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君の笑顔は太陽の花、私は太陽を盗んだ女

 バレンタインデーがなぜか三年生を含めた清楽館の登校日。とは言っても、午前中に卒業式に向けた簡単なガイダンスが行われるだけなので、「花円」の水やりに付き合った後は、さぁちゃんと何かお昼ご飯でも食べよう。時間があったらカラオケでも行こうかな。あ、プリクラも良いかもしれない。

 その流れでチューとか……どうしよう? てか私、彼氏じゃないもんね。何気にしてんだろ。

 でも気になるよ。


 結局、さぁちゃんとはあれから学校以外で会っていない。さぁちゃん曰く、

『大学、一応受験するんだ! だからこれからしばらく勉強するんだよ! 三月入試までガリベンになっちゃうよ! めっちゃいい大学受かるから、政子は顔を洗って待ってなってばよ!』

 さぁちゃんは嘘はつかない。

 そう決断したのならば、本当にそうしているのだと思う。

 だけど、それはつまりは、私と「花円」で会うことを断っていることでもある。卒業旅行の話

も、結局あれから全く進んでいない。


 とは言え、今日はようやく会える。それだけで何だろう、体が宙に浮きそうなくらい軽くなる。支度を済ませ、リビングへ降りる。なけなしの朝食を親に頼らざるを得ないあたり、大学生になったらバイトでもしてみようかと考える。そしたら今以上に母を見ずに済むし、母とコミュニケーションを取らずに済む。

 母の朝は早いか遅いかが極端だった。早い時は午前四時あたりからコッテコテの化粧で世間様に向けて武装する。遅い時は昼まで寝ている。多分夜通しどっかにいたのだろう。これじゃあ私が「さとり世代」と呼ばれても文句は言えないと思うわ。

 リビングには朝からメザイクに忙しい母がいた。私に気づくなり、アイプチを塗ったばかりの瞼の白い線が乾くのを気にしながら、顎を突き出しながらブランド物の財布をまさぐった。

「政子。今日ママ帰ってこないから。はい、二千円札」

 源氏物語絵巻の大和絵に守礼門が描かれたお札、つまりは二千円札を渡される。差し詰め母は光源氏にでもなりたいのだろうか? 二千円で晩ご飯とは高校生にとってはかなり贅沢な感じではあるが、私の心はちっとも弾まない。五十路の母は美魔女になりたがっているらしく、メイクと髪型をつくろうと鏡台で必死こいている。無理だ無理だ。それに、仮に美魔女として成立したとして、その美貌を見せに行くのは、父ではない男の人じゃないの?

「あんたはどこ行くの? 政子」

 バカじゃねぇのか。制服着てるから学校行くに決まってるだろ。

 仕方なく二千円札を受け取り、今日も母に目線は合わせず、私からは、何も発信しない。都心から郊外に向かうのに混雑の激しい中央線に揺られ、しばらくぶりの吉祥寺改札口。いつも待っていたら、大体一〇分以内に井の頭線改札からさぁちゃんがお出ましするが、今日は事前に連絡があった。

『ごっめん遅刻だぁ~(^_^)/~先行っといてぇ~。はやく政子にあいたいでごわす』

 誰だよ!? 全く、朝の人波の中で吹いてしまったじゃないか。ああ恥ずかしいよさぁちゃんは全く。


  ●


 二月中旬と言えば、私立大の受験ならば、大体の一般入試の前期日程が終了した頃である。外界に閉ざされた静かな清楽館も、いつもより未来に向けた活気に溢れていた。

「円先輩おめでとうございますぅ~!!」

 高等部の正門では、バド部の後輩である真央が岩上の大学合格を祝している。てか岩上、何大に受かったんだろう?

「真央じゃん~。そうだよ~第一志望、一般入試とセンター利用方式の両方で受かったよぉ~!」

 なぬっ!?

