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こころが先かことばが先か―『為兼卿和歌抄』を真剣に読む。  作者: 村咲 春帆
私家版『為兼卿和歌抄』。
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49/180

本文篇

本文篇では細切れだった「本文」を、一括掲載にしてみました。

校合済ですので、「宮内庁書陵部《くないちょうしょりょうぶ》蔵(ぞう)為兼卿和哥抄《ためかねきょうわかしょう》」の写本内からははみ出してしまいましたが、市販の「専門書に載っている本文」レベルです。

語釈や現代語訳が不要の方は、こちらをお楽しみください。


教科書風を標榜するならば、各章のタイトルは、(『伊勢物語』における「東下り」のような)独自のものをつけるべきなのでしょうが、勝手につけるのはおこがましいということで、『枕草子』形式を採用しています。

(一)哥と申(まう)し(●)候(さうら)ふ(●)もの(物)は(頁001~頁004行008)


 哥と申(まう)し(●)候(さうら)ふ(●)もの(物)は、このごろ(比)花の(●)下((もと))に/集((たか))る好事などのあまねく/思ひ候((さうら))ふ(●)さま(様)にばかりは候((さうら))はず。/心にあるを志((こころざし))と言(い)ひ、言(こと)にあら/はるる(ゝ)を詩哥((しか))とは、皆知(し)りて/候((さうら))へども、耳に聞(き)き(ゝ)、口に楽(たの)し/み候((さうら))ふ(●)ばかりにて、心にお(を)さめ候(さうら)ふ(●)/方《かた》、暗(くら)く候((さうら))ふ(●)ゆへ(ゑ)に、ただ知(し)ら/ざると同((おな))じ(●)こと(事)に成(な)り果(は)て候((さうら))ひ(●)にける/由(よし)、沙汰((さた))し(●)候((さうら))ふ(●)。しかれども(然而)、我も我もと矛(ほ/こ)先(さき)を争(あらそ)ひ、才学((さいかく))をたて/候((さうら))ふ(●)前(まへ)は、いづれか是いづれか非、/知(し)りがたきに似候((さうら))へども、此((この))道(みち)は/浅(あさ)きに似て深(ふか)く、易(やす)きに似(ゝ)/て難(かた)く、佛法ともひとへ(つ)に候(さうら)ふ(●)/なれば、邪正((じゃしゃう))をたづね極(きは)めら/れ候((さうら))はん時は、私((わたくし))あらむところは/叶(かな)はずや候((さうら))はんずらむ。されば/和漢の字により候((さうら))ひ(●)て、唐(から)の哥・や/まと哥とは申((まう))し(●)候へども、うちに/動((うご))く(●)心をほかにあらはして紙に書(か)き/候((さうら))ふ(●)こと(事)は、さらに変(か)はるところなく候((さうら))ふ(●)/にや。文と申((まう))し(●)候((さうら))ふ(●)もひとつことばに候((さうら))ふ(●)/由(よし)は、弘法大師の御((おほん))旨趣にも委((くは))し(●)く(●)/見((み))え(●)て候((さうら))ふ(●)にこそ。境((さかひ))に随((したが))ひ(●)て起(お)こる心/を聲に出(い)だし候((さうら))ふ(●)こと(事)は、花に鳴(な)く/鶯、水に棲(す)む蛙((かはづ))、すべて一切((いっさい))生((しゃう))/類みな同(おな)じことに候((さうら))へば、「生(い)きとし/生(い)けるもの、いづれか哥を詠(よ)まざ/りける」とも言(い)ひ、乃至((ないし))草木((さうもく))を/風吹((ふ))き(●)て枝を鳴(な)らすも「柯((えだ))は哥なり(也)」/とて、それまでも哥なる由(よし)、/樸揚((ぼくやう)大師(だいし))も見(尺)せられて候((さうら))ふ(●)と/かや。されば、天地((あめつち))を動(うご)かし、鬼神((おにがみ))/をも感ぜしめ、世((よ))を(●)治((をさ))む(●)る(●)道(みち)ともなり、/「群徳((ぐんとく))の(之)祖((そ))、百福((ひゃくふく))の(之)宗((しゅう))なり(也)」とも定(さだ)められ、「邪正(じゃしゃう)をたゞすこと(事)、これ(是)よ/り近(ちか)きはなし」など候((さうら))ふ(●)にや。




