意見とは聞くべきものと聞く価値のないものがある
ゴールデンウィークの三連休最終日。今日は、鷲衣さんがいないので一人でログインする。
(あ、そうか。今日は鷲衣さんとずっと会わないのか……)
あのペアワークの日から毎日会っていたからか、こうして一日会わないという日があるのが寂しいと感じた。この寂しさは京花ちゃんと離れる事を知った日に近いものだった。
(はぁ……本当に寂しがりだなぁ……私は兎か……いや、あれって間違った話なんだっけ。まぁ、いいや。今日はどうしよう。何となくログインしたけど、普通に防音室で練習すれば良かったかな)
目的無しにログインしたので、中央の広場にあるベンチに座って、これから何をしようかと悩んでいると、正面からキューちゃんがやって来た。大声で呼ぶ勇気も手を大きく振る勇気もないので、必死の目力でキューちゃんを呼ぶ。
キューちゃんは最初から私に気付いていたのか、呆れた表情でこっちにやって来た。
「呼べば良いでしょ」
「で、出来たら苦労してないよ……」
「苦労しなくなれっての。今日は一人なの? 昨日は二人でライブしたんでしょ?」
「う、うん。あれ? 何で知ってるの?」
キューちゃんの言い方から、私達のライブを聴いていたわけじゃないという事は分かる。そして、私はキューちゃんにライブをした事をまだ報告していない。
そのためキューちゃんがそれを知るに至る経緯が分からなくなった。
「掲示板」
「ほえ?」
「いや、リラがどう考えてるのか知らないけど、今のリラって歌姫に並ぶ程の人気があるから」
「へ……?」
キューちゃんの言葉に頭が真っ白になる。いつもは段々と色が戻ってくるのだけど、今日の漂白剤は強力だった。キューちゃんが唐突に往復ビンタしなかったら、何時間も真っ白だったかもしれない。
「おっ、起きたか」
「け、掲示板って……」
「見る?」
「……見ない」
何て書いてあるのか気になるけど、その中に一つでも否定的なものがあったら立ち直るまでに数日以上掛かるに決まっている。自分のメンタルの脆さを理解しているからこそ、ここで見たら心が折れると言える。
「ふ~ん……逃げてばかりだと成長しないけど」
「うっ……」
「多少は成長したと思ったのになぁ」
こういう意地悪を言うときのキューちゃんは、私をからかっているか、何かしら言いたい事や伝えたい事がある時だ。そして、多分これは後者だと思う。
「…………見る」
「ほれ」
キューちゃんが掲示板のページを見せてくる。内容は大半が好意的なものだった。私の歌声が好きというものだったり、ギターが上手いというものだったり、アバターの容姿が可愛いというものもある。フォルティさんのキーボードも上手いという意見が大半で、私の新しい顔が見えたみたいな意見もあった。
でも、中には否定的な意見もある。本当に真逆な意見って感じだ。その中にフォルティさんのキーボードが要らないとかもあって、私の中で苛立ちの棘が生えてくるのが分かった。
「まっ、掲示板って感じの意見ばかりでしょ」
「そうなの?」
私が訊くと、キューちゃんは私の眉間に指を押し付けて揉んでくる。
「ん~!」
「皺寄ってる。年寄りにでもなるつもり?」
「別に……」
苛立ちが表情に表れていたみたい。眉間じゃなくて頬を膨らませる事で苛立ちを表現すると、キューちゃんは苦笑いしていた。
「何で見せたかったと思う?」
「分かんない……」
「まず一つは、こうしてリラの歌は受け入れられているって事を見せるため。ライブ会場だけじゃない。掲示板の中には、今日のライブ行けなかったって嘆く書き込みもある。それだけ楽しみにされてるって事」
その書き込みは分かる。昨日のライブで、肩を落としているプレイヤーを見たから。でも、本当はあそこまで来たプレイヤーの他にも楽しみにしていて来られなかったってプレイヤーもいたのだと考えさせられた。ライブが楽しみにされているのは、私にとっても嬉しい。
「後はこういう否定的な意見もあるって事。この広場でライブをした時に黒竜討伐隊のプレイヤーに怒鳴られたって聞いたけど、それと同じようなプレイヤーがいる」
「うん……」
「でも、そんなの気にする必要ない」
「え?」
思ってもみなかった言葉に少し驚かされる。京花ちゃんの事だから、そういう意見も受け入れて飲み込んで進めとか言われるかと思っていた。
「何驚いてんの。言っておくけどね、こういう匿名で何でも言える場所では、好き勝手言い始めるやつがいるの。その中でも多くの人から評価されているものに対して冷笑している自分かっけーって思ってる痛い人間が書き込んでる事がほとんどなんだから。そんな馬鹿の意見で心を折られて挫折なんて馬鹿な真似させたくないの。
