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隣の席の距離

高校の教室っていうのは、思ってたよりずっと騒がしい。


笑い声、机の音、誰かの冗談。

全部が混ざって、俺には少しだけ居心地が悪い。


俺は入学してからずっと、教室の一番端の席にいる。


目立たないように。

誰とも関わらないように。


それが一番ラクだと思っていた。


いわゆる、陰キャってやつだ。


「ねえ」


不意に、声がした。


顔を上げると、隣の席の彼女がこっちを見ていた。


桐生澪。


このクラスで一番、目立つわけじゃないのに目で追ってしまう存在だった。


派手じゃないのに、なぜか空気が違う。


清楚って言葉が、そのまま形になったみたいな人。


「これ、落ちてたよ」


机の上に、消しゴムが置かれる。


「あ……ありがとう」


それだけ。


それで終わるはずだった。


なのに彼女は、すぐに席に戻らなかった。


「いつも静かだよね」


「……うるさいの苦手で」


「ふーん」


小さく笑う。


その笑い方が、少しだけ気になった。


(なんで話しかけてくるんだろ)


俺みたいなやつに。


昼休み。


教室は一気に騒がしくなる。


俺はいつも通り、弁当を机の端で一人で食べる。


誰とも話さない時間。


それが一番落ち着く。


「……ねえ」


また声。


桐生澪が立っていた。


一瞬、周りの視線が集まる。


「いつも一人で食べてるの?」


「そうだけど」


「そっか」


それだけ言って、彼女はすぐには離れなかった。


(え、なんでまだいる?)


普通ならここで終わるはずなのに。


少しだけ間を置いてから、彼女は言った。


「……ここ、座っていい?」


思考が止まる。


「別にいいけど」


断る理由もない。


彼女は当然のように、俺の隣に座った。


距離が近い。


制服越しに、存在感が分かる距離。


(やばい、これ慣れてないやつだ)


俺は視線を弁当に逃がす。


彼女は普通に弁当を食べ始めた。


まるで、ずっと前からこうしていたみたいに。


「ねえ」


「……何」


「ずっと気になってたんだけど」


彼女は箸を止めずに続ける。


「なんでそんなに一人なの?」


その一言に、少しだけ胸が詰まる。


「別に、普通だろ」


「ふーん」


否定も肯定もしない。


ただ、少しだけこちらを見る。


その視線が、やけに落ち着かなかった。


その時だった。


教室の後ろで、椅子が鳴る。


「おい」


男子グループの声。


クラスの中心にいるタイプだ。


「桐生さ、最近あいつといるけどさ」


空気が変わる。


視線が一気に集まる。


「やめとけよ」


笑い声。


俺は何も言わない。


関わらない。それが一番だ。


そう思っていた。


でも——


「やめて」


桐生澪が言った。


静かな声。


なのに、教室が一瞬止まる。


「そういう言い方、良くないと思う」


男子は笑う。


「え、なに?本気?」


一歩近づく。


その瞬間。


俺は立ち上がっていた。


「やめろ」


自分でも驚くくらい、低い声。


教室の空気が一気に変わる。


一歩だけ前に出る。


相手の腕を軽く取る。


バランスを崩すだけの動き。


倒すんじゃない。止めるだけ。


——格闘技の癖だ。


「次はない」


それだけ言って手を離す。


静寂。


誰も動かない。


俺は何事もなかったように席に戻る。


心臓だけがうるさい。


(やりすぎたか……)


そう思いながら横を見ると。


桐生澪が、じっと俺を見ていた。


驚いていない。


怖がってもいない。


むしろ少しだけ——


嬉しそうだった。


「……意外」


「何が」


「強いんだね」


その言い方が、妙に自然だった。


「そういうの、ちょっと安心する」


「……安心?」


「うん。ちゃんと止めてくれる人、いるんだなって」


その言葉に、何も返せなかった。


彼女は何事もなかったように弁当に戻る。


そして最後に、何気なく言った。


「ねえ」


「……何」


「今日、一緒に帰る?」


心臓が一瞬だけ止まる。


——俺の高校生活は、たぶんもう戻れない。

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