死ぬより悲惨なことはありませんから
「えっと、それでは、失礼します」
心の準備ができていないまま、私は王女様の顔に触れます。
ガラスでできた様な彫刻に触れるように慎重に王女様の眼帯を外します。
あまりに綺麗な髪のせいで、眼帯の紐を緩めるのも気を使いました。
「そこまで慎重にしていただかなくても大丈夫ですよ」
「は、はひぃ……」
王女様が動くたびに凄くいい匂いがします。
そう言えば私は汗臭くないでしょうか?
一度タクト様を待っている間に宿でシャワーは浴びましたけど、それから派手に動いています。
もしかしたら王女様は鼻を摘まみたいのではないでしょうか?
「フランさんも良い匂いですよ。抱きしめてしまいたいくらいです」
「もしかして口に出てましたか?」
「いいえ、何となくそんなことを気にしているんじゃないかなと」
もしかしてそこまで王女様の匂いを嗅いでいたのでしょうか?
それは無礼にも程があります。
私の首がはねられたりするんでしょうか……。
「フランさん、あなたならこの魔法解除できるのでしょうか?」
「正直、わからないです。でも、私はタクト様の仲間として精一杯やって見せます」
「それなら安心ですね」
「それでは、始めます」
王女様の体の魔力を調べます。
優しくて強い魔力、これは王女様の物かな?
より深く調べていきます。
ノノちゃんやメイサさんの戦う音が遠くなるにつれ、王女様とは別の魔力を感じます。
悪意の塊、世界の闇ともいえるほどに禍々しい邪悪な魔力。
それは静かに脈打っています。
これがタクト様が言っていた魔王の心臓。
それを繋いでいるのは複数の複雑な魔法。
これはきっと王女様から生きて取り出そうとは思っていない。
そんな魔法を使ったことが許せません。
明確な悪意に私は憤りを感じました。
より深く魔法を調べると、複数人が別々に魔法をかけていることがわかりました。
「フランちゃん、解除できそう?」
「うん。この魔法は絶対に解いてみせるから」
ノノちゃんにそう宣言し、私は一つ目の魔法に手を着けます。
乱暴に固く結ばれた魔力の糸を丁寧に少しずつ解いていく。
「フラン、前みたいに私が切ろうか?」
「今回は王女様の中に魔法があるから無理かな」
そっちの方が楽ではあるけど、王女様を傷つけちゃいますし、ここまで強力だと変に切ってしまうと魔法がどう変化してしまうかわかりません。
ノノちゃん達が敵を倒してくれている間に、私は一つ魔法を解きました。
そして更に三十分かけ三つの魔法を解き終わります。
「後二つです。もう少し我慢してくださいね」
「ありがとうフランさん」
半分解き終わったからでしょうか、王女様は片方の目を開きます。
ルビーの様な赤い瞳。
どこまでも澄んでいる紅色の瞳は見惚れる程に綺麗でした。
王女様ってみんなこうなんでしょうか?
頭の天辺から足の先まで全てが綺麗で、見る者を魅了する。
それが王女の条件なのだとしたら、子供っぽくて普通な私には王女様は無理のようです。
「フランさんは可愛いですね」
「ふえ? そ、そんなことないです、王女様に比べたら全然です」
「そうおっしゃらないでください。フランさんには私が持っていない魅力があります」
「そうでしょうか?」
「はい。私が保証します」
王女様の笑顔に心臓が大きく跳ねます。
タクト様一筋の心が少し揺らいできました。
いえ、そもそも女の子同士ですし、イクシルの血を残すためにはやっぱりタクト様じゃないとダメです。
いやいや、その前にタクト様が私を選んでくれることがあるんでしょうか?
ダメです。
頭の中がぐるぐるしてきました。
「フランさんはやっぱり素敵な人です」
「はうっ! や、やめてください。褒められるのに慣れてないんです」
「フランちゃん、お話も良いけど、早く魔法解除してくれるかな?」
「そうでした!」
危うく大事な作業を忘れてしまうところでした。
気を取り直して、作業再開です。
四つ目の魔法は思っていたよりも、あっさり解くことができました。
問題は今取り掛かっている五つ目の魔法。
粗雑さが他の四つに比べ、明らかに異様です。
同じところを何度も結んでいる様なそんな状態。
どれくらい時間がかかるかな?
少し強引にやればいくらか早く解けるけど、王女様に負担をかけちゃう。
「フランさん、私の事は気にしないでください。あなたがいなければ、死ぬことでしか解除できない魔法だと言われていました」
王女様はまるで、私の心を読んでいる様に私に語りかけてきました。
ルビー色の綺麗な瞳は覚悟した目をしています。
「死ぬより悲惨なことはありませんから」
「わかりました。少しだけ我慢してください」
王女様の笑顔に私はそう返します。
トクレスで何度も魔法を解く練習はした。
より早く、より簡単に解く練習。
それを今実践する時です。
絡まった糸を解くように絡まった部分に、自分の魔力を使い糸を通す。
「くっ……」
やっぱり魔力を他者が無理に介入してしまうことに対する痛みは当然あります。
それでも王女様は私に気を使い、痛みをこらえてくれています。
その気持ちに報いるために、私は作業を続けていきます。
痛みが少なくて済むように、広げる部分を厳選し、一つずつ丁寧に処理していく。
そして、一時間ほどかけ最後の一つの魔法を解き終えました。
「王女様終わりました」
「あ……、目が……、目が熱い、焼けるように熱い……」
「王女様!?」
王女様は突然目を抑え始めました。
確かに全ての魔法を解き終え、魔王の心臓と王女様は別々になるはずなのに……。
「あっ、ああああぁぁ!!!」
王女様の苦痛の叫びと共に王女様の目から、光と共に一つの魔石が飛び出します。
珍しい血の色をした魔石。
その魔石に触れると、小さく脈打ちます。
「王女様、大丈夫ですか?」
メイサさんが倒れた王女様を抱え起こすと、その胸元は小さく上下しています。
どうやら気絶しているようです。
安心したのも束の間、魔王の心臓は激しく発光すると私の手を飛び出しどこかに飛び去ってしまいます。
どうやら私の仕事は終わったようです。




