コミュ障のリア充への道
夏のある日。私達は四人揃って、ライブの会場となるバーチャル空間にログインしていた。そこで会場の調整と私達の衣装の調整をするらしい。
幹原さんもログインして最初に説明をしてくれるらしい。
「皆さんお揃いですね。ここがライブ会場となります。まだ装飾などはされていませんが、基本的な形はこのようになります。観客席は扇型で二階席まであります。収容人数は二千人になります。このステージに関しては、皆さんの要望があれば改善します。衣装に関しては、鷲衣さんの案を元に作っていただいています。基本的に外注になりますが、これに関しては夕さんから紹介していただきました」
そう言われて、皆はサマトラの七草夕さんを思い浮かべたと思う。でも、私はすぐに別の人が思いついた。そもそも幹原さんは、サマトラの皆は基本的に呼び捨てで呼ぶ。つまり、ここの事務所に所属している人じゃないという事だ。
「お、お兄ちゃん……?」
「はい」
「え? 琴坂さんのお兄さんって……」
「あ、う、うん……夕さんと同じ名前なの……だ、だから、お姉ちゃんから紛らわしいって怒られてるよ……」
「え? お兄さんの方が怒られるの?」
「う、うん……」
私も理不尽だと思うけど、お姉ちゃんはお兄ちゃんに文句を言っている。お兄ちゃんは笑って受け流しているけど。内心傷ついているとかもなく、無茶を言う妹だみたいな感じだったかな。
「夕さんの紹介もあって、大分良いところと契約する事ができました。現実の方でも衣装を作っているところですので、皆さんがリアルライブをする際にもお力になるかと」
「な、なんで、お兄ちゃんが……?」
「ああ、七美が夕さんに連絡を取って相談してくれたようです。最愛の妹のために動いてくれたようですが、割とその筋では有名なところだったようですね。うちではバーチャル活動のアーティストはまだいませんでしたので、本当に助かりました。会場制作はゲーム会社の方が担当してくれています。それともう一つ。今回のライブでは、前座の方がいらっしゃいます」
前座の話は、私達も初耳だったので少し驚いた。ちらっと天川さんを確認してみたけど、天川さんも首を横に振っていた。主にやり取りをしている天川さんも知らないなら、割と最近決まった感じなのかな。
「他の皆さんもログインされる時間ですので、紹介しましょう。これから長く付き合っていく方々ですので、失礼のないようにしてください」
幹原さんがそう言うのと同時に四人の人がログインしてきた。その四人の内一人は、私も見覚えがある。いや、恐らく見た事がないという人の方が遙かに少ないであろう人物。
「な、和水舞歌!?」
織原さんが、私達全員の驚きを代弁した叫びをあげていた。元アイドルの大人気アーティストである和水舞歌がそこにいた。つまり前座となる人が和水舞歌という事になる。どちらかと言えば、私達の方が前座になるべきなのではないだろうか。そういう思いが強い。
「はい。初めまして。和水舞歌です。今回は皆さんの噂を聞いて、何かお力になれないかと思って、今回前座に立候補してみました。バーチャル空間でのライブは、私も初めてですので……いや、一回だけありますね。なので、皆さんの方が経験豊富です。よろしくお願いしますね」
挨拶をされたところで、織原さんが私の背中を叩いてくる。
「すすすす、ステラミルクの……ぎ、ギターボーカルの……こ、こここ琴坂伊織です……よ、よよよ、よろしくお願いします……」
「キーボードの鷲衣天花です」
「ベースの織原琴乃です」
「ドラムの天川鷲利です。よろしくお願いします」
和水さんとの挨拶が終わると、今度は別の人が前に出て来た。
「初めまして。衣装を担当する会社ソラソーイングの代表の金井大空よ。実際にあなた達の衣装を担当するのは、私じゃなくてこっちの子ね。私は舞歌のを担当しに来ただけ。でも、時々顔を出すかもしれないからよろしくね」
