再会
到着地点は五里霧中
「ただいまぁ」
一人椅子に縮こまっていた私は、あにさまの声にホッとする。
部屋の中が1段階明るくなったようだ。
「おかえりなさい、食事よそるわね」
「ありがとう。
あれフリージア、キミ顔色が悪いけど大丈夫?」
心配そうに覗き込まれて、焦ってごまかす。
「森に行って、ちょっと体を冷やしちゃったみたい。
夕飯を食べたら直ぐにお風呂にでも入るわ」
「風邪ひかないように、気をつけてね」と微笑みながら、あにさまは仕事の荷物を部屋に持って行く。
夕飯も終わり、風呂の支度をする。
「シアンあにさま、先にお風呂入る?」
ヒョイっとドアから顔を出して、声をかける。
ちょうど本を読んでいるところのようだ。
「いや、体調悪そうだしフリージアが先に入っていいよ」
「ありがとう」
小さな湯船は直ぐにお湯でいっぱいになる。
風呂は我が家で最大の贅沢だ。
今日の疲れや、あの恐れが消えてなくなるようだった。
早めに寝ることを伝え、さっさとベッドに潜り込む。
今日は溶けるように眠れるかもしれない...。
案の定5分も経たないうちに一気に眠りへと引き込まれていった。
「...、...だよ。
...しい人、本当に...った。
300...ずっと...てた」
誰かのささやきに少しずつ意識が浮上していく。
「...いさせて...」
「ん...、シアンにいさま...?」
カーテンを閉め忘れたのか、月明かりで部屋が明るい。
「どうしたの?
まだ夜中よ?」
徐々に視点が合ってくると目に入ってきたものは、月が反射してキラキラに輝く金髪に、シルバーとパープルを混ぜたような瞳の男の人。
ブワッと鳥肌が立って悲鳴がノドから溢れ出てくる。
「ヒッぐぐぅ...!」
口を抑えられくぐもった声がもれる。
恐怖で全身がガタガタ震える。
私ニ触ラナイデ!
関ワラナイデ!!
「そんな絶望する声を上げないで...愛しい人。
300年、キミを取り戻したくて、ずっと探していたんだ。
フリージアっていうんだね。
待っていたんだよ。
俺が、全部俺のせいだ。
本当に悪かった」
そっと手を離される。
「いや、いやいやいや!
来ないで、近づかないでっ!」
ギュッと目をつむり耳をふさいで、後ずさる。
「あんたなんて知らないっ!
二度と会いたくないっっ!」
呆然とした男は伸ばしかけた手を握り締めて、かき消えるようにいなくなり、私は意識を手放した。
コンコンとドアが叩かれ、あにさまがそっと入ってくる。
もうろうとしながらも、起き上がる。
「おはよう、夜中寝言を言ってたようだけどヘンな夢でも見た?
声が聞こえて見に行ったけど、フリージア静かに寝てたから起こさなかったんだ。
朝食できたけど食べれる?
調子が悪そうだけど大丈夫かい?」
にいさまがお互いのひたいに手を当てて、私に熱があるのか調べている。
「...シアンあにさま、悪いけど今日は家から出る気が起きないの...。
薬を買いに来てくれるみんなに悪いけど、仕事は休むわ」
「そうか...」と言いながら、少し心配そうに笑い「薬屋の不養生はいけないよ?」なんて、おどけたように冗談を言ってくる。
「そうね、売上が下がっちゃうわ」なんて合わせていると「工房に行く前に、店に寄って張り紙でも貼っておくよ、じゃぁ行ってくるね」と頭を撫でてくれる。
あにさまは本当に優しい。
あにさまをベッドから見送って、ホッと息を吐く。
もう嫌だ。
起きてあいつに会うくらいなら、ずっと眠ってよう。
思い出すだけで嫌悪感でいっぱいになる。
「...ジア、ジア、フリージア。
俺の愛しい人」
その声が聞こえたとたん、眠っていた意識が一気に覚醒する。
ガバッと起き上がると、フードを目深にかぶった人がベッド脇に立っている。
フードの中から金髪が見える。
真夜中のパープルの目をした男だ。
一気に冷や汗が出る。
「どこから入ってきたのっ!
何が『愛しい人』よ!
気持ち悪い!!
勝手に家の中へ入ってこないでっ!
あんたなんて大っきらいよ」
金切り声は出さなかったが、頭の中にある汚い言葉を全部吐き出す。
同じ部屋も絶対居たくなかった。
「フリージア...」
「私の名前を呼ばないで!」と叫び睨みつける。
呆然とした様子のローブの男がぐらつく。
「恨まれ憎まれてるとはわかっていたんだ。
例えその行為が忘却の彼方でも...。
けど俺は何度でも許しを請いにくるよ、フリージア」
何度もなんて冗談じゃない。
「恨んでも憎んでもいない。
気持ち悪いだけよ。
早く忘れたいから二度と来ないでって言ってるの!!」
悪寒が体を走るたびにブルリと体を震わす。
「二度と私の人生に関わらないで、どこかのだれかさん」
それは遠い昔、確かに願った言葉だった。
横目でちらりと見ると、そこには誰もいなかった。
その日の夕飯時、あにさまが結婚したい人が居ることを告げてきた。
「彼女もいいって言うから一緒に住もう」
あにさまはそう言ってくれたけど、さすがに新婚の二人の邪魔はできない。
倉庫として使っていた店の2階を整理して、移り住むことに決めたのは、話を聞いてから2日後。
倉庫の掃除に2日。
自宅の掃除に2日。
荷物の運び出しと配置に1日。
たった1週間で私は寂しい一人暮らしになってしまった。
その間もあの男は毎日会いに来る。
せっかく...、せっかく私を哀れと見た神がくださった新しい人生だったのに...と嘆く、知らない私が心の奥にひっそりいた。