(二)凡((およ))そ(●)一切((いっせつ))/のこと成就((じゃうじゅ))するには(頁004行008~頁008行010)


 凡((およ))そ(●)一切((いっせつ))/のこと成就((じゃうじゅ))するには、相應((さうおう))をさ/きとし候((さうら))ふ(●)なればにや、伊勢太(大)神/宮・八幡・賀茂をはじめ奉りて、/和國に迹(あと)を垂(た)れたま(給)ふ(●)諸神((もろがみ))も、/仏・菩薩も、権者((ごんじゃ))も、代々の聖主〔も〕、/仁徳天皇((てんわう))・聖武((しゃうむ))天皇・聖徳((しゃうとく))太子/弘法大師・傳教((でんげう))大師以下((いげ))、皆これ(是)/を詠(よ)みたま(給)ふ(●)。東大寺造(つく)りて供((く))/養((やう))あらむとての日、行基((ぎゃうき))菩薩/難波((なには))の岸にて婆羅門((ばらもん))僧正((そうじゃう))を/迎((むか))へ(●)たま(給)ふ(●)時も、/


「霊山((りゃうぜん))の釈迦の御前((まへ))に契りてし/真如((しんにょ))朽(く)ちせずあひ見(み)つるかな」/


と詠(よ)みたま(給)ふ(●)返しにも、南天竺((なんてんぢく))より/始((はじ))め(●)て来(きた)れる婆羅門僧正も、/


「迦毘羅衛(かびらゑ)に昔契(ちぎ)りしかひありて/文珠(殊)の御((み))顔(かほ)あひ見(み)つるかな」/


と詠(よ)みたま(給)ふ(●)も、和國に来((きた))れば相應((さうおう))/の詞((ことば))を先(さき)として、和哥を詠(よ)めり。/すべて和國は神國なる故(ゆゑ)に、/神明((しんめい))は殊(こと)に和哥をもてのみ、/多(おほ)くは心ざしをもあらはしたま(給)ふ(●)も、/相應((さうおう))の故(ゆゑ)と申((まう))す(●)にこそ。されば道(みち)/をも守(まも)り、新(あら)たなること(事)も/先規多(おほ)くはべ(侍)る(●)にや。


 大方((おほかた))、物に/ふ(な)れて言(こと)に(と)心と相應((さうおう))した/る間(あはひ)をよくよく(能々)心み(え)んことの、必((かなら))ず(●)/草木((さうもく)鳥獣(てうじう))ばかりに限((かぎ))る(●)べからざ/る故(ゆゑ)に、よろづの道の邪正((じゃしゃう))も〔これに〕/志((こころざ))す(●)とは(て)言(い)へるにこそ。景物((けいぶつ))につ/きて心ざしをあらはさむ〔に〕も、心を/とめ、深(ふか)く思ひ入(い)るべきにこそ。/「必(かなら)ずよく四時((しいじ))に似たるを用(も/ち)ひよ。春夏秋冬の気色((けしき))、時/に随(したが)ひて心をなして、これ/を用(もち)ひよ」ともはべ(侍)れば、春は/花の気色(けしき)、秋は秋の気色(けしき)〔に〕、/心をよくかなへて、心に隔(へだ)てずなし/て言((こと))にあらはるれば、折節(おりふし)の/まこともあらはれ、天地((あめつち))の心にもか/なふべきにこそ。「気性((きしゃう))は天理に合((あ))ふ(●)」/ともはべ(侍)る(●)にや。




(三)稽古に力入((い))る(●)る人も(頁008行010~頁014行009)