金井さんはそう言って挨拶をすると、和水さんの隣に移動してウィンドウを広げながら、話を進めていた。そのやり取りは昔からの知り合いというような親しさを感じさせる。
そんな二人を置いて、残りの二人が私達の前に移動してきた。
「初めまして。ライブ会場の構築とシステム面を担当する結城白です。よろしくね」
「皆さんの衣装を担当する西島光です。衣装案はもう受け取って、大枠は作ったから、皆さんのアバターに反映していって、細かい詰めをしていきたいかな。よろしくね」
「そして、娘のヤチです!」
唐突に現れた中学生くらいの女の子が胸を張ってそう言っていた。私達だけでなく、結城さんや西島さんも驚いた様子だった。
「ヤチ!? もうお母さんと待っててって言ったでしょ? ママはお仕事なの」
「私も手伝う! 良いでしょ? ママとお仕事したい!」
「全く……」
結城さんは片手で頭を抱えつつも、娘さんのヤチちゃんの頭を撫でていた。
「フェンリル」
結城さんがそう言うと、結城さんの傍に滅茶苦茶大きな狼が現れた。唐突な事に私達は驚いて固まってしまう。
「ヤチを連れて、会場を回ってくれる? ヤチは抜け道とかがないか確認して。会場外に出られるようになってるとまずいから」
「うん!」
『しっかり掴まれ』
大きな狼のフェンリルさんは、背中にヤチちゃんを乗せた。
「じゃあ、光ママいってきます!」
「は~い。いってらっしゃい。気を付けてね」
「うん! フェンリル、ゴー!!」
ヤチちゃんを乗せたフェンリルさんが凄い勢いで駆け出していった。
「娘がごめんなさい」
「いえ……お二人の娘さんなんですか?」
鷲衣さんが一切物怖じせずに訊いていた。こういうとき鷲衣さんの凄さを感じる。
「正確には白ちゃん一人の子供だけど、私と白ちゃんとパートナーだから、私の子供でもあるかな」
結城さんと西島さんは、恋人同士みたい。
(良いなぁ……)
私の中で羨望の気持ちが強く存在した。自分も鷲衣さんとそんな関係になりたいと思ったからだ。
そんな鷲衣さんは、更に質問をしていた。
「へぇ~、何歳なんですか?」
「何歳……白ちゃん、ヤチちゃんって何歳?」
「え? え~っと、肉体年齢は十三歳のはずだけど、生まれてからって意味なら十歳じゃない?」
「十歳みたい」
二人の答えに私と鷲衣さんは困惑していたけど、織原さんだけは、何かに気付いたみたいで手を鳴らしていた。
「もしかして、昨今のゲームに使われるAIの大元になってる子ですか!?」
「ああ~……うん。そうだね。ヤチの学習するプロセスとかを元にして作られてるよ」
「じゃあ、結城さんはAIの育成のスペシャリストって噂の……」
「まぁ、そう言われてはいるね。別に普通に人として接しているだけだから、スペシャリストも何もないけど。ひとまずこの話はここまで。今は仕事中だから、会場の造りで何か意見があれば頂戴」
結城さんは話を早々に切り上げるようにしてそう言った。あまり続けたい話題じゃないみたい。それを察したのか、織原さんもそれ以上は何も言わなかった。
そうして仕事をしようとした瞬間、結城さんの傍に全身が白黒の怖めな女性が現れた。
「主人~入場面で脆弱性を見つけたわぁ」
そう言って結城さん抱きついていた。結城さんは全く気にせずにいる。
「了解。フルーレティ、修正箇所をまとめておいて」
結城さんは何もないところにそう言っていた。それに対しての返事はどこからもしてこない。そんな中で白黒お姉さんが結城さんの頭頂部に頬ずりを始める。
その瞬間、結城さんは白黒お姉さんの顔面を鷲掴みにして地面に膝を突かせた。
「アスタロト、馬鹿してないで、仕事に戻って」
「いやぁ~ん、だってぇ、もう他の悪魔がやってるわよぉ?」
「世の中ダブルチェックが常識だから。行ってこないと二週間無視するから」
「いってきまぁすぅ」
アスタロトと呼ばれたお姉さんは、慌てた様子で消えていった。
