魔力暴走
屋敷につき、俺が先に降りるとマリアンが嬉しそうにこちらに走ってきていた。
だが、次の瞬間その場で立ち止まり、一瞬固まったかと思った瞬間……。
周りの温度がかなり下がる程の笑顔をこちらに見せてきた。
「 始めまして、私マリアン・カーリヒルトでございます。リオン様たちにはいつもお世話になっております。ところで、我が家に何か御用でございますか?」
丁寧な淑女のお辞儀をしているはずのマリアンからブリザードが見えた気がした。
その言葉が俺の後ろにいる女に向けられていることはすぐにわかった。
「あ、あらはじめまして。わたくしは、フィール・ラルフエルトスと申しますの、リオンと親しくさせて頂いております。先日のパーティーで婚約者と発表されたからもう一度どんな子か見に来ただけよ。」
女が一瞬たじろいだがすぐに親しくを強調しながらマリアンを睨み始めた。
「 まあ、そうなのですね、ですが今から私達は勉強をしなければなりませんので、部外者の方はできればお帰りいただきたいですわ」
有無も言わせないほど、オーラを出しながら言い切るマリアン。
ほんとに6歳になったばかりの少女なのだろうか…。
とてもじゃないが見えないと俺は思ってしまった。
そんなマリアンの態度に…。
女は甲高い声で怒鳴りはじめた。
「な!年下だから何をゆっても許されるとでも思っていて?わたくしはリオンと親しくさせて頂いているし、あなたに会いに来てあげたのよ!」
「 連絡もなく突然押し入るように来られるのは淑女としてなっておられないのでは?それに、リオン様とどんなに親しかったとしても、礼儀は大切ですわ。(親しき仲にも礼儀あり)ですわ。本日はとりあえずお引き取りください。」
マリアンはそう冷静に冷たい口調と視線で相手をしている。
そのうち女が泣きながら馬車に戻っていった。
めんどうだな、マリアンの方がよほど大人だ。
いつまでもとまっている馬車に俺は苛立ちながら近づき御者に耳打ちする。
「さっさとこいつを連れて行け、それから「もう二度と関わるな、殺すぞ」とでも親に伝えておけ。」
御者に伝え離れようとした瞬間馬車の中に入った女が俺の服を掴み抱きつこうとしてきた。
俺は殺す気で女を睨むと真っ青になりガタガタ震えながら馬車に引っ込み御者を促しさっさと離れていった。
これでやっとマリアンと静かに過ごせる…。
そう思い振り向くと、瞳いっぱいに涙をためながら俺を睨むマリアンがいた。
その後、マリアンは一度も俺とは喋らず、目も合わせないようにしている。
昼食を食べ終わり落ち着いたのかマリアンから俺に話しかけてきた。
「 リオン様聞きたいことがございます。」
「…なんだ。」
「 先程の方は誰ですか?」
俺の瞳を真剣な顔でじっと見つめてくる。
先程?ああ、いつの間にかいた奴か、名前など忘れた。
「知らん」
「 でも、あちらの方は親しくしていると言いましたわ」
マリアンは瞳をまた潤ませながら苛立った声で俺を睨みつけてきた。
ちっ…。マリアンに余計なことを言いやがって。
「ちっ…」
舌打ちだけ漏れてしまった。が別にいいか。
そう思っているとマリアンが一気に捲し上げながら聞いてきた。
「 何故、彼女と馬車でこられましたの?」
「知らんうちに乗っていた」
実際にいつの間にか御者の横に座ってたしな…。
「 何故、連れてきたのです?」
「すぐそこまでついていたからだ。」
セバスにもう無理だと言われたからだが…。
「 何故、彼女はリオン様と親しいと言うのです?」
「今日初めてあった奴が親しいはずがない」
実際に馬車の中で見たのが初だ。
マリアンを見ると零れ落ちそうな涙を瞳にため膨れていた。
こんな顔もするのか…。
手を伸ばそうかとお待った瞬間、マリアンから信じられん言葉が出てきた。
「 むー、では最後なぜ抱き合っていたのです!」
「な!向こうが勝手にくっついて来ただけだ!」
「 リオン様抱きしめなおしていたわ!」
いや、そんなことしていない!睨み返しただけだ!