 稽古に力入((い))る(●)る人も、/才学((さいかく))を好(この)み、義を案じもち/てばかり問答((もんだふ))をする時、古人の/詞((ことば))をも我((わ))が(●)方(かた)の趣(おもむき)にのみ/とりなし、心は入(い)れで僻様(ひがざま)に理(こと/わ)り、我((わ))が(●)物に得((う))る(●)ところもなし。得((う))る(●)ところ(所)なし(無●)は進(すす)むことなし。詠(よ)み出(い)だす分(ぶん)/も不審を挙(あ)ぐる際(きは)も、月(同じ)輪の/うちを出(い)づること(事)なき由(よし)、沙汰((さた))し(●)候((さうら))ふ(●)なり(也)。/されば年来((ねんらい))の好事((かうじ))、これ(是)をのみ嗜(た/しな)む由(よし)なるも、古人のさほど/嗜(たしな)むとや聞((き))こ(●)えざりけるも、/詠(よ)める哥のさま、遥(はる)かに隔(へだ)/てて及(およ)ぶこと(事)なし。


 京極((きゃうごく)入道(にふだう)中納言(ちゅうなごん))/定家、千首を詠(よ)みて送る人の返((かへ))り(●)事((こと))/に書(か)けるごとく、「哥は必(かなら)ず千首/万首を詠(よ)むにもよらず。その/道(みち)を心得て詠(よ)む人は、十首廿首/より見(み)ゆべし。さればこれほどの/心ざしならば、哥のやうを問((と))ひ(●)聞((き))き(●)て/ぞ讀((よ))む(●)べき」と言(い)へる、肝要((かんえう))なる/べし。


 下((しも))様(ざま)の好事((かうじ))の中に、不審/を出(い)だし才学((さいかく))をたつる人も、/「久方((ひさかた))の空」とは何とて言(い)ふぞ、「あら/かねの土(つち)」とはいかなる心に言(い)ひ/初(そ)めた〔る〕ぞ、など言(い)ふこと(事)をのみ問((と))ひ(●)たる/を、いみじきこととせり。これ(是)もまことに/あるべきこと(事)なれど、かやうのこと(事)/はたださと知(し)るばかりにて、大(おほ)き/なる得分なし。哥はいかなるもの(物)ぞ、/いかにと向(む)きて、いかにと詠(よ)むべきぞ、/良(よ)しとはいかなるを言(い)ひ、悪(あ)しとはいか/なるを知(し)るべきぞ、昔今((むかしいま))の変(か)はれ/るはいづくか変(か)はれるぞとも、いか/にして人の賢(さか)し愚(おろ)かなるをも/知(し)り、我(われ)も人となり進(すゝ)む(●)べきなどは、/まづはじめの一重((ひとへ))なる不審にも/せられぬべきを、さは皆(みな)向(む)かは/ずして、入((い))られぬ道より入(い)らむと/し、及(およ)ばれぬ方(かた)より昔(むかし)にも/及(およ)ばんなどのみする輩((ともがら))、我((わが))暗(くら)/きままに、人の心のかやうに問((と))ふ(●)をも/嫉(そね)み、あらぬ方(かた)へのみ言(い)ひ成(な)すなり(也)。/


 古哥を多く覚(おぼ)え、家々の抄物((せうもつ))/を見(み)るばかりによりて、哥のよ(能)く(●)詠《よ》/まれば、末代の人ぞ次第に見て/は賢(かしこ)くあ(な)るべき。されど人丸・赤人/をはじめとして、我(われ)とまことあ/るところにて、誰(だれ)を学(まな)び、誰(だれ)/を本((ほん))とせざりしかど、これ(是)に及(およ)/ばぬを恥(は)づること(事)は、古賢((こけん))一同の/こと(事)なり(也)。古(いにしへ)に立(た)ち並(なら)ばんと思/はば、古((いにしへ))に劣(おと)らぬところは、いづく/よりいかにぞすべきぞと、かなはぬま/でも、これこそ委((くは))しき(●●)大事にてもあ/るに、ただ姿詞((ことば))の上辺(うはべ)を学(まな)/びて立((た))ち(●)並(なら)びたる心地せんは、叶((かな))ひ(●)/はべ(侍)り(●)なんや。古人は我(われ)と心ざしを/述(の)ぶ。これはそれを学(まな)ばんとする/心なれば、大(おほ)きに変(か)はれるなり(也)。