 バド部の後輩である真央の祝福に岩上の声色も明るいのが悔しい。

「先輩本当に勉強してましたもんねぇ~! 現役ってとこも素敵です」

 岩上は、通り過ぎようとしている私に気づいている。

「政子ー!」

 うわっ、岩上が大して上手くもなかったのにラケット握りすぎて豆だらけだった手を振ってきたよ。声かけてきやがったよ。しかも政子って何だよ。鈴木さん呼ばわりしてたくせに。入試が上手くいったから雪解けか? 私があんたに以前行ったことの裏返しか? ふざけんなよ。

 私は今エア耳栓をしていて、エア音楽をプレイしているから聞こえない。断じて聞こえないふりをしよう。


 女子高らしく(?)、バレンタインデーは友チョコを渡し合うのが習わしとなっている。私も一応さぁちゃんに渡すべく

昨日じっくり選んできた。手作りでも良かったけど、台所を使用すると余計な物音がして五十路の母が舌打ちしてめんどくさがるのでやめた。放課後に渡そうかな? それとも先に、下駄箱に入れようかな? 迷うぜ全く。

 百年前の創立時から使われている、当時としては珍しい、ひんやりとした金属製の下駄箱は、郵便受けのように上から何かを投函できるようになっている。これが共学高だったらチョコとラブレターの一日となっていただろうか。私の下駄箱には……何も入っていない。まぁしょうがない。今まともに付き合いあるのはさぁちゃんだけだし。私の横の下駄箱には既にチョコがぎっしり溢れているのに。

 さぁちゃんの下駄箱もまた、チョコが入っている気配が全くなかった。私達は下駄箱でも二人で一つの孤独を演じている。それが何だろう。私はたまらない。たまらなく嬉しい。だって、この世でたった一人、さぁちゃんを手に入れているのだから。太陽を盗んだ女、ああ、それは悪くない。むしろ実に面白い。


 しかし、不思議ねぇ。

 下足室はおろか、雪組と星組、どちらの教室にも人がほとんどいなかった。

 僅かに存在していたクラスメイトの腐女子、実塚さんに声をかける。

「何で、みんなまだ来てないの?」

 実塚さんは文化祭の時に世話になったのを覚えている。いわゆる余り者グループとしてお世話になった。

「鈴木さんは知らないの? 岩上さん発信でね。今日は始業前に中庭で星組のクラス写真を撮るのよ。私は写真嫌いだから行ってないけど」

 岩上め。何で教えてくれなかったんだよ。まぁ、岩上のメアドと電話番号は予め着信拒否してるから無理なんだけど。

「ええ!? それってメールとかで出回ってた?」

「うん。こないだ私のとこにも来てたよ。ほれ」

 シャープすぎる顔立ちの二次元美男がプリントされたi phoneカバーをこれ見よがしにして実塚さん

が、メール画面を見せてきた。

『みんなでチョコを持ち寄って、思い出に写真撮ろうぜぃ(^o^) 雪組も星組もみんなGO!』

 何だこれっ!? 知らないぞ!

「うちの学校、畏まった人も多いからさ。目立たない時間帯じゃないとできないもんね」

「私のとこには来てないわよ」

「うん。だってこれ一斉送信じゃないもん。私のとこにも人伝にたまたま来ただけ。来てない人もいるかもね」

 だからか。でも、それでは私の気持ちは落ち着かない。

「さぁちゃーー明葉さんは?」

 実塚さんは唇を一瞬緩めつつ、曇ったメガネを拭きながら語りだした。

「明葉さんは、わからないなぁ」

 そうだった。さぁちゃんは遅れるって言ってたんだ。良かった良かった。さぁちゃんが、岩上如きと交わらないでほしい。

 雪組の銀サッシの窓から身を乗り出して、中庭を見回した。すると、まだ卒業式でもないのに、思い出に飢えたクラスメイト達が噴水の周りできゃっきゃ

 雪組の銀サッシの窓から身を乗り出して、中庭を見回した。すると、まだ卒業式でもないのに、思い出に飢えたクラスメイト達が噴水の周りできゃっきゃきゃっきゃしている。

「てか、写真撮るなら学校終わった後でよくね?」

 至極真っ当な意見を実塚さんに言ってみる。

「そうだね。でも、当日にチョコの交換してたらみんなのテンションが上がったらしいわよ。芸能活動してる子とかもいるし、なかなかみんな来ないじゃん。だか

らみんなドライだったんだけど、岩上さんはしっかりしてるからね。思いが伝わったんじゃないかなぁ?」

 中庭には勿論岩上もいる。ああ胸くそ悪い。

 そしてそこには、さぁちゃんもいる。


 ーーさぁちゃん!?


 しかもさぁちゃんは、なぜか岩上とスマホでツーショットを撮っているではないか!?

 慌ててさぁちゃんにメールを送るも、返事はない。鞄を腕にかけたままスマホをぽちぽちしているから絶対気づいているはずなのに。岩上め。どんな魔法をかけたんだ? うちのさぁちゃんをどうやって奪っていったんだ!?


 これはもうやはり、さぁちゃんにはお仕置きしかないわね。


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