後は古参ファンほど、最初の空気を大事にしたいって人間がいたりする。それこそメンバーを増やしていたら、一人の方が良かったとかね。だから、キーボードの子の心を折るための書き込みをしているファン面した厄介馬鹿だっている。
これからライブをしていけば、そういうのと直面する事もある。それでもリラには今の道を進んで欲しい。それが一番リラの成長に繋がるって確信が持てたから」
キューちゃんは私の胸に指を突き立てる。キューちゃんが言っている成長っていうのは、私の心の事だ。心の成長は、そのまま私のコミュ障などの改善に繋がる。キューちゃんはそう判断したみたい。
「こういう掲示板には馬鹿も書き込めるけど、中には妥当な意見もある。例えばこれとかね」
キューちゃんは見せてくれたのは、私とフォルティさんの息が微妙に合っていない箇所があるというものだった。音楽関係に詳しい人の書き込みなのかは分からないから、それが適当にホラを吹いているだけの可能性もある。
さっきのキューちゃんの言葉でそんな考えが浮かんでくるけど、これは事実だ。まだ練習が足りていない。お姉ちゃんのようにプロとしてライブするのなら、まだ入口にも足を掛けていないレベルだと思う。
「苛つくものもあるかもしれないけど、自分を客観視するための道具にはなる。自分で自分を客観視するなんて事不可能でしょ? どうせ、その客観も自分の主観なんだから。だから、実際に聴いてくれた人に意見を聞くか、こういうところで調べるしかない。その点で言えば、おばさんや七美さんがいるから、必要ないかもしれないけど、ライブをした時の事は分からないでしょ?」
「うん……」
「スルースキルを身に付けな。否定的な意見の中で、まともじゃないと思った意見に対しては鼻で笑うくらいが丁度良いよ。でも、自分でも思っていた意見が出ているなら、それは客も感じている事。つまり」
「直さないといけない箇所……」
「そういう事。私は音楽は分からないけど、こういう考え方に関してなら分かる。だから、そのアドバイス。それと注意かな。この世には見た目以上に傷つきやすいものもある」
そこで区切ってキューちゃんはベンチから立ち上がる。そして、私の額に軽くデコピンした。そして、耳に顔を近づける。
「支えられる人間になりな。伊織が本当は強い子だって、私達は知ってるから」
そう言ってから離れていくキューちゃんは、楽しそうな笑みを向けていた。その笑顔は私に勇気をくれる。
私があの掲示板を見て不快に思ったように、鷲衣さんも不快に思うかもしれない。掲示板が誰にでも見える場所にある以上、鷲衣さんが絶対に見ていないとは言えない。それによって傷つかないとも。
私は、そこまで鷲衣さんを知らない。ちゃんと知らないと。もっと鷲衣さんの事を。
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リラから離れていったキュクノスは、少し離れた路地裏に入る。そこにはアクイラの姿があった。
「言ってきましたよ。私も同じ事を考えていましたけど、七美さんが言えば良かったのでは? 音楽関係なら尚のこと」
「私じゃ駄目。京花ちゃんだから良いの。あの子なら、私の言葉よりも京花ちゃんの言葉の方が胸に染み入るから。でも、京花ちゃんも良かったの? あの子、キーボードの子に恋するかもしれないけど」
近しい人間が家族しかいなかった伊織に、初めて出来た友達だ。その友達にのめり込み恋愛感情が生まれる可能性を七美は考えていた。
それに対して、京花はぽかんと呆気にとられた。
「え? 別に。私は伊織の事を恋愛対象として見た事ないですし。そもそもあっちも同じだと思いますけど、家族みたいな感じですから。言ってしまえば、双子の妹ですよ。見れば大体の感情は分かりますし、胸に仕舞い込んでいるものに察しも付きます」
「まぁ、同じ日に産まれてるわけだし、そういう繋がりが出来ても不思議じゃないけど」
「伊織が恋を学ぶなら、嬉しい事この上ないですよ。私は後方腕組みで見学します」
「まぁ、面白い絵面ではあるけど……」
恋をしている伊織の背後で腕組みをしている京花を想像して、七美は笑いを押し殺していた。
「ところで、七美さんから見てどうでした?」
「まぁ、合格点ね。初めての本番ライブであそこまで合わせられるなら、今後練習を重ねていけばどんどん良くなる。ミスタッチもピアノのブランクなんだから、それこそ練習で取り戻せる。だからこそ、潰されたくない。あそこに加わる子も選定したいけど、そこまでは過保護だから、あの子達で見つけるしかないかな」
「見守りで?」
「そういう事」
「夕さんは?」
「まぁ、トラブル解決には使えるかもだから放っておいて良し」
「分かりました」
暗躍する二人の目的は伊織の成長。そのためなら、多少強引な手段も取る。だが、その大半は伊織自身の足で進ませるために見守る事で終わるのだった。




