その感情の名前は嫉妬
学校から帰ってくると、お母さんは既に出立した後だった。予定通りに北海道に向かったらしい。
帰ってきて最初に確認したのは冷蔵庫だ。こっちにいる間に食材を補充してくれていたみたいで、中身は充実している。
(夜ご飯は……生姜焼きとかで良いかな)
部屋に戻って部屋着に着替え、お風呂にお湯を張る。そして、夜ご飯用にサラダを先に準備し、味噌汁用の出汁も準備していると鷲衣さんが降りてくる。
「あれ? 言ってくれたら手伝ったのに」
私がキッチンで作業をしているのを見て、鷲衣さんが小走りで駆け寄ってくる。でも、もうやる事がない。その事を私がしている作業を見て、察したのか鷲衣さんは少し不満げな表情をしてから、私を見る。その不満げな表情も鷲衣さんがすると、一つの芸術作品のように綺麗に見えた。
「次からは私も手伝うから。余り料理はした事ないけど……」
「う、うん……お、お願いね……」
一緒に暮らすからか、鷲衣さんはその辺りを気にしてくれているみたいだ。その気持ちを蔑ろには出来ないので、一緒に料理をする事にした。
そんな話をした直後、私の携帯が震える。誰かが電話を掛けているみたい。基本的に電話をしてくるのは、家族だけなので誰かしらだと思って画面を見ると、電話の主は京花ちゃんだった。
「もしもし京花ちゃん?」
『そうだけど。最近連絡ないから、ちゃんと生きてるか確認の電話』
「さ、さすがに生きてはいるよぉ……」
何気に酷い事を言っているように聞こえるけど、私とこんなに長期間離れるという事は全然なかったという事も大きいのかな。お姉ちゃんがそうだったし。
『まぁ、生きてるならいいや。何か進展はあった?』
「進展? あ、えっとね。今、お友達と一緒に住む事になったの」
『はぁ? 何言ってんの?』
「えっとね。お姉ちゃんの提案で仲良しになる……近道?」
『七美さんの? 七美さんも意外と変なこと考えるからなぁ……まぁ、相手方が了承しているなら良いんじゃない。伊織は、コミュ力以外ハイスペックなんだから、胃袋でも掴んじゃえばどうにかなるでしょ。それじゃあ、また電話するわ。じゃあね』
「え? あ、うん。じゃあね」
京花ちゃんはそのまま電話を切った。本当に私の生存確認と友達とちゃんとやれているかの確認だけしたかったみたい。心配性って言って良いのかな。
京花ちゃんとの通話を終えて、すぐに鷲衣さんを一人にしてしまっていた事を思い出して、鷲衣さんの方を向くと、何と言って良いのか分からない表情をしていた。
拗ねているような。悲しんでいるような。妬んでいるような。怒っているような。そんな感じのものが綯い交ぜになっているような印象で、どういう心境なのか分からないけど、負の感情をごちゃごちゃになっていそうな感じだ。
「わ、鷲衣さん……?」
「何か……仲良さそうな感じだったね」
言葉に棘はない。ここで分かり易くトゲトゲの言葉を使ってくれた方が鷲衣さんが考えている事が分かりそうなものだけど、それがないと本当に何を考えているのかが分からなかった。
「え、えっと……お、幼馴染みの京花ちゃんだから……か、家族みたいなもので……」
「幼馴染み……そういえば、そんな話もしてたっけ。家族……家族か」
鷲衣さんは、何やら考え込み始めた。一体何を考えているのか分かりづらい。一分くらい考え込んでいた鷲衣さんは、いつもの笑顔に戻っていた。
「そっか。うん。ごめんね。ちょっと嫉妬しちゃった。私も琴坂さんと仲良しになれるように頑張るね」
「え、あ、う、うん……」
真正直に嫉妬していたと言われてしまうと、こっちとしても反応に困る。私と仲良くなろうとして、今のお泊まりが始まっているので、既にそれ相当の仲の良さがある人がいるって事に嫉妬した感じなのかな。
(鷲衣さんには、沢山の友達がいるはずだけど、今更こんな事で嫉妬するものなのかな? 友達がいない私には全然分からない世界だなぁ……)
そんな事を考えていると、また私の携帯が震えた。同時に鷲衣さんの携帯も震える。私と鷲衣さんの二人の携帯が震えた理由は、ステラミルクのグループメッセージが来たからだ。
『ログインしたわよ。そっちは授業終わったかしら?』
シェリアさんからの連絡だった。今日は夕飯までの間に路上ライブをしようという話になっていたので、私達もログインしないといけない。
「もうこんな時間だったんだ。琴坂さん、行こう」
鷲衣さんはそう言って、私に手を差し出す。私は自然とその手を取る。
「う、うん……」
鷲衣さんと一緒に私の部屋に入り、鷲衣さんは自分の布団の上でログインした。私は普通に自分のVRギアでログインする。この暮らしになって初めてのログインだ。何故か少し緊張するような気がした。何でだろう。
──天花の思考
確か、琴坂さんが普通に話す事が出来るのは家族と幼馴染みだけ。今の話で、琴坂さんは幼馴染みを家族と表現していた。
それが配偶者的な位置づけではなく、姉妹とかの位置づけだとしたら。それなら私が入る余地はある。
それに琴坂さんが、相手をそういう風に思っているなら、琴坂さんのお姉さんがあんな提案をするわけもない。幼馴染みという事はお姉さんも会っている可能性は高いし、琴坂さんがそういう気持ちを抱いているかも見抜けそうだし……
今の私には難しいけど。でも、あんな楽しそうに……私と話す時はぎこちない笑顔だったりする事が多いのに……
いや、琴坂さんは本当に笑顔になっている時もあった。だから、私も琴坂さんの幼馴染みさんと同じようにはなれるかもしれない。お姉さんもその可能性があるから勧めてくれたんだし。
少しずつ琴坂さんのあの領域に入れるように頑張ろう。そしていつかは、琴坂さんの隣に…………うん! 頑張ろう!
天花の伊織への気持ちは、日が経つ毎に強まっている。それは、幼馴染みとの仲の良さが感じられる会話だけで強い嫉妬心を抱いてしまう程に。
その嫉妬心を天花は自覚している。だからこそ、その嫉妬心を分かり易く悟らせないように表面に出さないという事も出来た。
そして、その嫉妬心が、伊織への独占欲から来るものという事も自覚している。だからこそ、その独占欲も自分の中に押し込める事が出来る。
こうした気持ちの整理は天花の得意とするところだが、感情が一気に複数膨れ上がると上手く出来ない事もあった。今回は、これに該当するものとなった。




