1 コーヒーハウス
「ここが件のコーヒーハウスですわね。」
私が馬車の扉を開けると、私の主人である公爵令嬢、カメリアはそう言った。
カメリアの視線の先は馬車を停めた大通りの向かい、石造りの建物だ。
建物の一階、天井から床まで覗けるほど大きな窓ガラスで囲まれた店。
それがそのコーヒーハウスだ。
「私、コーヒーハウスにきたのは初めてですわ。」
「カメリア様は紅茶がお好きですからね。」
コーヒーより紅茶を好むのはカメリアに限った話ではない。
少し前の時代ならいざしらず、貴族の間では紅茶文化が主流になって久しい。
店に向かって歩みを進めながら、カメリアは「ヒルダはこういった店でコーヒーを飲むことはありますか。」と私に聞いた。
「店にはあまり来ませんが、コーヒーはよく飲みますよ。
メイド長が私たち使用人にコーヒーを淹れてくれるので。」
「あら、そうでしたのね。」
「眠気覚ましになるコーヒーは、労働者たちに好まれているんですよ。
このコーヒーハウスも、働く者たちに向けた店のようです。」
そう話しながら私は店の重たい入り口の扉を開けた。
カラン、という鈴の音とともにコーヒーの深い香りがふわりと漂った。
「よく来てくださいました、カメリア様。」
店の奥から、長い前掛けをしたシルバーグレーの男性が現れた。
彼はカメリアに駆け寄ると、「店主のパウルでございます。」と名乗った。
「この度はわたくしめの依頼を引き受けていただきありがとうございます。
何分、ことの次第ではわたくしどもは店を閉めることになるかもしれないものですから。」
パウルは困りきったように眉を下げた。
カメリアは「お疲れのようですわね、目元にくまがありましてよ。」と彼を気遣った。
「そんなに緊張されずとも、私たち警察はパウルさんを逮捕しにきたのではありませんよ。」
パウルの背後から、若い男性の声が言った。
「これは任意の捜査です。」と近づいてきたのは、そばかすのある頬をした若者だった。
「王国警察のハドソンです。
また会いましたね、カメリア嬢。」
カメリアに向けられたハドソン警部補の瞳には競争心の炎が燃えていた。
野心家のハドソン警部補はカメリアをライバル視しているらしかった。
「パウルさん、無実を証明したいのでしたら、探偵でなく弁護士を呼べばよかったのでは。」
ハドソン警部補はそう言うが、パウルはカメリアを頼って正解だったと私は思う。
カメリアは公爵令嬢にして、有能な探偵である。
彼女が解決した事件は片手で数えきれないほどだ。
殺人事件を好む悪女と中傷されることもあるが、彼女に長年仕えてきた私は知っている。
カメリアは、ただ真実を追い求めずにいられないのだ。
だからパウルが無実ならば、必ずカメリアが真犯人を突き止めるはずなのだ。
店主パウルは「カメリア様、お願いします。」とカメリアに助けを求める。
「どうかわたくし共は潔白だと、うちの店は安全だと証明してください。」
パウルは縋る思いで訴えるが、ハドソン警部補は「しかし、まったくの無関係とは言えないでしょう。」と眉を吊り上げる。
「常連客が3人立て続けに亡くなったんです。
偶然とは思えませんよ。」
これこそがカメリアがこのコーヒーハウスを訪れた理由である。
この店に通っていた3人もの人間が命を落としたのだ。




