは自分が出る事が出来ない宴に王がこの女を呼んだと言う事が癪だった。
王は王妃の他にたくさんの愛人がいたから、更に王を横取りする女が増えたのではないかと不安だった。
「で、王はお前に何かさせるの?」
「いいえ、何も」
とレイネは答えた。
「おかしいこと、王はお前に何もさせずに側に置くの?」
「王妃様は前から誤解してらっしゃいます。私はユギス様の護衛です」
「では、お前は本当に王の何でもないのね?」
「誓って」
レイネは王妃の前に跪づいた。
シーティーンは尚も用心深くレイネを見つめていたが吐き捨てるように言った。
「お前はそれなりに腕が立つようだから、私のお抱えの剣闘士達と戦って貰おうか。勝ったら正式にお義母様の護衛と認めよう。
負けたらお前は私の奴隷になるのだよ」
シーティーンは歩み去った。
レイネはユギスの部屋に入ると手紙を渡し、しばらくして先程の王妃の事を話した。
ユギスは
「王妃の事は放っておきなさい。私が諌めましょう。それがあの人の為ですからね」
と静かに言った。
「王はあなた達を、ワウリン殿を恐れています。だからあなた達がワウリン殿に逆らえ無いのをいい事にひどい仕打ちをするのです。でもねレイネ、王に歯向かおうだなんて思わないでちょうだい。あなた達には私がついていますからね。さぁ、そろそろ行きましょう」
ユギスはレイネを連れて宮殿の大広間へ急いだ。
既に大勢の人がいた。
「レイネ、王が貴女を見ています」
「存じております」
王とレイネの目が合った。
やがて王はレイネを見るのをやめた。
そして大臣の方を向いて言った。
「連中はもう来たのか」
「はい、我が王」
と大臣はうやうやしく答えた。
「あの女も、ムルザも何年経っても変わらないな」
「そうでございますね」
「あの女を試した時の事を覚えておるか」
「王様、忘れもいたしません。ですが王様、連中はいくら強くとも所詮はワウリンの下僕、とるにたりません」
「あの化け物どもがとるに足らない…か」
王は苦笑した。




