結論、楔帷子
「蓮!」
あの三人(途中+一名)の旅行から数か月が経った秋の日。
俺は後ろから聞こえてきた想い人の声に反応して振り返る。
「麗奈」
俺の視線の先では、ブレザーを来た麗奈の姿あった。
徐々に夏らしい小麦色の肌は薄まり、白さが映えてきている。
髪も前はウイッグだったが、徐々にその長さが自身のものとなり、今は肩ほどに伸びた黒髪が秋風に吹かれて軽やかに揺れている。
麗奈は、世界の煌めきを集めたかの如く美しい。
「ほら、私に見惚れてないで、少し急がないと遅刻するよ」
「ああ、すまない。あまりにも麗奈が綺麗でな」
俺は正直な想いを吐き出す。
すると、麗奈の頬が紅葉よりも遥かに濃く赤らんでいく。
「れれれれ、蓮ってさ、病気治ってから真っすぐ過ぎるくらいに言葉届けてくれるよね」
パタパタと、麗奈は視線をあちこちに飛ばしながら、両の手で顔を仰いでいる。
「そうか?」
言われてみればそんな気もする。
病気がほぼ寛解してから、俺は何を気にすることなく想いを言葉にするようになった。
これまで心に留めていた分、堰を切ったように言葉が溢れてくる。
それを止める術がない、と言った方がいいのかもしれない。
どちらにせよ、俺としては麗奈にこれまでの想いを届けることができる状況、これがなによりも嬉しい。
麗奈もちょっとだけ戸惑いつつも、嬉しそうにはにかみながらも俺の言葉を受け取ってくれる。
「そうだよ。まあでも、どんな蓮でも好きなんだけどさ」
頬を赤らめたまま、麗奈は笑顔を咲かせる。
その笑顔に、俺の心はどこまでも浮ついていく。
その笑顔から溢れる幸せに、俺はどこまでも溺れていく。
俺と麗奈はあの日から、恋人同士となった。
ああ、幸せだ。
共に笑顔を携えたまま、俺たちは手を繋ぎ、学校へと歩き出した。
学校に着き、教室に入ると、いつものように友人たちが挨拶を届けてくれる。
「おはよう、蓮」
「おはよー、蓮君、麗奈ちゃん」
「二人とも朝から熱いねー」
「はは、ありがと。みんなおはよう」
俺は自然な笑顔で挨拶を返す。
クラス内には今日も今日とて、以前なら俺が反応していたであろうエロスが溢れている。
しかし、俺がそれらのエロスに反応して爆散することはない。
麗奈への想いに満たされた俺は、もう、爆散をすることはない。
さらに言えば、それらをエロスと捉えることも自然となくなっていた。
病気に苛まれていた時は、過剰なまでにエロスに反応していたと思う。
それがなくなった。
「蓮君、おはよう」
ただ、一人の例外を除いて。
俺が席に座ると、いつものようにその例外が前の席からこちらを振り返る。
「おはよう、美里」
俺も挨拶を返す。
美里はいつものように笑う。
その笑顔を見て、俺は爆散の予感に震える。
―――俺は美里にだけ爆散するという状況から脱せていない
あの後、坂崎先生が調べてくれたのだけれど、どうにも美里への想いだけが爆散する病に繋がっている可能性があるとのことらしい。
原因は、麗奈と美里、二人からの想いと、二人への想いを同時に理解しようとしたこと。
本来であれば、麗奈への恋を自覚すると共に、本命の人間以外への想いは病への繋がりから解放され、純粋な本命への想いだけが恋というエネルギーへと昇華するはずだった。
しかし、美里のことも全力で考えていたため、その昇華に巻き込まれる形で、美里への想いが爆散エネルギーに繋がったままになったとのこと。
なんともややこしいシステムが、俺の中に新たに構築されてしまったらしい。
この点について、麗奈と美里と時間をかけて話し合った。
俺たちがこれからどうすべきかを。
もはや、三人で乗り越えてきたことが多すぎたため、三人で話し合わない、という選択肢はなかった。
結果、俺は楔帷子を着ることになった。
そう、麗奈への想いは本物だ。
なら、麗奈を傷つけることは絶対にしたくない。
しかし、新たなシステム上、美里から距離を取らないと爆散をしてしまう。
けれど、それは麗奈が断固として拒否をした。
『美里ちゃんのおかげで新しい一歩を踏み出せたのに、美里ちゃんから離れるのは違う』と言ってくれた。
正直、この点に関しては麗奈に感謝してもしきれない。
ただ、麗奈もさすがに恋人である俺が美里で爆散することは快く想い続けることができないはず。
そのため、麗奈を想い、そして、美里を想い、楔帷子を着ることで爆散を防いでいる。
しかし、爆散してないはずなのに。
「ふふふ、蓮君。また、爆散しそうになったね」
美里は気づく。
「また、爆散しそうになったよね?」
麗奈も気づく。
いや、爆散未遂なのに、どうしてわかる?