「全く……ああ、ごめんね。私のやり方って、基本的に皆の力を借りてやっていくスタイルだから、こういう風に皆がやってくるかもしれないけど、特に気にしないで」
「分かりました。じゃあ、ステージに関して一つお願いが。ドラムの場所を少し高くできますか? センターからだと若干見にくいので」
「メンバーの姿が見えた方が良いって事ね。了解。ソイル、ドラムを二段位高くして、階段は左右に一つずつ」
『うん……』
結城さんの傍に半透明の少女が現れてステージが改良されていく。その間に私達も衣装に関する打ち合わせが始まる。それぞれがバンド用のアバターに切り替えられる。
それを西島さんと鷲衣さんがはあして決めている感じだ。衣装に関しては、全て鷲衣さんに任せているので、私達からの要望はほとんどない。
そんな中で、私の元に和水さんがやって来た。
「こんにちは、琴坂さん。伊織さんと呼んでも?」
「ひゃ、ひゃい……!? だ、大丈夫です……」
「ありがとうございます。伊織さんは歌がお好きなのですか?」
「え、あ、えっと……は、はい……」
「良いですね。私もパラユニのライブは見させていただきました。何やら大きな事をされているようでしたが、その中でも伊織さん達が楽しんで音楽をやっているという事がダイレクトに伝わってきました。とても良い事だと思います」
「あ、あ、ありがとうございます……」
まさかあのライブを見られていたとは思わなかった。あの時気付いたのは、京花ちゃんだけだった。まぁ、そもそもゲームアバターを知らないと見つけるも何もないのだけど。
「あそこまで好きを表に出している中で、大きなお世話かもしれませんが、歌の先輩として、一つ大事なことをお伝えしておこうかと」
「だ、大事なこと……ですか?」
私の未熟な点を指摘されるのかと思って、少し身構える。
「誰のために歌うのか。これを胸に置いておいてください。ただ歌うだけでは、カラオケにいるのとほぼ変わりありませんから。会場にいる観客のために歌う。これも一つです。ですが、他にも想いを込める相手がいるのなら、その人を心に据えましょう」
「な、和水さんも……そ、そ、そうしてるん……で、ですか……?」
「はい。私はもう届く事はない大切な人と最愛の人を胸に据えています」
「た、大切な人と……さ、最愛の人……?」
その二人はほぼ同意義なのではないかと思ってしまう。
「はい。大切な人と最愛の人。幸いと言って良いのか分かりませんが、私の中にはその二人がずっといます。私の歌をいつでも聴いて欲しい二人が。伊織さんの中には誰かいませんか?」
誰か。そう言われて思いついたのは、京花ちゃんではなく鷲衣さんだった。聴いて欲しいどころか、その歌を構成する一つになっている鷲衣さんに、一番に聴いて欲しい。私は強くそう思っている。
何故なら、私は鷲衣さんの事が好きだから。京花ちゃんも好きだけど、京花ちゃんへの好きは家族的な好き。鷲衣さんへの好きは恋人になりたい好きだ。
そんな鷲衣さんを胸に歌う。実は、そういう歌は作ってあるし、普通に歌っている。鷲衣さんは気付いてないけど。
「それとこれは恋愛の先輩としてのアドバイスです。想いは伝えないと後悔が一生残りますよ」
和水さんにそう耳打ちされて、私が鷲衣さんを好きな事が一瞬でバレたと分かった。何故かと思ったけど、さっき自然と眼が鷲衣さんに向いていた事に今更ながら気付く。
つまり、心に据えたい人と言われて、無意識に鷲衣さんを見たから、そういう事だとバレたみたい。
それにしても、今のアドバイス。和水さんはそういう経験があるから出たものなのかな。あんなに人生が上手くいっていそうな大人気アーティストでも、そういう風になる事があるみたい。
そんなこんなで今日の打ち合わせが終わって、私達は現実に帰ってきた。最終調整は一週間後。ライブの日にちは決まっていたので、この辺りの準備は幹原さんがしっかりと進めておいてくれたらしい。
