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幸せを願ってるの

「ごめんね。ごめんね。ごめんね。蓮のこと好きなのに、うまくできなくごめんなさい。ごめんなさい。でももういいの。もう、一人にしてほしいの。二人を見るのは辛いの」


 そこまで言うと、麗奈は俺の手を振りほどき走り出した。


「待って!」


 俺は慌てて追いかける。

 しかし、麗奈は速い。

 さすが陸上短距離専門だ。

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

 誤解がある。

 まずは話さなければ。

 俺と美里は必死になって麗奈を追いかけた。

 そして、数分後。

 駅からだいぶ離れた住宅街で麗奈は足を止めた。


「れ、麗奈。くっ……はあはあ。ちゃんと話そう。話せばわかる」

「そう……だよ。何か誤解があると思うんだ」

「わかる? そんなに言うならここで爆散して。社会的に孤立して。私だけのものになってよ!」

「そ、れは……」

「できないよね。私なんてそんな存在なんだよね。振り向いてくれるはずのない蓮のこと、ずっと好きだった馬鹿な奴だもん」


 違う。

 そうじゃない。

 俺はそう言いかけて言えなかった。

 俺はなんで麗奈を引き留める? 

 麗奈が好きだから? 

 もし好きだとわかっているのなら、引き留めることができるのか? 

 誤解があったとしても、その誤解を解くことが意味を持つのか? 

 俺にとっては意味を持つのかもしれない。

 でも、麗奈にとってどういう意味を持つ? 

 その先に、恋がないのなら……。


「いいよ。爆散できなんでしょ? 私だと。今日の朝もそうだったもんね。恋したから爆散しなくなったんじゃなくて、単に私に魅力を感じなくなったんだよね」


 ロビーで俺に抱き着いて来た麗奈。

 そうか、あれは麗奈なりの確認だったんだ。

 俺は戸惑いのあまり、爆散しなかった自分を悔いた。


「じゃあ、そういうことだから。ごめんね、最後にみっともない姿見せちゃって」


 そう言うと、麗奈は俺に背を向けて歩き出した。

 嫌だ。

 麗奈、麗奈麗奈麗奈麗奈麗奈麗奈!

 俺は咄嗟に麗奈の手を掴んだ。


「何? 放してよ。私のこと、情で引き留めるのなら止めて。迷惑だから」

「違う」

「何が違うの?」


 麗奈の鋭利な声が俺の心を割きそうになる。

 彼女の瞳に映る俺は、酷く歪んで見えた。

 けれど、俺は手を離さない。

 俺の心が離してくれない。

 どうすればいい。

 どうしたらいい。

 どうすれば、言葉にできずとも気持ちを伝えることができる?

 麗奈のために。

 まるで、走馬灯のように流れていく麗奈との思い出。

 その中で、俺と麗奈は笑っていた。

 ずっと二人で笑い合ってきたんだ。

 麗奈の覚悟と献身の上で。

 そうであるのなら、今、俺が最大限気持ちを伝える方法は……。


「そう、か」


 俺は直感的に理解する。

 麗奈へと想いを伝える術を。

 理解が体に染み込んでいく中、ゆっくりと麗奈から手を放し、俺は自身の上着に手をかける。

 そのまま、上着を脱ぎ捨てた。

 次はパンツへと手をかける。


「え、ちょ、蓮?」

「蓮君?」


 二人の戸惑いが聞こえてくる。

 けれど、俺は手を止めない。

 ゆっくりと、しかし、それでいて迷うことなく、俺は全てを脱ぎ捨てた。

 爆散ではなく、ただ、自分の意思で。

 麗奈への想いを伝えるべく。

 脱いのだ。


「ちょ、蓮! こんなところで脱いだら……!」


 麗奈の声には焦りが乗る。

 美里も目を見開き、戸惑いをその瞳に浮かべる。


「これが俺の麗奈への気持ちだ。俺は言葉で想いを語るにはあまりにも人を遠ざけ過ぎた。この旅行で精いっぱい麗奈に伝えてきたつもりだ。けど、それでも足りない。いや、そもそも、恋かどうかもわからない気持ちを伝えることは、不誠実だったとも思う。なら、この全裸に俺の全てを乗せる。爆散に悩まされてきた俺の自らの全裸。これが、俺が麗奈を想う覚悟だ」