俺は二人のあまりにも鋭すぎる爆散への感知具合に、滝のように汗をかく。
「いや、そのだな……」
言い訳をしようとしても、言葉は出てこない。
こんなにもいろんな思いを素直に言葉にすることができるようになったのに、これだけはまだ無理だ。
いや、難易度高すぎる。
「ふふふ、大丈夫。蓮君にとって、私は魅力的過ぎるんだもんね」
自身にしか爆散しないという事実が、数か月かけて美里の自信を育んだらしい。
美里はこれまで抱えてきた過去を微塵も感じさせないほど、軽やかに、そしてしなやかに生きている。
その姿に魅了された男子諸君から多くの告白も受けているらしい。
「蓮、わかっていると思うけど、美里ちゃんに靡いたら今度こそ社会的孤立に持っていくからね。私は自分だけの幸せを願うことに何の躊躇いもなくなるからね?」
一方で、それを見続けた麗奈は一歩踏み込んだ覚悟を決めているようだ。
大丈夫、俺は麗奈一筋だ。
システム的にどうしようもないというだけで。
「おふん」
俺はそんな二人に挟まれて、秋の空も真っ青な笑顔を浮かべるしかなくなる。
「で、美里ちゃん。今日はこれ持ってきたんだけど」
先ほどまでの俺に対する圧はどこへやら。麗奈は美里にとてつもない爽やかな笑顔を向ける。
そして、鞄からとあるモノを取り出した。
それは俺の保育園時代に来ていた私服だった。
なぜ麗奈が?
え?
いつ?
本当にいつ?
そんな俺の戸惑いを他所に、二人のテンションは上がっていく。
「え、これもしかして蓮君の小さい頃の服? すっごいいい! さすが麗奈ちゃん! 身近で蓮君のあれやこれやをゲットできていただけある!」
「でしょ? 美里ちゃんは?」
「私はねー……」
未だ青ざめたままの顔を称える俺の目の前で、二人は俺グッズを見せ、交換しあう。
どうやら麗奈は、美里の影響を受けて推し活に目覚めたらしい。
俺関係のグッズを美里と定期的に見せ合い、そして交換しているようだ。
そう、二人は非常に健全な推し友となっている。
健全?
実はこのような関係に至るまでに一度、『二人は、その、大丈夫なのか?』と遠回しに聞いたことがある。
しかし、二人からは。
『え? 大丈夫って何が? あ、もしかして蓮関係のこと? いや、それはあくまでお蓮関係でしょ? 私たちの仲の良さに持ち込んでこないでよ』
『そうだよ。駄目だよ? 公私混同しちゃ』
と、突き放されてしまった。
公私混同?
どっちが公で、どっちが私なのだろうか。
もしかして、美里と麗奈が付き合ってる?
最近では、そう思うほどの仲の良さだ。
二人の話は盛り上がっていき、俺の影はほぼ消えかけている。
二人のあまりの仲の良さに、最近はちょっと寂しい。
でも、もしかしたら、その寂しさが三人の今の関係にはちょうどいいのかもしれない。
そんななんだか不思議な関係を想いながら、俺は笑う。
「何笑ってんの?」
「ふふ、笑顔も相変わらず推せる要素しかないね」
二人も俺の笑みに気づき笑う。
俺たちはきっとこれからも笑顔を分け合っていくのだろう。
そう信じてやまないほどの煌めきが、三人の中に溢れていた。




