第4話「嵐の核を裂く」
辺境砦・ガルツの上空では、魔竜嵐の黒い渦がゆっくりと形を整えつつあった。
風は高く吹き荒れ、砦の旗は激しく舞う。リラは丘の上に立ち、杭と風標を手に観測網を広げた。
「異常気流の中心が……ほぼここにあります」
等圧線の光が、体感として彼女の脳内に浮かび上がる。赤い渦が回転を始め、風圧が足元を震わせた。
「隊長、ヴァイレン、準備を」
リラは静かに命じる。騎士隊は剣を抜き、観測隊は杭と風標を握り直す。風と圧力のデータを、戦術として即座に変換する時間が迫っていた。
「嵐の中心に入るのか……?」
ヴァイレンの声には、驚きと緊張が混じる。
「はい。魔力核を崩すには、直接雲礫を散布する必要があります」
リラは雲礫の小型装置を取り出し、等圧線に沿って配置を開始した。
「ここで散布すれば、渦が自然の流れに戻ります。塔の妨害も解除されるはずです」
嵐に飛び込む直前、空気が一瞬静まり、まるで全ての生物が息を潜めたかのような感覚が走る。リラは杭と風標を肩にかけ、深く息を吸い込んだ。
「一つ、風向を変えれば……」
彼女が言い終えるか否か、渦が牙を剥き、風圧が暴力的に砦を打つ。だが、リラの体内の気配感覚は揺らがず、等圧線が導く安全ルートを示していた。
観測隊が散布位置に到達し、リラが雲礫を空中に放つ。
光の粒が渦に吸い込まれると、魔力核の回転が徐々に鈍り、渦の中心が不規則に揺れ始めた。
「……効いている!」
隊士たちの声に、ヴァイレンも拳を握る。
「よし、押さえろ! 渦の動きを読んで、迂回路を開け!」
リラは杭を立て、等圧線を描きながら隊を誘導。渦は次第に分裂し、黒雲が裂けて光が差し込む。魔竜嵐は、力を失い、辺境の平原に静けさが戻った。
遠くに見える結界塔も、塔の頂端から漂う魔力が弱まり、停止状態から正常に戻る。密輸ギルドの暗躍は露見し、砦の司令部に急報が届いた。
「嵐……制御完了」
リラは穏やかに息をつく。
「人の意志も、自然も……読み切れたわけではない。でも、動かせた」
ヴァイレンは肩の力を抜き、リラを見た。
「……気象官、恐るべし」
辺境の砦に降り注ぐ夕日が、戦いの終わりを告げる。だが、リラの目には既に次の課題が映っていた。王都から届く召喚状、派閥争い、そして、気象官制度の陰に潜む闇――。
「次の風が……私を待っている」
砦の旗が南東の柔らかな風に揺れ、再び“泣く”ように舞った。
リラはその旗を見つめ、拳を握る。
嵐の目を越えた少女の、戦いはまだ始まったばかりだった。