 場所は人の往来が当たり前にある住宅街。

 いつ人が来てもおかしくはない。

 見つかれば社会的孤立必死。

 しかし、今はそんなことどうでもいいんだ。

 俺はただ、麗奈に笑ってほしい。

 そう、笑ってほしかったんだ。

 俺の傍で支え続けてくれた、俺のことを大切に想ってきてくれた麗奈に、笑ってほしいんだ。

 だって、俺は麗奈の笑顔に支えられてきたんだから。

 いつも、どんな時も、笑顔で傍にいてくれた麗奈に。

 その覚悟と想いを乗せた全裸。

 服が爆散する病に苛まれ続けた俺の精いっぱいの全裸だ。


「麗奈、受け取ってくれ」

「蓮……」


 麗奈の瞳がこちらをまっすぐに捉える。

 その瞳の中には、俺が浮かんでいる。

 先ほどとは違い、少しだけ柔らかな光が灯っていく。

 だが、瞬間、話し声が近づいて来た。


「れ、蓮!」

「大丈夫。俺なら、大丈夫だ」


 そう、大丈夫なんだ。

 麗奈のためなら。

 俺は静かに目を閉じた。


「……え?」


 しかし、そんな俺の手を麗奈は取り、住宅の影に引き入れてくれた。


「ほら、ちゃんと着て」


そして、俺に自身の上着を羽織らせてくれた。


「どうして……」


 麗奈は俺の社会的孤立を望んでいた。

 なのに、なのに、どうして服を……。


「あはは。君を社会的孤立に追い込むチャンスなのに、君を私だけのものにすることができたはずなのになんでだろ。蓮がそうあってもいいと言ってくれてるのに、なんでだろ……」


 ポリポリと麗奈は頬を掻く。

 その瞳が微かに潤み始める。


「走馬灯とは違うけど、声が近づいて来た瞬間に蓮がこれまで病気と必死に向き合ってきた姿が頭に浮かんじゃったの。蓮はさ、病気で苦しんでても、優しかったよね。皆に優しくて、素敵で、そう見えるように必死に生きて来たよね。私が一番そばにいたから、私がそれを一番知ってるの。なのに、私がこんなでごめんね。ごめんね、蓮。蓮、蓮、蓮、蓮! 好きなの! どうしても好きなの! 私じゃ駄目? 私じゃ駄目なのかな? 無理やりにでも君を私のモノにしたいけど、本当はそうしたくないの! でも、振り向いてもらえないのなら、美里ちゃんにとられてしまうくらいなら私は……私は……。でも、できない。嫌なの。だって、私は……私は……好きよりもそれ以上にただ……」


 一拍。


「蓮の幸せを願ってるの」


 そのまま麗奈は泣き崩れてしまった。

 俺の足元で嗚咽をあげながら麗奈は体を震わせる。

 俺は自然と彼女と膝を突き合わせる。


「蓮……蓮……蓮……好きだよぉ……好きなの……。でも、私の好きが蓮の幸せにならないなら、私はいらない。私は蓮の傍にいたくないの。でもやっぱり好きだよぉ。ごめんね。好きでごめんね……」


 ポロポロと、彼女の想いを溶け込ませた涙が落ちていく。

 瞬間、俺の心の真ん中に温かいモノが落ち、それが広がっていったのがわかった。

 そして、理解する。

 俺はゆっくりと立ち上がって、予備の服を着る。


「麗奈、俺をハグしてくれ」


 俺は改めて両膝をつき、両手を広げた。


「……どうせ、爆散しないじゃん」

 麗奈は涙を拭いながら、膝立ちとなり、そのまま俺をハグする。

 彼女の熱が、柔らかさが、吐息が、俺の五感を刺激する。

 俺の服は、爆散しない。

 朝と同じ結果。


「ほら、やっぱりしない。あ、はは。蓮は優しいね。本当に優しい。私にはエロスを感じないって身をもってわからせてくれたんだね。やっぱり、私はただの親友ポジで終わっちゃうんだ」


 そう言うと、俺から離れようとする麗奈。

 けれど、俺は麗奈を逃がさないように強く抱きしめる。


「違うんだ。朝と同じで爆散しなかったけど、それは違うんだ。この無爆散は違うんだよ」

「え、ちょ、蓮?」

「麗奈聞いてほしい。俺は今、猛烈に麗奈に興奮している。匂いたまらんし、胸の圧はえぐいし、体は筋肉質で、でもそれでいで柔らかさも内在している。今、触れている髪もサラサラすぎてすごい。でも、それと同じくらい、いやそれ以上に、麗奈への想いが溢れているんだ」


 麗奈は恐る恐る俺から離れ、こちらをまっすぐに見つめてくる。

 俺はそんな麗奈のまっすぐな瞳に応えるように、力強く頷いた。


「俺は麗奈のことが好きだ。今はっきりわかった。もちろん、爆散しなかったからわかったわけじゃない。麗奈の想いとこれまでを思い返して、はっきりと理解できた。俺は麗奈のことが好きだ。好きなんだ」


 俺の胸に溢れるのは麗奈との過去、今、そして未来。ずっと俺の傍にいてくれた麗奈への想いが溢れてくる。

 何より、自分よりも他者を想う麗奈に、俺はずっと救われてきたんだ。

 いや、きっとずっと前から好きだったんだ。

 麗奈がそうしてくれたように、俺も麗奈のためなら自分を犠牲にできる。

 いや、犠牲にしたい。

 今、確かにそう思えた。

 麗奈の想いが恋だとするのなら、俺のだってきっとそうなんだ。

 麗奈の涙が心に落ちてきたことで、今はっきりとその輪郭が浮かび上がってきた。

 好きだ。

 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。

 これが好きという気持ちじゃなかったのなら、俺は恋というものわからなくていい。

 そう思えるほどの熱と想いがこみ上げてきている。


「麗奈好きだ!」

「蓮、私も……私も好き……ずっと大好きだった。ずっと大好きだよ……」


 麗奈の涙が止まるまで、俺は優しく麗奈を抱きしめ続けた。

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