転生皇女は目を覚ます。
「…エリ、ベス」
女性から声が聞こえる。
エリザベス、と呼んでいる様だ。
えっと、ここはなんて返事を返してたんだっけ…。
私は思い出しながら言葉を紡いだ。
「…母様っ」
「…あい、してる」
「わたしも、あいしています。母様、母様」
自然と涙が零れる。
私が転生したからといって、エリザベスとしての感情も
この身体には残っているのだろう。
「アル…さま」
「母后陛下…」
アルセット・イル・フィルバーン皇太子は、母の傍に寄る。
「エリ、をおねがい」
「……はい、命に換えても必ず守ります」
母は優しく微笑むと血に塗れた手を伸ばし、私の頬に触れた。
私も微笑み返した。そうすべきだと本能が語っていた。
その手は直ぐに床に落ち、彼女が息絶えたのだと、理解した。
「エリザベス、お前は私が必ず守る」
これからは兄として見なければならない彼に抱きしめられ、
私は意識を失った。
目が覚めて見えたのは、大きな天蓋の寝台。
「……エリザベスってこんな部屋なんだ」
彼女の情報がなさすぎるが故に思わずそう零した。
「お目覚めでしょうか、エリザベス様」
「え、あ…どうぞ」
「失礼いたします」
その声と共に入ってきたのはメイドの格好をした女性。
襟野 瑠唯わたしだった頃からよく見ていたそれに違和感はない。
「ご気分は如何ですか?」
「…あまり覚えていないの。今日だけじゃなくて、沢山。
今覚えている人も、母様と兄様しか居ないの」
少しでも有益な情報を求め、私はそう口にした。
あの事件のせいで記憶が混濁している。
皇宮に仕える人間で、ましてや皇族に仕える人間なら直ぐに分かる筈。
「左様ですか。では、まず私の自己紹介から致しましょう。
私はメルトと申します。僭越ながら、貴女様のメイドを務めています」
「メルト、というのね。覚えたわ」
「有難き幸せにございます。次にエリザベス様が意識を失われた後ですが、
皇后陛下のお葬式はエリザベス様が目覚めてからだと陛下が仰っしゃりました」
「…じゃあ、これから?」
「はい。同時進行で皇后陛下暗殺の犯人を突き止めています。
こちらは皇太子殿下が主導で進めておいでです」
皇太子…、つまり兄様が。
…あれ?彼ってエリザベスとそんなに年齢差あったかしら?
少なくとも同じ時期に学園で過ごしていた記録はないけど。
それでいたって、最低で3歳しか違いが無いわ。
「手がかりは、ないの?」
「私のもとに来た連絡ではまだ何も…」
私は知っている。
皇后である母は、側室のひとりである皇太子の母に殺されたと。
「…兄様の生母様は?」
「はい?」
「だって、あの人、自分の息子が皇太子なのに、って。
自分が皇后じゃないのがおかしいって言ってた気がするの」
アルセットルートで描かれた、皇后陛下暗殺事件。
彼の回想では、エリザベス視点のスチルが1度登場した。
『私のアルセットが皇太子なのだから、私が皇后なのが正しいのよ!!
それをあの女狐が奪った!当然の報いよ!!』
アルセットを伴って、エリザベスが彼の生母の下に向かった時、
彼女は高笑いをしながら、そう語った。
そこでエリザベスの視点は終わり、アルセットの後悔を
受け止める主人公とのスチルに流れていくのだ。
「それは、本当でしょうか?」
「あの人、母様が殺される前に、私と母様だけのお茶会に来たの」
ほんの数分、護衛も声が聞こえない程遠くに離れていた時がある。
その時、彼女は私達の元に来た。
それらしい言葉を放った訳じゃない。
でも、後ろ暗い事をした彼女は揺すれば簡単にボロをこぼす。
母様の亡き後、皇后になった彼女は2人の皇子から無能だと蔑まれていたから。
「…皇太子殿下にお伝え致します」
「おねがい、メルト」
「では、今から食事をお持ち致します。
食べられる量で構いませんので、お食べ下さい」
「メルトはどこかに行くの?」
「はい。陛下と皇太子殿下にエリザベス様がお目覚めになられたと報告を」
「そっか…またね」
小さく手を振ると、メルトは微笑んでくれた。
メルトが部屋から去り、私は寝台の傍にあった姿見の前に立つ。
「確か、この頃のエリザベスはまだ5歳だったよね」
無表情なエリザベスが写り、頬に触れる。
「中身が私になっても、笑えないんだ。
もしかして、ゲームの強制力、とかじゃないよね?」
ゲームの強制力、つまりはゲームのシナリオから外れた行動を取れない
かもしれないということ。ありがちなストーリーだ。
「…変えたいな、この子の運命。きっと、変えられる筈だから」