第25話 デニッシュor 黒パン
「ほら、ほら、食べてみなよ。美味しいよ?」
「ちょっ、セル公子、やめろって!」
声の方向を見ると、セル公子がアルトを壁際まで追い詰め、口にデニッシュという名の黒パンを押し付けようとしている。
アルトはなんとか阻止しようと、ジンの両手首を持ち、なんとか抵抗をする。ジンの手を止めるだけで精一杯で跳ね返すほどの力はないようで、拮抗状態だ。
嫌がっているアルトの顔に対してジンの顔はイキイキと明るい。
きっと、本人は善意のつもりなのだろう。
動物好きもあってか、道中ジンは世話焼きの性分があるような場面が多々あった。
「さっき来た時も、何も食べずに出て行ったろう?
バタバタして、朝も食べられなかったし、心配してたんだ。美味しいよ、このデニッシュ。ほら。」
「いや、いい!
本当に俺、お腹空いてないから!!」
「もー。アルトは素直じゃないなぁー。」
「どこでそう解釈したんだよ!?」
ああ、そういえばジンもいたっけ。
アルトも、黒パンくらい食べればいいのに。
『紳士は白パンしか食べない』なんて貴族常識があったりするの?
もう少し様子を見てようかなとも思ったが、アルトの『何とかしてくれ』とでも言いたげな目が合ってしまったので、助太刀に入ることにした。
「はい、はーい。
そこまでねー。」
ジンとアルトの腕を掴んだ。
ジンが持っているのは…デニッシュパン?
紫のブルーベリーが乗った色鮮やかなデニッシュ。昔、王都のお土産でお父さんが買ってきてくれた物にそっくり。
「あれ?
僕、今まで…。あれ、デニッシュは?」
まるで憑き物が落ちたかのように目を白黒させながら両手に持ったパンを凝視している。
幻影魔法が解けた…?
アルトも大きく目を見開いている。
「幻影魔法がかかってた。
今までセル公子が見ていたものは幻だ。」
「あ、ああ。
今、僕以外の視覚?みたいなのが見えたんだけど…?」
「俺が魔法で幻を上書きしたんだよ。
それより行こう。あとの2人はどこに行ったんだ?」
先を急ぐように足を進めるアルトに対して煮え切らないという顔をしたジンと一緒に私たちもついて行った。