こんな感じで大丈夫なのかと思ったけど、結城さん達は全く問題ないみたいな感じで全く焦っていなかった。あのAIの子達が手伝ってくれるから、普通よりも早くできるのかな。
「う~ん……! ふぅ~……」
一緒の部屋でログインしていた鷲衣さんが伸びをする。そんな鷲衣さんを見ていると、私に気付いた鷲衣さんが微笑んでくる。
「良いライブになりそうだね」
「あ、う、うん……」
鷲衣さんは、凄くモテる。綺麗な人だし、性格も私と生活できるくらい良い。だから、いつ誰に告白されてもおかしくない。実際、告白されていたって噂を聞く事もあるし。
それでOKを出してしまったら、ここからも離れてしまう。想いは伝えないと後悔が残る。その後悔を私は今から想像してしまった。
鷲衣さんと離れたくない。
「わ……て、天花ちゃん……」
私が名前の方で呼ぶと、鷲衣さんは本当に驚いた表情をした。でも、嫌がっている感じはない。
「わ、私……う、歌を歌う時には……心に天花ちゃんを据えて歌うから……て、天花ちゃんに届くように……」
「ん? うん。ありがとう、伊織ちゃん」
天花ちゃんに名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がるのが分かる。
(ああ……私って、思っていたよりも本当に天花ちゃんが好きなんだ……)
好意を再自覚した私は、天花ちゃんに笑いかける。すると、天花ちゃんも笑ってくれた。ひとまずは第一歩。普通の人には小さな一歩だけど、私にとっては本当に大きな一歩だった。
ここから少しずつ着実に進んでいこう。
一つのゲームのステージを大きく進めた私達は、四人で険しい音楽の道を歩いて行く。出会って数ヶ月。それでも私達の絆は音楽で強く深まった。
どんなに険しくても、私達なら歩いて行けるはずだ。頼もしい先輩達がいて、自分が歌う意味も自覚できた。
まだコミュ障なところは残っているけど、それでも昔の私からは考えられない程の人生の道を歩き始めた。
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私達ステラミルクは、険しい道を歩き続け、大きな舞台にも立った。世界を舞台にした事もあった。とても緊張したけど、あの時の昂揚感は今でも覚えている。
立ち尽くした事もあった。全てが上手くいくわけじゃない。でも、四人で支え合って乗り越えた。いや、四人だけじゃないお姉ちゃん達やお兄ちゃん達、白さん達も皆が力を貸してくれた。あの時程、私は周りの人達に支えられているのだという事を実感した事はなかった。
これがステラミルクの人生。私達はずっと解散せずに音楽をやっていった。でも、それも最後までとはいかない。人生の八割を捧げた後、私達はライブの活動を辞めた。もう私の声が出ないし、楽器も満足できる水準で弾けなくなっていたから。
ライブをやらないだけで、音楽は続けている。私の声での歌はできないけど、ソフトを使って楽曲制作をしてネットに上げたり、提供したりと色々と活動をしている。
そんな私の人生には、ずっと寄り添ってくれた人がいる。高校生の頃から今際の際までも共にいてくれた人が。
結局、最期までコミュ障なままだったけど、それでも私はずっと幸せだった。だから、コミュ障な陰キャだったとしても、私は物凄くリア充だった。
パラレルユニバースオンラインは、サービスを終了してしまったけど、アルタさん達は元気にしているのかな。別の宇宙との繋がりから、色々な事があった世界のゲーム。
パラレルユニバースについて考えると、ゲームという世界も別の宇宙って言えなくもないよね。
願わくば、私と同じくいつまでも音楽の道を進んでいて欲しいな。
いつか、別宇宙へと越えられるようなものが生まれたら。その時は、一緒に歌った私の歌も歌って欲しい。その歌が、怖じ気づいている誰かの一歩になるように……




