第8話 愛人(誤解)
放課後は第5魔術研究室——改め、ソルベ研に向かう。
入学してから私の魔力量、本当に基礎魔術4つの適正が無いのかの確認や、私の能力についてソルベール先生に調ベてもらっているのだが、進捗はあまり良く無い。
「……本当にあるのかな。」
ないも同然の魔力量なんて、意味がない。
こんなんじゃ——調査してくれている先生にも、送り出してくれたお父さんとお母さん、それに村にも…私は何も返せなくなるの…?
なけなしの魔力があっても魔法が使えないならただの人だ。
今はとにかく先生に任せるしかない。
少なくとも、ここにいる間は、たくさん学べるのだ。村の助けになれるよう、いただいていけるものはいただいておこう。
(…プラスに考えよう、よし!)
「あれ?」
研究室に先生の姿はなかった。
ソファーに腰を下ろして先生を待つ。
ここは北校舎であまり使われることがないせいか、廊下まで空気の流れが止まっているみたいにすごく静かだ。
窓から聞こえる学生の遠い声が、まるでここの世界だけを切り取ったみたく、居心地が良い。
柔らかいソファーに身体を預けたとたん、ふっと肩の力が抜けた。
しばらく耳を澄ましていると、廊下からテンポの速い足音が聞こえてきた。
(先生?
別に急がなくても大丈夫なのに。)
「ライラン・ソルベール!!!」
ガタンっ!
大きな音と共に入ってきたのは先生ではなく、焦った顔をした同じクラスの男子生徒だった。
名前は…なんだっけ?
銀髪が綺麗で特徴的なので外見は覚えてる。
彼は先生が居ないとわかったのか苦い表情をした後、私に気づいたようだった。
「あれ、君、確か…」
先生に用があるなら、一緒に待たないか誘ってみよう。
話しているうちに仲良くなるかもしれないし。
「あの、もし良かったら、いっしょに——」
「ライラン・ソルベールの愛人か。」
…は?
……は???
「あいつも子どもに手を出すとか悪趣味だよね。
君がここにいるってことは、ソルベール子爵もすぐに戻るんだろ?
僕は邪魔になりたくないからお暇するよ。じゃ。」
…アイジン?
……あ、異人?
………I‘m JIne?
……………“愛人”?!?!?!
待て待て待て待て待て待って!
だんだんと小さくなる男の子の背中を追いかける。
「待ちなさいよおおおおお!!!!!」
彼は私の声に振り向くと、「うぉ!」っと小さな悲鳴をあげてさらにスピードを上げる。
階段を脱兎の如く駆け降りる彼に対し、私は手すりを飛び越えてショートカット。
山を駆けずり回っていた脚が、ここぞとばかり火を噴く。
「ぬぐっ!」
「待って!」
飛び乗って押さえ込んだのは、彼が1階に降り立った瞬間だった。
「さっきのどういう意味!?
私は先生の愛人でもなんでもないんだけど?
というか、私だけでなく先生に対しても失礼だって、わかってるの!?」
胸に跨り、胸ぐらを掴んで捲し立てる。
彼は目を白黒させたと思ったら、いきなり私を睨みつけた。
「…普通、ありえないでしょ。追いかけてくるとか…馬乗りとか。」
「いいから訂正しなさい。さっき言ったこと撤回して。」
「いやー青春ですか。いいですねぇ。」
スッ…スッ……
微かにローブの擦れる音が、階段上からじわりと迫ってくる。
けれど——靴音が、ない。
その不自然さが、ゾワリ…背筋を凍らせる。
「でも、少々残念です。俺は子供を相手にするのはあまり気が進みません。
しかも、2人に増えたなんて…非常に残念です。」
降りてきたのは、背の高い黒ずくめの人間だった。
体型を隠しているのかヒダの多いローブが印象的だ。
「どけっ!早く逃げろ!」
予想だにしない急展開にさっきの私の威勢はどこえらや。
状況を理解するより速く、こちらに向かって投げられたナイフが視界に飛び込んだ。
しかし…次に瞬きをした時、目の前にあったのはナイフ——…ではなく、深緑が綺麗な壁だった。
いや、違う。
それは壁じゃなかった。
スーツを着たソルベール先生の大きな背中に、思わず息が止まった。




