異世界転生のお時間です。
俺は昔から、正義感が強すぎるお人好しだった。
高校時代、いじめを見過ごせずに首を突っ込み、逆に標的にされたこともある。そんな俺は結局、警察官になった。
しかし、現実は想像とは程遠かった。
国家権力に酔う同僚たち、上層部の保身、腐った正義。
いつしか俺も、そんな世界に染まっていた。
もう、正義なんて厄介事の種でしかない——そう思うようになっていた矢先だった。
家族が惨殺された。
遺体は損傷が激しく、顔すら判別できないほどだった。
俺は血の涙を流しながら、二十年かけて犯人を突き止めた。
杖を突き、よろよろと歩く老人。
表札の名字は一致し、足腰の不自由さも記録と符合する。
拳銃を握る手が震えた。このまま引き金を引けば、すべて終わる。
その時、背後から女性の声がした。
「おじいさん、今日はお孫さんが来る日ですよ!」
介護士らしき女性が、老人を優しく家に連れ戻す。
俺は女性に声をかけた。震える声で、老人のことを尋ねる。
女性は訝しげに俺を見て言った。
「知り合いの方ですか……?」
俺は何の躊躇いもなく答えた。
「ええ、昔、仕事で関わらせてもらったことがありまして」
女性の強張った表情が、少し柔らかくなった。
「実は、三年前から認知症が進行してしまって……その頃から、私が介護を担当しています。時折、今日みたいにお子さんの家族が様子を見に来てくれるんです。」
「お子さんですか? 婚約していらしたんですか?」
思いもよらない情報に、俺の脳裏に疑問符が突き刺さる。
女性は少し切なそうな表情で続けた。
「ええ、結婚はしていませんが、二十年ほど前に身寄りのない子を養子に迎えたんです。血は繋がっていませんが、私には家族そのものに見えます。」
「そうだったんですか。用があって来たのですが、大切な家族の時間を邪魔するわけにはいきませんね。ご親切にありがとうございました。」
俺は歯を食いしばりながら、その場を後にした。
言葉を失った。
ここで老人を殺せば、また別の家族が憎悪と悲しみに囚われる。
それは、俺の二の舞じゃないか。
拳銃を握る力が、するりと抜け落ちる。
お人好しも、ここまで来ると病気だ。
もはや生きる意義を失った俺に、これからのことなど何も考えられなかった。
俺は拳銃をこめかみに当て、意を決して引き金を引いた。
火花が散り、視界が漆黒に包まれる。
——おかしい。
確かに引き金を引き、意識が遠のいていく感覚はあった。
しかし、こうして俺は意識がはっきりしている。
恐る恐る瞼を開ける。
「うわっ!」
目と鼻の先に得体の知れない物体が迫っていたので、情けない声を上げて反射的に叩きつけてしまった。
「ちょっと何すんのよ! いきなり人様の——いえ、女神様の尊い顔にビンタするなんて! それでも警官なの!?」
俺は体を起こし、腰に携帯しているはずの警棒を探る——が、ない。
いや、それどころか、色々ないことに今さら気づいた。
真下を見ると、違う棒が露わになっていた。
「きゃあぁぁ!」
「なっ、なんで全裸なんだよ!!
おい、そこの女、女神やらなんたらほざいてたが、これはどういうことだ!?」
眼前の自称女神を睨みつけ、俺は問い詰めた。
「まぁ、混乱するのも無理はないわね。ねえ、あなたは転生って知ってる?」
質問を無視された上に、わけのわからないことを聞かれた。
とはいえ、手がかりになるかもしれないと思い、答える。
「ああ、もちろん知ってるさ。死んだら異世界に行って好き放題やる、あのやつだろ?」
「概ね合ってるわ。そう、私はあなたを転生させるためにここに呼んだの。裸なのは前世の物を持ち越せないからよ。」
俺は内股になりながら女を睨みつけた。
「なんでよりにもよって俺なんだよ。そもそも、一端の警官に何ができるって言うんだ。それを教えろよ!!」
「それもそうね。特にこれといった理由はないのだけれど、強いて言うなら、その二十年も復讐心を絶やさなかった遂行力と、そんな復讐心さえ凌駕する優しさが理由かしら。こんな人間はそうそういないわ。」
俺は思わず黙り込んだ。
よく考えれば、俺はあいつをあれほど憎んでいたのに、あっさり諦められた。狂っているとしか言いようがない。
そんな狂人に何ができるのか——投げやりな気持ちで、俺は吐き捨てた。
「完遂力? 目の前で復讐が成し遂げられる場面にいても、見逃すような人間にそんな力があるってのか? 臆病者か狂人のどちらかだろ!!」
俺はみっともなく、知らない女の前で泣き崩れた。
すると、俺の顔が柔らかく温かなものに包み込まれた。
「そうね。見方によってはそう捉えられるわ。でもね、その狂った優しさがなければ成し遂げられないことが、今からあなたに託す使命なのよ。」
見ず知らずの女の胸元に抱き寄せられ、わけのわからない慰めを受けている。
全く話が見えない。
でも、こんな惨めな俺に何かできるなら、人の役に立てるなら——
どうしようもない感情が、沸々と湧き上がってきた。
俺は女の胸ぐらを強く掴み、叫ぶように言った。
「じゃあ、俺に何ができるっていうんだよ!! その使命ってのが俺にしかできないって言うなら、人の役に立てるって言うなら、なんだってやってやるよ!!」
「そう。なら、あなたに信託を授けます。
これから行く世界には、人類を脅かす魔王が存在し、人類は滅亡の危機に瀕しているわ。その人類を救う英雄として、あなたが勇者となり、魔王を討伐するの。
これがあなたの使命。期待しているわ。」
女が言い放った瞬間、俺の意識が再び遠のき、視界が真っ暗になった。