(四)京極((きゃうごく)/入道(にふだう)中納言(ちゅうなごん))、「寛平((くゎんぴゃう)以往(いわう))の哥に立(た)ち/並(なら)ばんと(頁014行009~頁017)


 京極((きゃうごく)/入道(にふだう)中納言(ちゅうなごん))、「寛平((くゎんぴゃう)以往(いわう))の哥に立(た)ち/並(なら)ばんと詠(よ)める(×)は、物の心さとり知(し)/らぬ人は、新(あたら)しきこと(事)出((い))で(●)きて、哥/の道(みち)新(あたら)しくなりにたりと/言(い)ふなるべし」と言(い)へり。まことにその/理((ことわり))深(ふか)きにこそ。されば鎌倉右府((うふ))/将軍((しゃうぐん))に哥の道(みち)を授(さづ)け申((まう))す(●)/にも、寛平((くゎんぴゃう)以往(いわう))の哥に立(た)ち並(なら)/ばむと讀((よ))む(●)べき由(よし)を申((まう))す(●)。年号((ねんがう))の/中に寛平((くゎんぴゃう))に(と)指(さ)す心は、光仁((くゎうにん)天皇(てんわう))の(●)/御宇((ぎょう))、参議((さんぎ))藤原((ふぢはらの)濱成(はまなり))、和哥式を/作(つく)り、寛平((くゎんぴゃう))の御時((おほんとき))、孫姫((ひこひめ))・喜撰重(カ/サ)ネテ式ヲ作(ツク)リ、哥ノ病を定(さだ)/め、同((おな))じ(●)こと(事)再(ふたた)びは詠(よ)むまじき/こと(事)になり、心も起(お)こらぬ輩(ともがら)も、題と/いふこと(事)盛(さか)りにな(成)り(●)て、折句((おりく))・沓冠((くつかうぶり))な/どまでも人の能にして詠(よ)む/姿(すがた)の、寛平((くゎんぴゃう))より盛(さか)りになれり。/これを腐(くた)して寛平((くゎんぴゃう)以往(いわう))とは/云((い))ふ(●)なり(也)。古今にも假名・真名序とも/に哥やうやう下(くだ)れることを言(い)へり。/万葉((まんえふ))のころ(比)は、心の起(お)こるところ(所)のままに、/同((おな))じ(●)こと(事)再(ふたた)び言(い)はるるをも憚(はば/か)らず、褻晴((けはれ))もなく、哥((うた))の(●)詞((ことば))、ただの/言(こと)葉とも言(い)はず、心の起(お)こるに/随((したが))ひ(●)て、欲(ほ)しきままに云((い))ひ(●)出((い))だ(●)せり。心〔の〕自((じ))/性((しゃう))を使(つか)ひ、内(うち)に動((うご))く(●)心を外((ほか))に/あらはすに巧(たく)みにして、心も/詞((ことば))も躰も性も優((いう))に(も)勢(いきほ)ひ/も、を(お)しなべて〔作者の□□□□□、かれもこれもすべて〕あらぬこと(事)なる故(ゆゑ)/に、高(たか)くも深(ふか)くも重(おも)くもあるなり(也)。/




(五)これ(是)に立(た)ち並(なら)ばんと向(む)かへる人々の(頁018~頁025行006)


 これ(是)に立(た)ち並(なら)ばんと向(む)かへる人々の、/心を先(さき)として詞((ことば))を欲(ほ)しきまま/にする時、同((おな))じ(●)こと(事)をも詠(よ)み、先達((せんだつ))の/詠(よ)まぬ詞((ことば))をも憚(はばか)るところ(所)なく詠(よ)める/こと(事)は、入道((にふだう)皇太后宮(くゎうたいこうぐう)大夫(だいぶ))俊成、京極((きゃうごく)/入道(にふだう)中納言(ちゅうなごん))、西行((さいぎゃう))、慈鎭和尚((じちんくゎしゃう))などま/で、殊((こと))に(●)多(おほ)し。


