第1話 王子は世界を変える夢を見る(前編)
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人は死ぬ瞬間、自分の人生が映像として走馬灯のように蘇るという。
……少なくとも、薄っぺらい人生の俺にはそんな暇はなかった。
「「危ない!!!」」
誰かの叫び声。
煌々と光るライト。
視界いっぱいに迫る大型トラック。
ブレーキの甲高い音。
そして、グシャっと全身を叩き潰されるような衝撃。
次の瞬間には、痛みも音も、何もなかった。
ただ、暗闇だけが広がっていた。
(……俺は死んだのか)
不思議と恐怖はなかった。
社会人になって5年。
建設系の会社で馬車馬のように働き、ずっと仕事に追われる毎日だった。
そんなたまにしかない僅かな休日は、もっぱら歴史書を読んだり、世界史のドキュメンタリーを見たり、YouTubeで技術史や軍事史を漁る、それが俺の数少ない生き甲斐だった。
「もし中世に転生したらどうやって国を発展させてやろうか!」
そんな妄想を寝る前に何度したか分からない。
もちろん、単なる暇つぶしで本気ではなかった。
まさか本当に突然死ぬなんて...
『――お前は実につまらない人間だったなぁ!』
突然、暗闇の中に声が響いた。
男とも女ともどちらともつかない、不思議な声。
「誰だ!!??」
俺は思わず叫んだ。
その不思議な声は、
『まぁ...とりあえず[神]とでも名乗っておこうか。』
と意気揚々に答えてきた。
(なんだテンプレかよ...)
たまらず冷笑してしまう。
『ほぅ...我に動じぬとは、おぬし中々肝が座っておる。』
「いや、休日にラノベとか結構読んでたし、そういう系の本読むの好きっていうか...」
一瞬もしくは永遠のような沈黙が流れた気がした。
(これは...気まずい...)
『……では本題だ!』
っておい、めちゃくちゃ切り替え早いな。
『とってもつまらない人生を送ってきたお前に、チャンスをやろう。』
『とある世界へ送ってやる。』
「はあ!?とある世界?」
『あぁそうだ』
「それって魔法とかある?」
『あるなぁ』
「モンスターは?」
『いるなぁ』
「中世ヨーロッパっぽい?」
『よく分かったな!その通りだ!!』
その時、俺の心臓があり得ない位に跳ねた気がした。
ラノベと歴史好きなら、一度は夢見るファンタジーの世界!!!
『そしてお前は王族として生まれる』
「....へ?王族?」
『あぁそうだ、しかも第二王子だ』
「……なんだよそれ最高じゃないか?」
『まぁ最高かどうかっていうのは、お前次第って所だなぁ!』
(なんだよこの神展開!俺がずっと憧れてた展開じゃないか!これでスキルなんか貰えたら最高なんだけどな...)
すると突然、暗闇の中に一冊の本が現れた。
全てを飲み込みそうな漆黒の革表紙に、
そして神々しいまでの金色の装飾。
とても分厚く、まるで辞書のような本。
『そなたにこれを授けよう。』
「なんだこれ?本?」
『これは知識の書庫だ。』
本が勝手にひとりでに開く。
そこには何も書かれていない。
白紙だった。
「……なにこれ?白紙なんだけど。」
『否』
パラパラとページがめくれる。
その瞬間。
頭の中へ大量の知識が流れ込んできた。
「なんだこれ!頭が割れそうだ!!」
ニュートン。
アインシュタイン。
ダーウィン。
野口英世。
エジソン。
世界中の歴史。
農業。
法律。
医学。
化学。
物理。
建築。
経済。
政治。
これはすごい!前世のありとあらゆる知識が、頭に入っており必要に応じて検索できる!
「……これは脳内に図書館あるってこと?」
『まぁそう思えばよい』
「ああ!インターネットみたいなものか!」
『そうだな、それに近い』
「これって……何でも分かるのか?」
『否、お前が前世で到達した文明までの知識だ。未来までは見えぬ』
いやいや、十分すぎる。
マジでこれは反則級だ。
『ただし!』
(ほらな、またまたお約束だよ。やっぱり条件がある)
『知識は与える』
『技術は与えぬ』
「……ん?どういう事?」
『例えば、蒸気機関を知っていても一人では作れないであろうなぁ』
「ええ…まあ...」
それは当たり前にそうだ。
設計図があっても職人がいなければ意味がない。
『まず人を育てよ』
『そして制度を作れ』
『さらには知識を広めよ』
『それがお前の使命だ』
「使命...」
その言葉が妙に重く響く。
前世ではなにかを、成し得た事なんて1つもなかった。
そんな俺に急にのし掛かる使命の2文字。
俺は少し考え、
そして笑った。
「最高に面白そうだ!」
『恐れぬのか?』
「その逆だ、むしろワクワクしてる」
『……なんと変わった男だ。』
神の声が少しだけ笑った気がした。
「最後に一つだけ聞いていい?」
『あぁ許そう』
「俺は世界最強になれる?」
『絶対になれぬな』
即答だった。
「魔法は!?チート級とか?」
『平均以下だ。』
「剣術は!?」
『まあそれも並ってとこだな』
「じゃあ何ならあるんだよ...」
さっきの言葉を今すぐに取り消したい。
今すぐにでも泣き出しそうだ。
『さっき与えてたであろう、膨大な知識だ』
その一言で妙に納得した。
確かに!剣で国は豊かにならない。
英雄は戦争に勝てても、飢饉は終わらせられない。
病気も治せない。
いろんな本を読み漁ってる俺が1番分かっているはずじゃないか!
