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私は、玉座の間を出て長い長い廊下を一人歩いていった。
やがて城の外へと続く、大扉の前に着く。
扉へ手を掛けると『ギィィ』という鈍い音を立てながら、ゆっくりと開く。
薄暗い城内から外へ出た瞬間、眩い光に思わず目を細めた。
目を開いた先には、無数の魔物や魔獣の死骸があった。
「……汚い」
そう呟くと、私は手を翳し彷徨う“生命”を回収した。
散らばった残骸は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
周囲へ視線を巡らせると、少し離れた先に誰かが立っていた。
(……誰だ?今までとは違う、嫌な気配がする)
気配を殺しながら、ゆっくりと相手へ近づいていく。
そこに立っていたのは、異様なほど整った顔立ちの青年だった。
淡い色の髪が陽光を受けてきらめいている。
「あれ? 聖女様……いや、魔王様と呼ぶべきか。わざわざ来てくれたんだ」
青年は爽やかな笑みを浮かべて言った。
足元には、レンギョウが倒れている。
「……そいつと私以外ここにはいないもの」
私は感情のない声で答える。
「この子、中々手強かったよ」
そう言う割にまだ余裕があるように見えた。
「僕のこと殺すのかな?」
そう言いながら、彼は距離を詰めてきた。
他人との距離感に慣れていない私は、わずかに後ずさる。
「……どうして逃げるの?」
「なんで魔物に人里を襲わせてるの?」
彼は穏やかな声で問いかけながら、さらに近づいてくる。
逃げ場を失い、私はとうとう追い詰められた。
「僕を、殺さないの?」
「……別に、理由なんて無いから」
私は苦し紛れに、俯いたまま答えた。
「君は、こんな人じゃないと思ってたのに」
落胆したように呟いた彼は、私の顎に手をかけ、無理やり視線を合わせてきた。
「……っ」
嫌なのに、目を逸らせなかった。
「僕は、君のことを知ってるよ」
彼は穏やかに微笑みながら、理解できないことを言う。
「……知っているって何を?」
私は嫌悪感を覚えた。
(……この気持ち悪さには、覚えがある)
この世界に来る前の記憶が、不快感とともに蘇ってくる。
母親がパート先で知り合い、家庭教師として連れてきた大学生だった。
「あなたの行きたい大学の先輩よ。少しあなたのことを話したら、家庭教師を引き受けてくれたのよ。良かったわね」
「塾に通うか悩んでいたでしょう?ちょうどいいタイミングだと思って……いい人だから、大丈夫よ」
「――です。よろしくね」
第一印象は、爽やかで感じの良い青年だった。
人見知りな私でも、彼の誠実さに安心し、次第に打ち解けていった。
しかし、それは表面的なものにすぎなかった。
彼の正体は、私に近づくために誠実さを装っていたストーカーだった。
気付いた時には、すでに逃げ道など残されていなかった。
(似ている……私がこの世界に来る原因となった男に)
でも、その男はここにいるはずがない。
目の前にいる青年はどこから見てもこちらの世界の人間だ。
(あいつなわけが無いのに……)
「……は?」
一瞬、過去を思い出して気を取られた隙に剣で腹部を穿かれた。
彼はまっすぐと見据えて微笑みかけてくる。
「ちゃんと僕を見て、君の願いを叶えたいんだ」
人を刺しながら口にする台詞でも表情でもない。
「本当に?」
すぐには信じることができなかった。
(なぜ、こうも私には狂っている奴ばかり近づいてくるのか……)
「本当だよ、だからこうして君を刺してみた」
「やはり、これでは死ねないんだね」
「死にたい、それが君の願いでしょ?」
「僕は君について書かれたもの全てを読んだんだ」
「一緒に君が死ぬ方法を探そう」
「そのために、こうして会いに来たんだ」
彼は目を輝かせながら捲し立て、私は気圧された。
「それで、あなたに何の特があるの?」
なぜそこまで私に思いを向けるのか疑問に思い、尋ねた。
彼は剣先から滴る汚れを払うと、慣れた手つきで剣を鞘へ戻しながら口を開く。
「君の存在に惹かれた、ただそれだけ」
少なくとも、嘘をついているようには見えなかった。
「ちょっと離れてくれる?」
ずっと壁際に詰められているのが辛く、私は声をかけた。
「ああ、ごめん」
彼はそう言うと、離れた。
私は手を伸ばし、いつものように“それ”を奪おうとした。
しかし、出来なかった。
こめかみにズキッと痛みが走り、何かに弾かれるように手が止まった。
あの男とは別人のはずなのに、思い出し恐怖で手が震える。
目の前の彼は、安堵したように微笑んだ。
「良かった、これからよろしく」
差し出して来た手を、私は恐る恐る握った。
(何者なのだろうか……)
「あなたの……名前は?」
自分のことばかり知られているのも、気に入らない。
私は彼に名前を尋ねた。
「セイト……他には、特に言えることもないかな」
名前以外、何も答えるつもりはないようだった。
「あの子は、どうする?」
地面に倒れているレンギョウを指さしてみせた。
「あなたが殺ったのに、気にするんだ……」
「アイツは私が何も知らないこの世界で生きるために必要だったから側に置いてたの」
私はそう言い放ち、彼女を元に戻そうと動いた。
セイトはそれを阻止しようとしてくる。
「これからは僕がいるんだから、彼女はもう必要ないでしょう?」
柔らかな笑顔なのに、背筋がぞっとした。
「……ここに、住むつもり?」
私は嫌だという気持ちを隠さずに言う。
「そのつもりでここに来た」
セイトは気にもせず、平然と答えた。
「彼女は、僕が後で埋めておこう」
「とりあえず城の中に入れてくれるかな?」
私は、ただうなずくことしかできなかった。
そのまま城の入口へ案内した。
「また会えるなんて奇跡だ」
後ろでつぶやく彼の声は、私には聞こえていなかった。