 されば五條入道((ごでうにふだう))が、/


「思(おも)へば夢(ゆめ)ぞあはれなるうき世ば/かりの惑(まど)ひと思(おも)へば」/


とも詠(よ)み、「暦(こよみ)を巻(ま)き返(かへ)して/なほ(猶)春と思はばや」とも「榾(ほた)さし合(あ)は/せて」などのたぐひ多し。同((おな))じ(●)こと(事)再(ふ/たた)びあるも、人によりて晴の/哥合((うたあはせ))にも難ぜず。


 慈鎭和尚((じちんくゎしゃう))の、百/首ながら勅撰に入((い))る(●)程の哥を読((よ))み(●)/て日吉社に籠(こ)めんとて詠(よ)まれたる/にも、初((うひ))五字に「参(まゐ)る人の」とも「埒(らち)/の外((ほか))なる人の心(こころ)」とも詠(よ)まれ/たる、風情のみにてあれど、後鳥羽/院皆御合點((がってん))ありて、お(を)さまれり。/


 新古今にもかやうの沙汰まで出(い)で/来(き)たるしるしに、古人の哥ならで、/當世((たうせい))の人の中に詠(よ)みたりとも、よ/からむをば、わざと入((い))る(●)るべき由(よし)、仰((おほ))せ(●)下((くだ))され(●●)/仰((おほ))せ(●)下((くだ))され(●●)て、あまた入((い))る(●)うち、家隆卿((きょう))、/


「逢(あ)ふと見(み)てことぞともなく明(あ)けにけり/はかなの夢の忘(わす)れがたみや」


/「なし」とい(云)ふ(●)こと(事)二所((ふたところ))あれど、載(の)せらる。/


 京極((きゃうごく)中納言(ちゅうなごん)入道(にふだう))の(●)哥にも、この姿(すがた)も/同((おな))じ(●)こと(事)〔に〕詠(よ)めれど、我((わ))が(●)心に合(あ)ふ哥をば、/百首十首の中にもそればかり/を覚(おぼ)え、心に合(あ)はぬ哥をば、古人の/哥なればそしりはせねど見捨(みす)て/て、「その人の哥〔の〕躰はかくこそあれ」と/ばかり言(い)ふも、皆その程見(み)ゆること(事)/なり。


 されば右府将軍は「山は裂(さ)け/海は浅(あ)せなむ」とも「市に立(た)つ民(たみ)/も我(わ)が思(おも)ふ人をうると聞(き)かなく/に」など風情の哥も多(おほ)く(●)こそはべ(侍)れ。/


 入道((にふだう))民部卿((きゃう))も、


/「を(お)のづから染(そ)めぬ木(こ)の葉を吹(ふ)きまぜて/色々(いろいろ)にゆく木枯(が)らしの風(かぜ)」


/と詠(よ)みたるをば、人々、「木の字二((ふた))つ(●)あり。/三(上)の(●)句を『染(そ)めぬ下(した)葉((ば))』とは、などはべ(侍)ら/ぬぞ」と申((まう))し(●)けるにも、まことに下(した)葉((ば))/と言(い)ひては、染(そ)め残(のこ)す心も思((おも))ひ(●)入((い))れ(●)/たるさまにて、病をも去(さ)れば、方々(かたがた)/その謂(いは)れある方ははべ(侍)れども、風/に随(したが)ひて通(とほ)る木の葉に向き/ては、下葉やらん、上葉((うはば))やらん、げには/知(し)らず、ただ木の葉(は)とこそ見(み)ゆれ、下((した))/葉((ば))と言(い)へば哥の躰、砕(くだ)くるなり、/たださてあるべき由(よし)、申((まう))し(●)て、病((やまひ))に/てははべ(侍)る(●)なり(也)。また(又)その心には落(お)ちゐずして、/上辺(うはべ)ばかりを学(まな)びて、わざと先((せん))/達((だつ))の讀((よ))ま(●)ぬ詞((ことば))を詠(よ)み、同((おな))じ(●)こと(事)をも/詠(よ)まんは、返((かへ))す(●)返((がへ))す(●)その(其)詮((せん))な(無)し(●)。


