第22話 ロイ・アシュフォードのひとりごと
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エレナ嬢のことをいつから好きになったのか。
正直、はっきりとは覚えていない。
◇
最初に存在を知ったのは、噂だった。
ベルフォード伯爵家の娘が、最近何か変わったことをしているらしい。
自分の装いを変えた。
兄のダミアンまで変えた。
それだけなら、特に珍しい話でもなかった。
流行の仕立屋を見つけたとか、腕のいい髪結いを雇ったとか。その程度なら、社交界にはいくらでもある。
ただ少し違った。
彼女に相談した令嬢たちは、皆同じような姿になるわけではないらしい。
それぞれが元々好きだったものを残したまま、以前より本人らしく見える。
その話が気になった。
商売をしていると、まだ形になっていない需要の話は嫌でも耳に入る。
誰かが困っている。
そこに解決する人が現れる。
しかも、その人自身はまだ、それを商売だと思っていないらしい。
面白い。
そう思った。
だからダミアンに聞いた。
『最近、君の妹が面白いことしてるらしいね』
案の定、嫌そうな顔をされた。
◇
初めて会ったエレナ嬢は入ってくるなり俺を見た。
かなり見た。
髪。
顔。
服。
たぶん靴まで。
何を見られているのか分からなかったけれど、あまりにも真剣だったから、少し笑ってしまった。
「何かついてた?」
そう聞くと。
彼女は少し迷ってから。
『直したいところが、あまりないので』
と言った。
今まで受けた褒め言葉の中で一番変だった。
でもかなり面白かった。
◇
仕事にしたら、と言ったのは。
本当に商売として面白いと思ったからだ。
需要があった。
本人にできることもあった。
結果も出ていた。
何より彼女自身が楽しそうだった。
案の定、やると決めるのは早かった。
相談した翌日にはダミアンに話し、一晩考えただけで分からないことを紙いっぱいに書いてきた。
普通はもう少し迷うものだと思う。
でもエレナ嬢は。
分からないことを怖がるより。
調べればいいと思うらしい。
そこが面白かった。
◇
ただし早すぎる。
値段を決めずに仕事を始めたと聞いたときはさすがに止めた。
誰かと仕事をするなら。
相手の時間を使う。
技術を使う。
それにはちゃんと対価が必要だと話した。
彼女は。
怒られたとか。
否定されたとか。
そういう受け取り方をしなかった。
必要だと分かれば。
普通に聞く。
そして次から直す。
その日。
話し終わったあと彼女が突然言った。
『私、ロイさんと話すの好きです』
……たぶん。
あの頃には。
もう。
駄目だった。
もちろん続いた言葉は。
『考えてたことが、ちゃんと形になるから』
だったけれど。
知っている。
そういう意味じゃないことくらい分かっている。
それでも反応に一拍遅れた。
◇
彼女を見ていると面白いことが多い。
誰かの身体を「直そう」としない。
セシリア嬢には、身体ではなく服を合わせた。
ノラの絵を見て、本気で「天才」と言った。
自分にできないことを。
できないままにして。
できる人を見つける。
ルカの技術も。
仕立屋の技術も。
自分のものみたいに扱わない。
それぞれが得意なことで誰かを喜ばせて、ちゃんと報酬を受け取れる仕事にしたいと話していた。
ああいうところはかなり好きだと思う。
◇
母を会わせたのも最初は仕事のつもりだった。
母が興味を持っていたし、エレナ嬢にとっても今までとは違う年齢の相手になる。
それに少しだけ見てみたかった。
彼女が母をどう見るのか。
結果。
母はものすごく気に入った。
それは予想通り。
予想外だったのは。
エレナ嬢が母だけでなく俺まで見ていたことだった。
家を歩きながら。
『今日、ロイさんのことも、いっぱい知りました』
と言われた。
本人は本当にそのままの意味で言ったのだろう。
家。
家族。
育った場所。
そういうものを知った。
ただそれだけ。
なのに何も返せなかった。
彼女は人のことをよく見る。
外見だけじゃない。
何が好きなのか。
何を大事にしているのか。
何に困っているのか。
そういうものを見つける。
だから自分も見られているのだと思うと。
少し。
困る。
◇
年齢のことを考えなかったわけではない。
俺は二十六。
彼女は十八。
子どもだと思っているわけではない。
仕事をしている彼女を見れば、年齢だけで扱いを変える気にもならない。
ただ、彼女は今やっと見つけたらしい仕事に夢中だった。
人が増えて。
やりたいことも増えて。
毎日のように楽しそうに何かを考えている。
そこへ俺の気持ちまで、新しい課題みたいに置く必要はないと思った。
急ぐ理由もない。
俺にも自分の仕事がある。
彼女にもある。
会おうと思えば仕事で会える。
話せる。
笑っているのも見られる。
それで十分。
……たぶん。
◇
ベルフォード家へ行く回数は、いつの間にかかなり増えた。
家の使用人にも普通に通されるようになった。
最近では。
エレナ嬢も俺を見ると。
「あ、ロイさん」
と言う。
それだけ。
でも、少しだけ嬉しそうに見える。
本人はたぶん気づいていない。
人をよく見るのは。
彼女だけじゃない。
◇
共同事業の話をされたとき。
『ちゃんと一緒にやりませんか?』
一瞬別の意味に聞こえた。
もちろん。
違う。
分かっている。
でも一瞬くらいは仕方ないだろう。
共同事業に入ることにしたのは。
彼女が好きだから。
だけではない。
この仕事自体本当に面白い。
まだ伸びる。
必要とする人も増える。
彼女一人ではできないこともこれからもっと増える。
その先を見てみたい。
だから出資もした。
彼女は。
『お金を払う話だったのに、お金をもらう話になってません?』
と。
本気で混乱していた。
面白かった。
◇
仕事が安定したら、一度二人で出かけようとは前から思っていた。
仕事が燃えている最中に誘ったら、たぶん食事中も仕事の話をする。
いや、今でもするかもしれない。
でも少なくとも。
急ぎの何かを抱えたままではなく、仕事以外の理由で会ってみたかった。
だから祝いを口実にした。
『みんなにも』
と言いかけたのを。
止めた。
『二人で』
彼女は、少しだけ止まった。
でも。
『行きたいです』
と言った。
それで十分。
◇
前日の夜。
服を選びながら自分でも少し笑った。
俺も楽しみにしているらしい。
エレナ嬢は何を着てくるだろう。
普段、人の服をあれだけ考える人だ。
自分の服だけ適当に決めるわけがない。
まして明日は仕事じゃない。
きっと何着か試す。
四着。
いや、五着くらいかもしれない。
明日聞いてみよう。
たぶん嫌そうな顔をする。
◇
それより見たい。
仕事の話をしていないとき。
彼女がどんな顔をするのか。
いつからだったかは覚えていない。
でも、もうかなり前から。
俺はそれを知りたいと思っている。




