初めての街
俺たちのいた森から、冒険者ギルドの支部のある街・ハリカンまでは山をひとつ越えなければならない。
しかし、ヒイラギの精霊魔法で一度行った森ならば転移が可能と言うことで、一気に街まで2キロという所まで俺たちは到着した。
「なるほど、こうやって買い出ししてたのか」
「街の裏手にも森はあるんだけど、誰かに見られても面倒だしね」
ギルド登録にはランク認定試験もあるとかで、俺たちは全員戦闘装備だ。
俺はミルミ特製戦闘服に指弾用の木の実が入った袋。武器は街の武器屋で買うつもりなので丸腰だ。
シルカはいつぞやの黒ゴスロリ衣装に赤マント、つばの広いとんがり帽子に木の杖の魔法使いモード。
ヒイラギは薄緑の長袖に膝上のミニスカート、肩甲に胸当てとブーツは皮だ。腰には長剣をさげている。
ミルミは……いつものメイド衣装に、耳と尻尾が隠れるフード付き外套を被っていた。
「ミルミも登録させるのか?」
「一人で留守番させるわけにはいかないでしょ?」
「わたしも魔法使えるようになりましたから! コーヘイ様のお役にたちますっ!」
やたら張り切ってるな。
この一ヶ月でミルミも魔法を習得した。基本は『燈火』や『洗浄』などの生活系便利魔法だが、洞窟探索などで明かり専門のメンバーがいれば、主力が目標に集中できるのでこれはこれで便利だ。
それに、ギルドの正規冒険者となれば、まっとうな店であれば獣人でもそれほど酷い差別は受けないらしい。
「シルカは冒険者になろうと思わなかったのか?」
「あたしは魔王になる女よ! ……まだ早いとかでヒイラギに止められてたのよ」
ヒイラギを見るとあからさまに眼をそらした。
死んだ母親からシルカを託されたとか言ってたし、ちょっと過保護気味だったのかな。
しばらく歩いて街に到着した時点で、俺は懸念のひとつが的中したことを知った。
「……やっぱりかよ……」
うむ。
字が読めない。
標識、看板、壁の張り紙……。
全滅だ。
会話が普通に成り立っていたので、完全に油断していたな。ぱっと見、書かれている文字の種類が少なそうなので、五十音よりはアルファベットの方に近いかもしれないが、解るのはそれだけだ。
「……よし、プランBだな」
「ぷらんびー?」
首を傾げるミルミは置いといて、俺は別行動をとることを宣言する。
冒険者ギルドに登録するためには、最低でも名前と生年月日、出生地は自筆で書けなくてはならない。
今後起こるであろう生命に関わるトラブルに対し、自己責任であることを認める証明書にサインしなければならないためだ。
とりあえず、狩りの収穫品を売買するために朝市へ向かう皆と別れて、俺は町の中心部へ向かう。
目指すは図書館。もしくは本屋の類か……。
しかし、まだ早朝だというのに人が多いな。
今まで森の中しかいなかったから、いきなりこんなにたくさんの人を見るとつい気後れしてしまう。
意味も無くキョロキョロと周囲を見回していると、背後から声をかけられた。
「どうした少年? 探し物?」
「えひゃっはいぃ?!」
うわっお巡りさん! ……じゃなかった。
振り返ると騎士がいた。
颯爽と俺の前に立つのは、背丈や年齢は俺と同じくらいの女騎士だった。
明るい赤毛をポニーテールにし、美人なのだが意志の強そうな太い眉毛と、くりんとした愛嬌がある茶色い瞳がどことなくアンバランスだ。
均整の取れた体は銀鉄色の軽装鎧に覆われ、白いマントを紋章らしき彫り物の入ったブローチで止めている。
そして最も眼を引くのが、その腰にさした長剣だった。
刃渡りは1メートルはあろうか、10センチ以上の幅のある両刃剣。これをこの人が振れるのか? 異世界すげえ……。
「だいじょうぶ?」
「えっ? あ、はい。始めて来た街ですので……」
「わかるわかる! 実は私も到着したばかりでね」
気さくに話しかける女騎士さん。
良かった。この街の警備兵とかでは無い様だ。できるだけ国家権力とは距離を置きたいしな。
「失礼した。私はフレイヤ・ディル・ソロウド。首都の国家騎士団から、ここの北方警備騎士団に配属されたばかりなの」
「いっ!? ……こ、コーヘイ・イスルギです」
……もろ国家権力の人でした。
「……へぇ~、コーヘイ君は冒険者になりに来たのか! 大変だね~」
「まあ、体は頑丈ですし、仲間もいますから」
街の反対側にある騎士団本部に向かうというフレイヤさんと、なぜか同行することに。
道すがら、通りすがりの人に彼女が本屋の場所を聞いてくれたからなのだが。残念ながら図書館は無かった。
「フレイヤさんこそ大変でしょう? 首都から一人で異動だなんて……」
あ、ひょっとして左遷とか? 悪いこと聞いたかな。
「従者は馬と一緒に門前の詰め所に置いて来たのよ。近衛騎士以外の『魔剣持ち』は便利屋でね、あちこちやらされるのが恒例なのよ」
「魔剣?」
俺は彼女の腰を見直す。そうか……これが魔剣なのか……。
>ころしてでもうばいとる
「な、なにをするきさまら~」
「なに?」
「いえいえいえいえいえいえ」
やはり魔剣は貴重なのか。
冒険者になって、魔剣を買える位稼げるようになるのはいつの日だろうか?
大通りの外れに本屋はあった。
フレイヤさんと別れた俺は扉をくぐる。
「すいません、ちょっと見させて貰っていいですか?」
「傷めないでくれよ。あと転写魔法禁止」
そんなのがあるのか。
店の中には結構な量の本が納まっていた。適当に手にとって開いてみると、活版印刷の文字が並んでいる。
(印刷技術は普及しているのか。これなら筆者の字の癖で覚え間違いとか無さそうだから良いか)
それではチート開始。
まずは子供向けの教育絵本から、パラパラとめくりながら文字と挿絵を凝視する。
絵柄と合致する単語を思考加速で繰り返し暗記しながら次の本へ。
一通り詰め込んだら次は物語のある絵本。文法は日本語に近いな。慣れやすいのはありがたい。
その次は……。
こうして俺は、日常生活で支障のない程度の異世界文字をマスターした。
本屋の店員は、半日あまり本を次々と手に取りながら、一心不乱にページを睨みながら小声で高速言語をつぶやき続ける俺を前に、戦々恐々の思いだっただろう。
お詫びのつもりで世界地図帳を買うと、銀貨一枚のところを銅貨80枚にまけてくれた。