何者でもない俺が1番欲しかったのは、世界を変える力だった。
『さぁ行け。』
世界が白く染まる。
『賢き王となれ!』
その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。
◇◇◇
眩しい。
その一言が、俺の最初の感想だった。
窓から差し込む朝日が、白い天蓋を優しく照らしている。見慣れない天井。木彫りの装飾。石造りの壁。そして、ふわりと香る花の匂い。
(……本当に転生してる)
ゆっくりと体を起こそうとした、その瞬間。
「あっ……アルベルト様!」
部屋の扉が開き、一人の少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。
年の頃は十代後半。
長い銀色の髪を後ろでまとめ、深いエメラルドグリーンの瞳が心配そうに揺れている。
黒と白を基調とした上品なメイド服に身を包み、その動きには無駄がない。
(……誰だ?)
少女はベッドの脇に膝をつくと、ほっと息を吐いた。
「よかった……本当に目を覚まされたのですね。」
その声には安堵が滲んでいた。
俺は彼女を見つめる。
知らないはずなのに、不思議な感覚が胸に広がる。
頭の奥から、まるで霧が晴れるように記憶が流れ込んできた。
ここはヴァルデリア王国。
そして俺の名前はアルベルト・ヴァルデリア、この国の第二王子
今、目の前にいる彼女はリファーリア。
自分の専属メイド。
幼い頃から世話をしてくれている。
そんな情報が、ごく自然に頭へ入ってくる。
(……そうか。)
(俺は、本当にこの世界の人間になったんだ。)
前世の記憶と、この身体の記憶。
二つが違和感なく混ざり合い、一人の「アルベルト・ヴァルデリア」という人格を形作っていた。
「アルベルト様?」
返事がないことを心配したリファーリアが、そっと顔を覗き込む。
距離が近い。
五歳の自分から見れば、まるで姉のような存在だ。
「どこかお痛みになりますか?」
優しい声だった。
仕事だからではない。
本当に心配してくれていることが伝わってくる。
アルベルトは小さく首を横に振った。
「……大丈夫。」
そう答えた自分の声は、高く幼かった。
(本当に子どもなんだな。)
思わず苦笑しそうになる。
そんな様子を見たリファーリアは胸に手を当てた。
「安心いたしました。昨日は庭園で転ばれて頭を打たれましたので……医師も大変心配しておりました。」
(なるほど。)
(それが転生のきっかけか。)
事故で前世の人格が目覚めた。
よくある展開だ。そんなところだろう。
アルベルトは部屋を見渡した。
磨き上げられた家具。
本棚。
小さな机。
暖炉。
そして窓の外には、美しく整えられた王宮の庭園が広がっている。
(ここが……俺の部屋。)
五歳の王子には十分すぎるほど豪華だった。
だが、現代日本で暮らしていた感覚からすると、この部屋にも気になる点がいくつもあった。
(窓は小さいな。)
(採光が悪い。)
(暖炉の煙突は効率が悪そうだ。)
(床も石だから冬は相当寒いだろう。)
前世での経験が、無意識に部屋の構造を観察させる。
リファーリアはそんなアルベルトを不思議そうに見つめていた。
「アルベルト様?」
「え?」
「お部屋を、じっとご覧になっておられますが……。」
「あ……。」
しまった、と内心で苦笑する。
五歳が建物を品定めするように眺めていたら、不思議に思われても当然だ。
「少し……違って見えたんだ。」
子どもらしい曖昧な返事をすると、リファーリアは柔らかく微笑んだ。
「頭を打たれましたから、そのように感じられるのかもしれませんね。」
深く追及はしない。
その気遣いがありがたかった。
アルベルトは心の中で小さく息をつく。
(この人は、思った以上に聡い。)
(不用意に前世の知識を口にするのはやめよう。)
まだ何も分からない。
この国がどんな国なのか。
どんな文化なのか。
誰が味方で、誰が敵なのか。
焦る必要はない。
まずは、この世界を知ることだ。
リファーリアは立ち上がると、窓際へ向かった。
「朝食をご用意しております。医師からは『目を覚まされたら、まずは温かいスープを』と申し付かっております。」
「……ありがとう。」
その一言に、リファーリアは一瞬だけ目を丸くした。
「アルベルト様?」
「どうされました?」
「い、いえ……。」
少し困ったように笑う。
「お礼を言っていただけるのは嬉しいのですが、少し大人びたお話し方になられましたね。」
アルベルトの心臓がわずかに跳ねた。
(しまった。)
前世の話し方が出てしまった。
五歳の王子らしく振る舞わなければ、不自然に思われる。
「その...夢を見たんだ。」
とっさにそう答える。
「夢……ですか?」
「うん。とっても長い夢。」
嘘ではない。
夢のようであり、夢ではない前世。
リファーリアは優しく微笑み、頭を下げた。
「では、その夢のお話は、お体がよくなられてからゆっくりお聞かせください。」
アルベルトも小さく笑った。
「うん!」
その返事を聞きながら、リファーリアは胸の内で静かに思う。
(やはり、何かが変わられた……。)
幼い主人は以前よりもずっと落ち着き、その瞳には年齢に似つかわしくない深い知性が宿っているように見えた。
それが頭を打った影響なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
だが、彼女は詮索しようとは思わなかった。
「アルベルト様がお話しくださらないことには、きっと理由がおありなのですね。」
それが、リファーリアという少女だった。
一方のアルベルトは、運ばれてきた湯気の立つスープを見つめながら、静かに心に誓う。
(前の人生では、自分の人生に意味を見いだせなかった。)
(だけど、この人生は違う。)
(焦らない。まずはこの国を知り、人を知り、世界を知る。)
(そしていつか――このヴァルデリア王国に、未来へ残るものを築いてみせる。)
まだ五歳の小さな王子は、誰にも知られることのない静かな決意を胸に、新たな人生の第一歩を踏み出した
初投稿になります。
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