 今(いま)〔か〕やうの/御沙汰((ごさた))につきて、古(ふる)き躰も心得/おほせぬ輩(ともがら)もわづかに学(まな)び/讀((よ))む(●)こと(事)あれば、これ(是)を探(あなぐ)り求(もと)/めて事を言(い)ひ添(そ)へ〔ぬ〕。また(又)あらぬ句を/とりかへ、様々(さまざま)のこと(事)を作(つく)り出((い))で(●)て、/披露するたぐひ聞((き))こ(●)ゆる。実任((さねたふ))侍((じ))/従((じゅう))が哥に/「軒(のき)の雀(すずめ)の巣(す)に通(かよ)ふ声(こゑ)」と/詠(よ)みたりけるとかや。これをも當/時の躰に賞翫((しゃうくゎん))せ(●)らる(被)る(●)哥とて、「なげしの/上(うへ)に雀(すずめ)巣(す)くへり」とかやなして/披露する人ある由(よし)、聞(き)こ(●)ゆ。返((かへ))す(●)返((がへ))す(●)/その(其)詮((せん))な(無)きに(●●)似((に))たる(●●)か(歟)。大((おほ))方(かた)は、雀、貫之も/題に出(いだ)し、京極((きゃうごく)中納言(ちゅうなごん)入道(にふだう))も/詠(よ)めり。鴬にも古巣(ふるす)とも詠(よ)む、/何(なに)か苦(くる)しからむ、この拾遺、/この(此)風躰の御沙汰を委((くは))しく(●●)承((うけたまは))り(●)て詠(よ)む/にもあらねば、いかにもあれなん(れ)/ど、かやう(様)のたぐひ多し。




(六)ただ明恵((みゃうゑ))/上人((しゃうにん))の『遣心和歌集((けんしんわかしふ))』序に書(か)か(ゝ)れ/たるやうに(頁025行006~頁028行009)


 ただ明恵((みゃうゑ))/上人((しゃうにん))の『遣心和歌集((けんしんわかしふ))』序に書(か)か(ゝ)れ/たるやうに、「好(す)くは心の好(す)くなり、/いまだ必(かなら)ず(●)しも詞((ことば))によらじ。やさ/しきは心やさしきなり(也)。なんぞ定(さだ)/めて姿にしもあらむ」とて、心に思((おも))ふ(●)/こと(事)はそのままに詠(よ)まれたれば、/世の常(つね)のにおもしろきもあり、/さま悪(あ)しきほどの詞((ことば))どもも、『万葉((まんえふ))/集(しふ)』のごとく詠(よ)まれたれど、心/の向(む)けやう、さらによも変(か)はる/所((ところ))はべ(侍)ら(●)じ。今(いま)もその風躰を約束/し定(さだ)めて好(この)み詠(よ)み、入((い))り(●)穿(ほが)に/沙汰事(さたごと)もなし。


 花にても月に/ても夜の明(あ)け日の暮(く)るる気色(けしき)/にても、う(その)こと(事)に向(む)きてはその/こと(事)に成(な)り返(かへ)り、そのまことを/あらはし、その(其)有様(ありさま)を思(おも)ひ/とめ、それに向(む)きて我(わ)が心(こころ)の/働(はたら)くやうをも、心に深(ふか)く/預(あづ)けて、心に詞(ことば)を任(ま[か])する/に、興((きょう))ある(有)おもしろきこと(事)、色をの/み添(そ)ふるは、心(こころ)を遣(や)るばかりなる/は、人のいろひ、あながちに憎むべ/きにもあらぬことなり(事也)。言(こと)葉にて心を/詠(よ)まむとすると、心のままに詞(ことば)の/匂(にほ)ひゆくとは、変(か)はれるところ(所)あるに/こそ。何事にてもあれ、そ(其)の(●)こと(事)に/臨(のぞ)まば、それに成(な)り返(かへ)りて、/妨(さまた)げ交(まじ)はること(事)なくて、/内外((うちそと))調(ととの)ほりて成((じゃう))ずること(事)、/義にて成(な)すとも、その氣味に成(な)/り入(い)りて成(な)す(●)と、遥(はる)かに変(か)はること(事)/なり(也)。




