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提案

「まずは、原点の克服、おめでとう」

「ありがとうございます?」


 現在地。

 診察室。

 俺は事の顛末を坂崎先生へと話をした。

 ちなみに、七瀬先生にも美里に許可を得て話をしている。

 『美里ちゃん、気づかないうちに成長してたんだね』と、困惑気味の笑顔をうかべていた。

 気持ちはわかる。

 俺も未だに昇華出来ていない。

 ちなみに、美里の七瀬先生に対する想いはあえて伏せた。

 美里もあまり知られたくない感情のようで『説明は蓮君に任せるけど、お姉ちゃんをどう思っていたのかとか、お姉ちゃんのせいで、とかそういうことは話さないでほしいかも。あくまでも、お姉ちゃんのことはきっかけだし、今は蓮君に出会えて感謝すらしてるから』とのことだった。

 姉妹だからこそ、こちらからは理解が難しい感情もあるのだろう。

 さて、それはさておいて、俺はここ最近を思い返す。

 本当に麗奈にしろ、美里にしろ、こんなにも俺のことを思ってくれている人がいたなんて、感動すら覚えている。

 病ゆえに人との距離を一定に保ってきた俺に訪れた劇的な変化。

 それは心地よくもあり、時に痛みを発することもあり、時に胸を締め付けられることもあり。

 まるで、ジェットコースターのような日々をもたらしているが、二人と一緒ならそれら全てが素敵な思い出に変わることは間違いない。

 そう思えている。


「いい笑顔するようになったね」


 先生はデスクに頬杖をつきながら、これまで以上に優しい笑みを浮かべている。


「そう、ですか?」

「ああ、長年君を見てきたからこそわかる。いい人たちに出会い、いい日々を過ごせているのだね」

「ですね」

「さて、しかし、本題はここからだ」


 先生は姿勢を改める。

 俺もそれにつられて背筋が伸びる。


「話を聞いている限りだが、君は二人の女子に対してこれまでにない感情を抱いているのは確実みたいだね。だが、それが恋にまでいっているのかは不明といったところか」

「そんな感じです。俺にとって、今、美里も麗奈もより一層大切な存在になってきています。二人が自身から離れて行ってしまったらと思うと、それだけで心が苦しくなるんです」

「だが、爆散はしてしまう、と」


 俺は無言で頷いた。

 二人へのより親密な感情を理解してからも、爆散は続いている。

 ただ、二人はそれを気にすることなく俺へのアタックを継続している。

 嬉しくもあり、しかしそれでいて、自分の不甲斐なさにどこか苛立ちに似た感情が募っていることも事実だ。

 何が恋なのか。

 どうすればそれを理解することができるのかがわからない。

 いや、より正確に言えば、それを理解しようとするとどこかで自身の心が固くなってしまう。

 うまく前に出てくれない。


「あくまでも私の仮説だが」


 と、先生はピンと人差し指を立てる。


「君は自分の生活圏では、自身を守るために心を固く閉ざしてきた。いや、閉ざさざるを得なかった期間がすこぶる長い。つまり、ある種のルーティンが君の心には刻まれているはずだ。そんな状態で恋と向き合うということは、おそらく難しいはず。人間、作り上げてきた環境の中で、いつもと異なる動きをすることは案外困難を伴うからね。おそらく、今の環境ではここまでの拡張で限界なのかもしれない。そうであるのなら、思い切って日常生活圏から飛び出して恋、そして、君を想ってくれている人と向き合うのもありだと思う」


 先生はデスクに置いてあったとあるチラシをとると、俺の方に渡してきた。

 そこには、どこぞの観光地の案内が書いてあった。


「というわけで、一つ私から提案だ。君を想ってくれている二人と一泊二日の旅行でもしてきなさい」

「言われている意味と意図はわかりますが、けど、それは別に泊りがけじゃなくてもいいのでは?」


 そう、別に泊りでなくても、どこか日帰りで行ける場所でもいいはず。

 そんな俺の疑問に、先生は優しく答えてくれる。


「ちょうどいい機会だと思ったんだよ。君は泊りがけの修学旅行、行ったことないだろ? 私は常に君のことを第一に考えている。これまで君が病気故に経験し損ねたことを今、取り戻せるのであれば、それに越したことはないと」

「……」


 俺は唇をキュッと結ぶ。

 確かに俺は修学旅行といった、泊りがけの学校行事に参加したことがない。

 なぜなら、どこで爆散するかわからないから。

 起きている時なら何とかなるし、なんとかする自信もある。

 だが実は、夢でエロスを感じても服は爆散する。

 もし、友人と同じ部屋で朝起きて爆散している、なんてことになれば取り返しがつかない。

 それを恐れた俺は、泊りがけの学校行事に不参加という選択をせざるを得なかった。

 スポーツの全国大会などは、個室に泊まれるため問題はなかったが、学校行事だとそうもいかなかった。

 そもそも、病気の特性上、学校の先生にすら知られたくないという思いもあり、俺が病気であるということは、両親以外だと坂崎先生と七瀬先生しか知らなかった。

 そのため、学校側に配慮してもらうこともできなかった。

 何かしら理由を付ければいいのかもしれなかったが、俺にはそれができなかった。

 少しでも病気に繋がる何かを悟られるのが嫌だったから。

 でも、既に俺の爆散を知っている二人となら、確かに行けるかもしれない。

 いや、一緒の部屋に泊まることはもちろんないだろうけど、それでも、友人との泊りがけの旅ができるなら俺としても嬉しい提案ではある。


「ただ、お気持ちは嬉しいんですけど、高校生同士で、しかも男女で旅行に行くのは難しいのでは?」


 至極まっとうな結論だ。

 それができる世の中であるのなら、親の理解があるのであれば、俺はきっとどこかでそれを実行していたはず。

 けど、現実はそうではない。先生の想いは嬉しいけども、それ以上にはならない。無念だ。

 しかし、そんな俺の無念さなど先生にはどこ吹く風のようで、ニヤリと不遜な笑みを浮かべる。


「ふふふ。安心しろ。私が何の策もなしにこんなことを提案すると思うか? 大丈夫だ。私は話がうまい。君の両親も相手の両親も説得してみせよう」


 きりりと決め顔をする先生。

 いや、話がうまいとかそう言う問題じゃないような。

 そんな俺の疑問は解消されることなく、時間経過とともに霧散していった。

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