サプライズ
図らずも、犯人は神(と言ってしまっても問題ないくらい力を持っている魔族のブロードン)の不興を買った。
──色々端折って、一文で終わらせるならそんな感じ。
もっとも石を採取したのは、ただ依頼された仕事を受けただけの者である可能性が高く、そもそも特に悪いことをしているワケでもない……石の採取だけ抜き出すと、あまり彼とは繋がっていないのだけれど。
ファティマを含め、お気に入りの人間達が大変な思いをしているとあって、彼が全面的に協力する体勢であることは間違いない。
イヴェットを連れてきたことに関しても、ブロードンとの顔合わせ的な意味合いが強かったらしい。
その為、当初の期待とは裏腹に、犯人の足取りだとかの今後の捜査の話には関わらせては貰えず。
楽しくお茶をするだけで、ほぼ雑談程度しか問題に関われないまま、イヴェットは家まで送られることとなった。
「ブロードン様、今回の慰霊祭にはいらっしゃるのですか?」
「うむ。 おそらくは」
「では、その時またお会いできるのを楽しみにしていますね!」
そうはいえども、ブロードンと再会できたことはイヴェットにとって、とても嬉しいこと。
彼は憧れた姿ではなかったけれど、やはり素敵で憧れの男性だ。
ブロードンにクラヴァットをあげるかどうか──という、なんとも素敵な悩みが増えた。
あげたい気持ちもあるけれど、初恋の記念に取っておいてもいいかな、とも思うのだ。
「魔女様、今日はありがとうございました!」
「いいや、こちらこそ。 お陰で楽しく過ごせた……遠くまで連れ出してごめんよ」
彼女はまた西の森へと戻るそう。
「またね」と一言残し、颯爽と馬に跨ったファティマは夕闇の空へと消える。
「日が落ちるのと魔女様が西の森へ戻るのと、どちらが早いかしら?」
見送るのは一瞬で、すぐただ空を眺めているだけになったイヴェットは、そうひとりごちてから家の門をくぐった。
家に帰ったイヴェットには、思わぬサプライズが待っていた。
「お嬢様宛に、第二王子殿下よりお荷物が届いております」
「殿下から?」
美しい包装で飾られた、服飾品と思しき大きな箱が複数。
早速一番大きなモノから開けてみたイヴェットは、驚きと感動のあまりに息を呑んだ。
「ッ! なんてこと……!!」
それは憧れの牛の骨。
被りやすいようにという配慮からか、上顎骨から上部分のみの、軽い素材で作られたレプリカである。
慌ててイヴェットは他の箱も次々と開けていく。
「まあ! ……まあっ!!」
二番目に大きな箱には、黒一色の見事なローブ。素晴らしい生地で、裏地は光沢のあるローズレッド。揺れて翻る度にチラリと見える際、織り込まれた幾何学模様が妖しげに緩く浮き出るように光るであろう。
ローブの付属品はブロンズゴールドの紐のみ。このシンプルさこそ浪漫であり洒脱……なかなかわかっている。
似たような中くらいの箱には、目の覚めるような、白さ輝くフロントフリルのブラウス。前身頃のフリルと袖のバルーンは上質な生地を贅沢に使用しており、もったりと柔らかく上品に揺蕩う。甘さを引き締めるかのように長めに取られた袖口には、精巧に模様が彫られた飾りボタンが3つ。
合わせるのは股上深めのキュロットスカートに編み上げブーツ。『少年風魔法使い』というコンセプトなのだろうか。
小さな箱には装飾品。
中央のアンティークの宝石が重厚さを醸す、濃紺のリボンのブローチ。髪をくくるのを想定してか、同じ色の髪飾り用のリボンも入っている。
「まあぁぁぁぁ!!」
「お、お嬢様……」
イヴェットは歓喜した。
こんなに興奮したお嬢様は見たことがない……と、後で家人が口を揃えて言う程に。
「うふふ、殿下ったら……うふ、うふふふふ」
「お、お嬢様……?」
(『口先だけの謝罪より、物品』とか。 如何にも考えそうよねぇ~)
前提として『相手の好みをしっかりわかっていること』ありきだが、今回のは実に有効。
なにより、オリヴァーが自分のことを考えていてくれたのが嬉しい。
(外されたような気になってしまったけれど、まだ私も内側にいるのね!)
その証左と受け取ったのは、カードに書かれた一言だけのメッセージ。
美しいけれど全体がやや斜め右に上がる癖のある、オリヴァーの字だ。
『慰霊祭で待っている』
(このメッセージは、慰霊祭の衣装が私を喜ばすプレゼントなだけでなく……『当日は忍んで捜査するぞ』の意に違いないわ!)
イヴェットは間違いなく、オリヴァーにとって『内側の人間』ではある。
ただし、このメッセージへの彼女の解釈は微妙に間違ってもいる。
喜ばせたいのも、当日にコレを着て忍んで欲しいのも事実だが……それは危ないからであって、捜査するのは求められていないどころか、なんなら自分の目の届くところで大人しくしていて欲しいのだ。
このプレゼントにはその為のご機嫌取りというか、賄賂的な意味もあったのだが。
残念なことに逆の効果を発揮していた。