(七)これ(是)をもととして古哥にも(頁028行009~頁031行005)


 これ(是)をもととして古哥にも/なう(ぞ)なう(ぞ)のやうなること(事)も、また(又)「かり/そめにうき世の中を思((おも))ひ(●)ぬるかな」と/言(い)はるるに「白(しろ)露のを(お)くての山/田」とも結(むす)び具(ぐ)するは、また(又)それに/さること(事)、人の氣によりて、昨日は/わろしと言(い)ふこと、今日は良(よ)しと言(い)ひ、/一人に長(なが)く詠(よ)むまじき由(よし)言(い)ひ/て、また(又)他人には良(よ)しと言(い)ふこと(事)も/あり。京極((きゃうごく)中納言(ちゅうなごん)入道(にふだう))新作して、/和哥所にて今(いま)はとどめらる/べき由(よし)、沙汰ありし言(こと)葉ど/もも、よろづの人まことには落(お)ちゐ/ずして好(この)むを憎(にく)みて言(い)へる/こと、人によりて見許(みゆる)すも、先例/もあり、子細もあること(事)なり(也)。


 大((おほ))方(かた)/は、天象((てんしゃう))地儀はその字を慥((たし))かに(●●)詠(よ)/め、言(こと)葉の字はま〔は〕して心を詠(よ)め、/結題((むすびだい))は上下(かみしも)にその心を分((わ))け(●)/て詠(よ)み入(い)れよ、詞((ことば))は三代集((さんだいしふ))の中/にてたづぬべくとも教(をし)へ深(ふ/か)く入((い))り(●)たる人に向(む)けては、また(又)変(か)/はること(事)多し。それ皆その謂((いは))れ(●)/深(ふか)くして、ただかく言(い)ひ置(お)かむと/ばかり、先賢の所為((しょゐ))・古人の詠哥、/皆(みな)、我(わ)が思(おも)ふ方(かた)の色を添(そ)へ、/得分にも成(な)り勝(まさ)り行((ゆ))く(●)こと(事)にや。




(八)哥といふもの(物)を別(べち)に置(お)きて(頁031行006~頁036行002)


 /哥といふもの(物)を別(べち)に置(お)きて、そ(其)の(●)心/を見、沙汰する人と、まことに哥/の心を見(み)るとは、変(か)はること。花の下((もと))/の輩(ともがら)風情の好事((かうじ))が沙汰(さた)/する心は、上((かみ))の(●)句に「旅衣((たびごろも))」と言(い)ひたる/に、「日数((ひかず))重(かさ)ねて」とも「また(又)立(た)ち返(かへ)る」/とも言(い)へるは心ありと定(さだ)め、いた/く衣の才学((さいかく))委(くは)しくせで旅の嵐・/夜半の露(つゆ)にしほ(を)るる衣のあり/さまにつけても「ふるさと(郷)の恋しき」/など言(い)ひなせるばかりは弱(よは)し、/など定(さだ)むるも、必(かなら)ずしも/さのみあるまじきこと(事)にや。


