ヤドリギは消えた
邪悪なものの消える瞬間。
それって感覚だけでわかる。
空をぶあつく覆っていた黒雲が、とつぜん霧散し、こうこうと太陽が晴れわたるときのような。
真夜中から急に真昼になったくらいの違いを肌で感じる。
悪のヤドリギはもういない。
ミルキー城にのしかかっていた暗く重く淀んだ泥水のような空気は、きれいに消滅した。
僕らは勝った!
みんなで得た勝利だ。
大きな犠牲はあったけれど……。
ロレーヌ様は、蘭さんが大急ぎで蘇生魔法をかけたら息をふきかえした。ヤドリギがいなくなったから、夢遊病からも覚めた。
「母上!」
「ロラン。それに、あなたは……スズランなの?」
「お母さま!」
三人で抱きしめあって、嬉し涙をこぼした。
だけど、一方で、イケノくんは目をさまさなかった。
姿形はもとのイケノくんに戻った。でも、目をひらかない。
蘇生魔法をかけても、回復魔法をかけても。
モンスターに変身してた期間が短いから、魔法毒じゃない。
あれだけの攻撃を受けた。
ふつうの人間が耐えられるようなダメージではなかった。
イケノくんは、死んだのだ。
「セイヤ……ごめんだよ。でも、これでよかったよね?」
アンドーくんの流す涙は、蘭さんたちの涙とはまったく異なるものだろう。
苦くて切ない。
僕は急いで、小説を書いてみた。
でも、やっぱりダメだった。
戦闘が終わったあと、イケノくんが目をさましたと、打ちこもうとしたけど。
僕の“小説を書く”ランクでは、人の生死をあやつることは、まだできない。
待ってて。イケノくん。
必ず、生きかえらせてみせるよ。
いつか、必ず。
シルバンに頼んで、イケノくんを石にしてもらった。
もっと小説を書かないと。
早く、ナッツのお母さんやイケノくんを助けてあげたい。
ブラン王もだ。
そのあと、ミルキー城に居ついていたモンスターたちは、僕たちで一掃した。ごろつきや怪しいならず者たちは立場が悪くやったことを悟って、みずから去っていった。
城下町も明るいふんいきに戻った。
うさんくさいヤツらはいなくなった。
ココノエさんもシルバースターの休養地から、ミルキー城に戻ってきた。
ミルキー国の王位には、ココノエさんが返り咲くことになった。
どうでもいいけど、ココノエさんって書くと、現実世界の九重さんみたい。蘭さんパパ。
蘭さんたちはミルキー国を建てなおすために大忙しのようだった。
よくゲームではさ。
大物を倒したあとって、『盛大な宴が催された。そして一夜が明けた』って二行でそのあたりの全部が終わっちゃうんだけどさ。
じっさいにその世界に来てしまうと、そう簡単にはいかないよね。一晩で何もかもキレイに片づいて、さあ次の冒険ってわけにはいかない。
とりあえず、ミルキー国とボイクド国の国交は回復し、新たに相互不可侵条約とか友好条約とか、アレコレ結ばれたらしい。
蘭さんは王族として、大忙し。
僕らはミルキー城が落ちつくまで、ボイクド城の宿舎に帰った。
宿舎には、たまに、ふらりとワレスさんがやってきて、後処理のことや新たにわかったことなどを教えてくれる。
「例の鏡にかかっていた魅了の魔法は解かれた。吸魂の呪いは解かれていないので、ブラン王の魂は鏡のなかだが、少なくとも誰かがあの鏡をのぞいて、なかにとりこまれることはなくなった」
「そうなんですね。じゃあ、いつでも好きなときに王様と話すことができるんですね」
「ああ。名前を呼ぶと、その人の魂と話すことができる。今は魔法使いたちが、なかに囚われた人の話を熱心に聞いている。とくに最初に呪いを受けたという古代の姫の話は、重要な情報になる可能性が高い。だが、これが見つからないんだ。名前がわからないからな」
「なるほど」
あの鏡も謎が多いなぁ。