足湯攻め
そんな感じで話をしつつ、俺たちは宿に向かい、到着後荷物を預けて、散策すべく改めて外へと繰り出した。
肌着は減った分を補充した。
足りてくれよ、肌着。
さすがに着るものがないと特訓の意味がない。
「で、どこに行くとか決めてるの?」
「ああ、任せてくれ」
俺はバッグから冊子を三冊取り出した。
今日この日のために準備した渾身の力作だ。
人生は何事も準備が肝要。
病気を患ってからも常に準備は欠かさずに来た。
そのおかげで、爆散する病を隠すことができた。
もちろん、そこには俺の知らないところでの麗奈の尽力、美里の応援があったことも忘れてはならない。
今回の旅行も例外じゃない。
二人とより深い仲へとなっていくには、しっかりとした準備と手順があってこそだと考えている。
まあその、それが恋という段階に届きうる方法なのかはわかないが。
それでも、自分にできることは可能な限りやっておきたい。
そう思っている。
「せっかくの旅行だ。どこに行くのか、どこに行けば楽しいのか、どこに行けば互いによりコミュニケーションを高めることができるのか、よりお互いのことを知ることができるのか、計画を立て、しおりを作ってきた。受け取ってくれ」
ここ最近は二人の圧倒的な勢いに翻弄されてしまっていたが、本来の自分とペースをここで取り戻す。
そんな気概をも込めた渾身の力作だ。
まあそんな前置きはあれど、友人との旅行なんて初めてだから、楽しまないと損だしという気持ちも大きい。
「うぐふぅ!」
「あはは」
そんな俺の想いとは裏腹に、二人は思い思いのテンションで笑い出す。
麗奈は腹を抱え、美里は上品に口元を隠す。
笑い声と二人の身振りが大きすぎて、周囲の注目を集めてしまう。
「いや、どうかしたか?」
俺は戸惑いながら、二人に声をかける。
「いや、だって、旅のしおりって……」
「ふふふっふふふうふふふっふ!」
「でも、旅だぞ? 旅には必要だろう?」
何か間違っていたか?
やや不安が心に広がっていく。
修学旅行では必ずしおりがある。
この旅行だってしおり、あった方がいいはずなんだ。
「ううん。いいの。いいの。むしろ、私たちとのことを真剣に考えてくれてるんだと思ったら嬉しくなってふぐう!」
「そそそそ、そうだよ。蓮君、本当に可愛い。好き大好きふふふふふっふうふふふふふ!」
「そ、そうか? ならいいが」
二人の笑いには毒気はないから、気にはならないが、そこまで笑われると気になるんだが?
「それで、蓮君はまずどこに行きたいの?」
「ああ、まずはしおりの三ページ目を開いてくれ」
俺に促されて二人はしおりを開く。
そこには旅館に来る途中に通過したとある場所の写真と解説を載せている。
「最初に行くのは足湯だ」
「その心は?」
架空のマイクをこちらに向けてくる麗奈。
「まずはリラックスだと思ってるんだ。あらゆるスポーツの試合前も、定期試験の前もそうだが、リラックスを得ることで普段通りの力を発揮することができる」
「あ、それはわかるかも。私もボルダリングの大会前は、好きな音楽聞いて過ごすもん」
「だろう? たしかに俺たちは今、緊張関係にある。でもだからと言って、関係を崩したいわけじゃない。ならば、最初にリラックスをして、いつもの自分たちの関係であることも重要だと思うんだ。ありのままで過ごすことも意識しつつこの旅行を楽しみたい」
「一理あるね。ずっとだと疲れそうだし」
「さんせーい」
「よし、行こう!」
三人で早速足湯へと向かった。
さすがに歩くときは二人には離れてもらった。
歩きづらさと周囲の視線がすごいからだ。
提案はすんなり受け入れられたが、どうにも先ほどから二人の視線がすごい。
もしかしたら、二人とも刺激を与え続けるのもよくないと気づいたのかもしれない。
先ほども、密着ゆえに激しい爆散はなかったわけだし。
離れたら離れたで、逆に獲物を狙う肉食獣のような目が俺を襲い始める。
これはこれで、いつ刺激が来るのか怖くて緊張がすごい。
早く足湯に入りたい。
関係性ほぐそう?