 しか(然)る(●)べ(可)き(●)/人々集(あつ)まれる会に、雲客((うんかく))、/


「浅香山(あさかやま)影(かげ)さへ見(み)ゆる山の井(ゐ)の/浅(あさ)くは人を思(おも)ふものかは」/


といへる哥を言(い)ひ出でて、哥の父母((ちちはは))と/言(い)ふほどの哥、いたづら詞((ことば))はよもあらじ/と思(おも)ふに、「影(かげ)見(み)ゆる山((やま))の(●)井((ゐ))」にて/は心得(え)られはべ(侍)る(●)を、「さへ」の詞((ことば))、いかにも/言(い)ひお(を)さめたるにか、おぼつかなき/由(よし)、申((まう))し(●)けるに、面々才学((さいかく))の人々、/「まことにかく云((い))ふ(●)時はおぼつかなし」/にて果(は)てけるも、かの采女(うねめ)、この/哥を詠(よ)める心、何((なに))故(ゆゑ)に起(お)こりて、/いかにと詠(よ)まるべきところ(所)より出(い)で来(き)/たるぞと、源(みなもと)に基(もと)づき見ずして、/山((やま))の(●)井と言(い)へばそれに向(む)きて詠(よ)める/やうに心得(え)て、不審ひらけぬ/にや。人の妻にて人に見(み)ゆべき/身にもあらねど、設(まう)け疎(おろ/そ)かなるとて咎(とが)むれば、男(をとこ)/の言(い)ふに随(したが)ひて、かの大君(おほきみ)/すかさむとて出((い))で(●)たる身なれば、/土器(かはらけ)とりても、この人をす/かさむと思((おも))ふ(●)心にて、見(み)ゆべくもな/き我(わ)が影(かげ)をさへ見え奉(たてまつ)/るは、浅(あさ)くは思はぬぞと言(い)ふに/寄(よ)り来(き)たる山((やま))の(●)井なれば、ことぐ/さに取(と)り寄(よ)せたるにてこそはべ(侍)る(●)を、/やがて山((やま))の(●)井と言(い)へばとて、この「さへ」/を山の井のぬしになして見ば、/まことにおぼつかなし。我(わ)が影(かげ)に/なして見(み)れば、おぼつかなきこと(事)/なし。かやうのこと(事)をだに見分(みわ)かず/して、思(おも)ひ見たらむは、かくのみぞ/あるべき。




(九)中納言入道((にふだう))申((まう))し(●)けるやうに(頁036行002~頁039)


 中納言入道(にふだう)申((まう))し(●)けるやうに/「上陽人((しゃうやうじん))をも題にて詩をも作(つく)り/哥をも詠(よ)まば、その才学((さいかく))をのみ/求(もと)めて続(つづ)けて詠(よ)むうちにも/よしあし多(おほ)けれど、ひとつ輪(わ)の/うちなり。また(又)それよりは心に入((い))り(●)て、さは/ありつらむと思((おも))ひ(●)やりて詠(よ)めるは、/あはれもまさり、古哥の躰にも/似((に))る(●)なり(也)。な(猶)ほ(●)深(ふか)くなりては、やがて/上陽人((しゃうやうじん))になりたる心地(ち)して、泣(な)く/泣(な)くふるさとをも恋(こひ)しう思((おも))ひ(●)、/雨をも聞(き)き明(あ)かし、朝夕(あさゆふ)に/つけて耐(た)へ忍(しの)ぶべき心地(ち)もせざら/むところ(所)をも、よくよく(能々)成(な)り返(かへ)りてみて、/其((そ))の(●)心より詠(よ)まん哥こそ、あはれも/深(ふか)く通(とほ)り、うち見(み)るまことにこた/へたるところ(所)もはべ(侍)る(●)べけれ」と優(いう)に心((こころ))を(●)委((ゆだ))ぬるも(●●●)/をかし。されば恋の哥をばひきか/づきて、人の心に代(か)はりても、泣(な)く泣(な)く/その心を思((おも))ひ(●)やりて詠(よ)みけるとぞ。/かやうに向(む)かはぬ人の哥は、さはさは/とも、おもしろきやうなるはあれ/ど、いかにぞ優(いう)の添(そ)ひ、勢(いきほ)ひの/深(ふか)きこと(事)はなくて、古哥に変(か)はれ/ること(事)なり(也)。


 されば紫式部も言(い)へる/やうに、「いでやさまで心は得じ(●●)、口にいと歌(●●●●●)/の詠(よ)まるるなめり、恥(は)づかしげの/哥詠(よ)みやとは見えず。まことの/哥詠《よ》みにこそはべ(侍)らざめれ」など/言(い)へるにこそ。

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