「 私より彼女との方が良いなら、言ってくださればいいのに!」
…なに?…マリアンは今何を言った…。
遠くから微かにセバスが俺を呼ぶ声が聞こえる。
だが、俺の中はそれどころじゃない。
何を言ったんだと聞こうとしたが…。
「何…だと…。」
「 だから、彼女が良いなら、私と婚約なんてしなくてもいいと言っているのです!」
「ふざけるな…」
「 ふ、ふざけてなどいません!彼女が好きなら私と無理に付き合ってくれなくても結構ですわ!」
目の前で涙が溢れ出続ける瞳で…
俺を睨みつけ続けながら何を言っている。
俺と婚約しなくてもいい…付き合わなくてもいい…だと。
俺から離れるつもりか…、やっと見つけた…のに
俺から…離れるのか…
「させるか」(ボソッ)
俺が呟いた瞬間魔力が更に荒れる。
うまくコントロールできなくなっていることには気付いていたが、それより今どうやってマリアンが俺を見るようになるのかを考えていた。
他の男のとこに行くのか…
俺ではない男にあの笑顔を向けるのか…
俺の気持ちを表すかのように風が吹き荒れ木々や地面などをえぐり切り落とす。
俺はマリアンを、他の男にやるつもりなどない…
お前は俺を、見ていればいい…。
そう思いながら見つめていた。
しばらくすると俯き首を横に振ったかと思うと俺を見つめながら
もう、いいですわ…。小声で聞こえた後に…
「 …っ!リオン様なんて嫌いです!」
俺はその一言に目を見開いた。
そのまま体の中で抑えていた魔力を暴走させる
それはいつもと比べ物にならない魔力だった。
マリアンと俺を囲むように竜巻が壁のように包みこむ。
逃がすものか…!
マリアンに近づこうとした瞬間だった。
「 っ!ああぁぁー」
マリアンが叫び、首と左肩の間に滲んでいく赤いシミ……。
傷口を抑えてしゃがみ込み倒れそうになるマリアン…。
次の瞬間俺は、正気に戻った。
魔力をちらし倒れたマリアンの元へセバスと共に近寄り回復魔法と治癒魔法を使い傷を癒やす。
傷跡も残らず治ったものの…。
マリアンはなかなか目覚めなかった。
どれぐらいたったのだろうか…。
部屋の扉の前に背を持たれさせながらちらちらと除く。
すると目を覚ますなり一番最初に俺の名前を上げた。
「 リオン…様は?」
すまない…、マリアン、俺は…お前を…。
手のひら血が滲むほど強く握ってその場を離れようかとした時…。
「 う…ん。でも、私…リオン様に酷い…こと…言っちゃった。嫌いって…。大好きなのに……。もう嫌われちゃったかな……」
俺の耳に届いた、切ない声、最後は泣いている…。
俺は今すぐマリアンのところへ行って抱きしめ声をかけたかった…
俺は嫌われたと思った…。
俺にはやはりマリアンが愛しくて…大切で…
そして今のままの俺ではマリアンを守る事はできない…
また、今日みたいに傷つけてしまう…
俺はマリアンを最後にもう一度だけ遠くから見つめ…
拳を握りしめ、セバスを連れ帰った。
自分の屋敷に帰り父に、王宮専属魔術士に慣れる程の力を、魔力のコントロールを完璧にしたいこと、そしてセバスに教えてもらえることすべて…を教えてほしいこと、それをやってのけると。
条件として、学園以外は父とともに王宮に行き仕事の手伝いをする事……。
それに頷きリオンは次の日から王宮へ向い手伝い、学園に入学し卒園するまではマリアンに会わないことを決めた。
セバスにはマリアンの家庭教師を続けてもらう。
最初はYESとは言わなかったが、途中で俺の考えに気付いたのか頭を下げた。
「畏まりました。」
学園入学の前日にセバスに
「手紙だけでも出されてはいかがですか、マリアン様も寂しそうにしておられます。何か、リオン様との繋がりがほしそうですよ。未だに嫌われたと思っておられるようですから」
その言葉に俺はマリアンに傷付けてしまった謝罪の手紙と…
「セバス、カスミソウと淡いピンク色のミセバヤの花を用意しておいてくれ。それを花束にしマリアンに送る」
俺はそう頼んだあとまた教机の上で書類に目を落とす。
学院の入学式が終わり校内の廊下を歩いていると、不意に風が俺を横切る。
横を向けば淡いピンクの花が咲き誇る木に目が止まった。
何百年前に異世界人が魔法で作ったと言われる『桜』消して枯れることのない、花びらが全て散りゆくことのない木…。そしてどこかその雰囲気がマリアンを思い出させる…。
今頃…手紙と花は届いただろうか…。
淡いピンクの花…、ミセバヤの花言葉
大切なあなた、愛しい人
白いカスミソウ
永遠の愛、清らかな心、純潔
マリアン…。
俺の送った花言葉は君に届いただろうか…。
そう静かに空を見上げると優しい風と、散る桜の花びらがリオンの頬を撫でるように飛んでいった。