最後の晩餐
日の暮れた夜。家の食卓には、なかなか手の込んだ料理が並べられていた。
肉料理に野菜や、パンと言った食事が並ぶ食卓を見て、空腹のせいか異常においしそうに見えた。
これらの料理をすべてリコ1人が作ったのかと思うと、1家に1台はほしい人材だとくだらないことを内心考えながら、食卓に並んだ料理を思うがままに食らいつく。
食べるというよりは、ほとんど飲み込む有様に、リコは少しだけ引き気味だったのに対して、クトルフは上機嫌で笑った。
「いい食べっぷりだな……!」
食事のマナーもへったくれも無いレイの食べっぷりに、クトルフは酒の肴にしながらぐびぐびとジョッキを空にしていく。
「本当にいい食べっぷり……。でも汚いな……」
リコは料理を、2人が囲っている食卓に置くと、ようやく自分の席に付いた。
「リコ、男はこのくらいの食べっぷりをしたほうが、恰好がつくのだよ……がはは!」
「……そんなものなの?私は丁寧に食べる人が好きかな……」
リコの反応にもう一度クトルフは笑い声を上げた。
そして、リコは自分の席に置かれた飲み物を取って一口、飲む。
だが。その瞬間リコは、壁に突っ伏しながら、突然眠ってしまった。
「お、おい!どうしたんだよ……?」
急な出来事にレイの理解は到底追いつかなかった。
すぐにレイはリコの身体をさするのだが、起きる気配はまるでない。
「安心しろ……。リコはわしが調合した、強力な眠り薬で眠っているだけだ。次期に目が覚めるだろう……」
この状況の中で1人、冷静を保っていたのは、クトルフだ。
「死神よ……。この村の事情は、リコから聞いているか……?」
淡々と話すクトルフに、「あぁ……」とレイは頷いた。
「それなら、話しは早い……。近頃名前をとどろかせている傭兵、『青い目の死神』に取引を持ち掛けたい……」
クトルフの話に驚きを隠せない様子のレイ。
「取引だって……?まさか、一緒にグールを倒せって言うんじゃないだろうな……?」
「いや、本調子に戻ってないその身体で、100体のグールを相手にするのは、さすがに無理があるだろう……」
「100体のグール……。こんな村にそれだけの数がやって来るのか……?」
「あぁ、その通りだ。お前さんが眠っている間に、村の付近で、またしても大規模な戦いが起こった。どうやらクリフトラとヴァージリアの主力同士が戦ったようだ。勝敗は引き分けだったが、戦場にはお互いの兵士の死体が多く散乱している。もちろん、兵士の死体なんて上の連中は片づける訳ないから、グールの大群を呼ぶ。だから、この村を襲いに奴らがやってくるのも、もう時間の問題だ……」
――まさか、俺の眠っている間に2国間が戦ったなんて、そんなことは思ってもみなかった。
「じゃぁ、あんたが言う取引ってまさか……」
レイが恐る恐るそう言うと、クトルフは眠っているリコの方を見た。
「察しの通りだ。お前がこの村から、この娘を連れだしてほしい……」
じっと睨みつけるクトルフに、レイは困惑したように目をそらした。そして、クトルフはさらに話を続ける。
「この村の付近で戦いが始まることを知った時点で、この村を襲うためにグールがやって来ることは分かっていた。ここの住人達は、次々に村を捨て、どこかへ避難してしまったよ。わしはリコに、彼らと一緒に逃げるように説得はしたんじゃが、この娘はそれを頑なに拒み、わしと共に残るのだとぬかしやがった。全く、この頑固さは、誰に似たんだか……。がはは」
こんな時にでも、笑いを浮かべることの出来るクトルフが、レイは不思議だった。
「だから、こうやってこの娘を眠らせたのだ……。死神よ。無茶な頼みだという事は、分かっている。だが、この娘はわしの大切な家族だ。無理やりにでもこの村から、連れ出してほしい……」
「あんたの頼みで、こいつを逃がした所で、俺に何の得があるというんだ?」
「ふんっ。わしの娘にお前は命を救ってもらったんだろう?リコがあの時、お前の前に立たなければ、今頃ここには居なかった。お前は、今頃グールの腹の中だ。それに、この娘には、傭兵の素質があると、わしは思っている。この娘を、お前さんの弟子にすれば、きっと将来お前さんを助けてくれるだろうよ……」
「厄介者を押し付けられている気分だ……。しかもそんな根拠なんて、どこにもない……」
レイが言うと、クトルフは鼻を鳴らした。
「わしはこう見えても、伝説の傭兵の1人じゃ!わしの勘を信じろ……!」
クトルフがレイに向かって言った瞬間。外の方がだんだんと騒がしくなるのを感じた。
窓を開けて外を見ると、赤く光る無数の目が、遠くの方からこちらに向かって来ている。
2人はそれがグールだという事が、一目で理解することが出来た。
「グールがとうとうやって来たようじゃ……。『青い目の死神』よ。わしの提案に乗るか、それとも一緒にここでグールの餌食になるのか、選ぶがよい!」
そのクトルフの言葉に、レイは勿論、前者を選ぶしかなかった。




