悪夢
濃霧注意
空気が動く。
「...」
サラリとブロンドの髪が揺れる。
今日もあいつは部屋の壁に佇んでいる。
最初のような暴言ははかないが、言葉を交わさない。
「関ワルナ」という警鐘が常に心の中で鳴らせている。
この男も自分の中の存在も、私は2つとも無視する。
きっとこの2つは何かに囚われた亡霊か何かだ。
ただジッと私を見つめてくる精巧な男の置物と、私を中から支配しようとする凶暴な女の嵐。
男は夜中そっと頬に触れてくる程度。
女は覚えることのない夢の中で暴れる程度...。
きっと、男が居ることを許してしまったのは、初めての一人暮らしのせい。
一人ぼっちに耐え切れなかったのが理由。
「フリージアちゃん、一人暮らししてるの?
若いんだから気をつけなさいよ」
「そうですね、ありがとうございます」
薬草を調合しながら、お客さんに相づちを打つ。
「お兄さんも結婚されたのでしょう?
あなたもそろそろ素敵な出会いがあるといいわね」
「はい、いつかは結婚したいですねぇ。
お待たせしました。
これを煮出して、少し熱いって程度になったら痛いところに30分くらい当ててくださいね」
「それじゃ、助かったわ」
「ありがとうございました」と見送りながら『営業中』の札を『準備中』に変える。
そろそろ夕飯時だ。
そのまま鍵を閉めて買い出しに出かける。
「...フリージア、キミは結婚するのか...」
「...」
2階に上がり夕食の支度をしていると、いつの間にか現れた男が口を開く。
この男、どこで聞いていた...?
「ふぅ...」
大きなため息が出る。
こいつが私の前に現れてから、すでに一ヶ月は経っている。
存在に慣れてしまった...と言っても過言ではない。
「...するわよ」
いつかね...。
そろそろ空気扱いもしんどく、本来性格もそこまで悪くないと自負してる私は無視できなかった。
でも目は合わさない。
「フリージア...」
「近寄らないで!!」
手を伸ばそうとする男を牽制する。
動きを止め、寂しそうに笑う男を視界の端でとらえる。
私だってどうしたらいいのかわからないのだ。
鳥肌になったり震えたり、体は全力で拒否をする。
勝手に家の中にいるのもイライラする。
それでも1ヶ月も顔を合わせてれば慣れてくるし、罪悪感だってわいてくるのだ。
「...あんたは...何がしたいの」
目を合わさず、独り言のようにつぶやく。
「フリージア...。
騙され信じれなかった俺を許してほしい」
「許すって言ったら、どっかに行ってくれるの?」
「そばにいたい」
「なにそれ...自分のことばっかじゃない」
ガタリと立ち上がって夕食の片付けをする。
「もう寝る...寝てる間、近づかないで」
そう言ったのに、夜中またひっそりと私の頬を指でゆるりと撫でて、手のひらを当ててくるあいつ。
ガバッと寝返りをうち、振り払ってやった。
『お姉さま、お姉さま。
彼が好きなのはお姉さまじゃないわ、私なのよ』
『みんなが私のことを「キミは心も美しい聖女のようだ」と讃えてくださったの。
お姉さまのお陰よ』
『お姉さま、あなたが居なくなれば私は全てが手に入るの。
わたしのために死んでくださるわよね?』
「う...ん...いや、何もしてな...。
...イヤ...死にたくなっっ」
突然掴まれた腕と、自分の声でハッッと目が覚める。
汗でビッショリだった。
あいつが涙を流しながら見つめている。
「触らないでっ!
...なんで、あんたが泣いてるのよ...」
ビッと腕を振り払い、髪をクシャリと触ってため息をつく。
「...思い出してしまったのか?
俺は...」
「起きたら覚えてないんだし、あんたには関係ない...」
この男はこの疲れる夢に関係あるのか...。
水を飲みにキッチンへ向かう。
空が白み始めていた。
「...あんた、昼間はフードかぶるのね」
朝食も終わり、コーヒーを飲みながらちらりと視線を送る。
「俺はバンパイヤになって、ほぼ永遠の時を生きてるんだ」
「ばんぱいや?
そんなの知らないわ」
「永遠の命を得た代わりに、日に当たるとヤケドする。
そんな生物だ」
「あっそ」
ようするにやっぱり化物じゃない。
「そして俺は永遠にキミに贖罪してく...」
そのまま男は姿を消すようにふらりといなくなる。
私の悪夢にあてられたのか、男は消えてしまいそうだった。
それでもこの男は私が死んだら、また生まれ変わるまで探すのだろうか。
1ヶ月で一人暮らしにへこたれているのに、何十年何百年一人なのはどんななんだろう。
不意に哀れな気がして、さっきまで男が佇んでいた場所に目を向ける。
あの男を恨んでもないし憎んでもない、ただ恐怖だけ。
それだけだった。
早く起きすぎて、ちょっと眠い目をこすると店のドアが開く。
「いらっしゃいませ」
来店者はあにさまだった。
「シアンあにさま、どうしたの?」
ビックリしてカウンターから出て近づく。
「今日は休みだから様子を見に来たんだよ」
「こういう時こそ奥さんと仲良くしてればいいのに!」
ニヤニヤと笑みを浮かべからかってみる。
「フリージアまでそんなこと言わないで!」
「いじめられてるんだ?」
「会う人会う人、本当に意地が悪いよ」
あにさまは人がいいから、すぐにからかわれる。
「まぁ私は元気にやってるから、早く姪か甥を抱かせてよ」
ポスッと肩を叩いてあにさまをねぎらう。
幸せになって欲しい。