「うん、温まるね」
美里はふくらはぎから下を包みこむお湯に視線を落としつつ、楽し気に声を弾ませる。
「あったかいねー」
麗奈も美里と同様、足湯の温かさに心がほころんだようで、まったりと目を閉じ、足を軽く前後させている。
俺も俺で、初めて浸かる足湯の温度感にほだされていく。
足湯に入るのは初めてだけれど、こんなにも気持ちいいとは。
初夏とは言え、標高の高いこの温泉郷は肌寒さがある。
上半身に感じる寒さと、下半身の温かさが、ちょうど腹部付近で混じり合い、なんとも言えない感覚を生み出していく。
徐々に思考までもまったりとしていく俺の元に、すっと、美里の左足が伸びてきた。
そのまま、俺の足の甲を、美里の足の裏が擦る。
普段擦られることのない甲の表面で、敏感さが跳ねる。
驚いて美里を見ると、片目を閉じ、人差し指を唇に当てている。
微かに、「しー」と声を漏らす。
体が温まり始めたのだろう。
美里の頬は微かにピンク色に染まり、そこに届く微かな湯気が絶妙な色香を生み出していく。
トクンと、心臓が跳ねる。
首を回し麗奈を見ると、相当足湯が気持ちいいようでまだ目を閉じ、心までも浸っているようだ。
少し顎が上がり、口も微かに開いている。
そんな麗奈をしり目に、美里はすりすりと自身の足と俺の足を擦り合わせる。
「……っ」
俺は必死に声が出るのを抑える。
なんとか足を逃がしたいが、反対側にいる麗奈に当たりそうで動かせない。
せっかく浸っている麗奈の邪魔をするのは……。
そんな俺を容赦なく責め立てる美里。
足の甲が擦られると言う未知の感覚が、徐々に皮膚から体内へと入り込んでくる。
ゾクゾクと、足から背筋、そして脳髄へと快感が昇って来る。
悶える俺の様子を美里は恍惚の表情で見つめる。
……楽しんでやがる。
必死に脳内での抵抗を試みたものの、美里の温泉美人な色香も加わり、あえなく爆散する。
「え、ちょ、今なにしたの? なにしてたの?」
爆散と俺の即着衣の音に驚き目をくわりと開き、俺と美里を見る麗奈。
「んー、何もないよ?」
「絶対、嘘! だって、蓮の服、今爆散したでしょ!」
「あはは。残念。さっきの爆散に怯えつつも興奮をした顔は私だけのものだよ。麗奈ちゃんにもどんなだったかは教えてあげない」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる美里。
「先手、とられたぁ……」
悔しさのあまり、唇を噛みしめる麗奈。
いや、血。血、出てるから。
足湯で築きたかった関係性ぃ。
「もう! 蓮、次行くよ!」
麗奈は足湯から出て足を拭いて靴を履くと、そのまましおりをバッグから取り出して次の目的地を確認する。
「あ、待てって」
俺も慌てて足湯から出る。
一瞬、ヘリで滑りそうになるが、なんとか持ちこたえた。
「焦んなくても、蓮君は逃げないよ?」
止めて美里!
煽らないで!
また血出てる!
目もなんか血走ってるって、麗奈!
どうにか麗奈をなだめつつ、俺たちはしおりに沿って次の目的地へと赴いた。
道中、いくつかのお店で温泉饅頭を物色した。
事前にリサーチはしていたが、どれでもおいしそうでついつい買い過ぎてしまった。
旅の醍醐味と言えばご当地ものだなと言ったら、麗奈と美里に「「それはなんかおじさん臭い」」と言われてしまった。
おおん。
まあ、それは置いておいて、俺たちは次の目的地へとたどり着いた。
駅から歩いて十分少々のところにあるそれは、自然の中でのアクティビティを楽しめることで有名な場所だ。
高所を綱と狭い足場だけを頼りに歩を進め、最後には百メートル以上の及びジップラインで滑空するというものだ。
普段俺たちが住む都会的な場所には存在しないアクティビティができる施設。
温泉郷に来たからこそ、温泉を楽しむべきだとは思っている。
だが、その温泉を全力で楽しむには今しっかりと疲れておくべきだろう。
そう考えたわけだ。
「だから、動きやすい服も持ってきてって言ってたのね。これは足が鳴るわね」
「ボルダリングに生かせる動き見つかりそう」
「じゃあ、行くか。上級者のコースでいいか?」
「「もちろん!」」
さすが、美里と麗奈だ。
二人も自然とやる気スイッチが入ったようだ。
俺もそうだが、二人も普段体を動かすからこそ、新しい運動体験には目がない。
実はこれは美里のボルダリングからヒントを得たものだ。
あの時、俺と麗奈は未知の体験に胸を躍らせ、自然と美里とより深く打ち解けることができた感じがあった。
ならば、それを今度は三人で共有しようというわけだ。
加えて、俺は恋というものを無自覚に自覚できるとは考えていない。
吊り橋効果というものがある。
恐怖などによるドキドキを恋と錯覚するというものだ。
もちろん、それで恋を知ることができるとは思っていないが、ここで少しでも気分を高揚させることができたらと考えている。
「ひと汗かくか」
俺たちは受付でヘルメットなどの必要な道具を借り、更衣室でさっと着替えた後、早速アトラクションへと挑んだ。




