第52話「ナディア・シュトラール」
リダンとの話を終えて自分の部屋に帰ってきた私は、軽くシャワーを浴びてから手早く寝る支度を済ませ、ベッドに横になった。
そのまま明かりを操作する魔道具にマナを流して部屋を暗くし、目を閉じる。そして、お気に入りのイルカ型の抱き枕をいつもより少しだけ強く抱きしめた。
今日は本当に疲れる1日だった。ミスト、メリア、レオンハルト、そしてアイゼンと戦って肉体的に疲れたのはもちろん、リダンのあの言葉をずっと気にしてたせいで精神的にも大分疲れている。
思えば、この1ヵ月はリダンの自分勝手な言動にずっと振り回されてきた。初めて会った日から、リダンの事を考えなかった日はほとんど無かった気がする。
でも、そんなリダンのおかげで、私は愚かだった自分自身を見つめ直して成長することができた。リダンのおかげで、私の中でたくさんの良い変化が生まれた。
「ていうか、私って我ながらバカすぎたわよね...」
自分の愚かさを思い出した私は、その恥ずかしさを覆い隠すために自分自身を貶すような独り言を小さく呟く。
私は、小さい頃から周りの人達に褒めちぎられて育ってきた。ちょっと魔法を使えば、すごいすごいと周りの人達は騒ぎ出し、天才だとか神童だとか言って私を持ちあげた。中には私を四英雄のエスト・シュトラール様の生まれ変わりだと言い始め、崇める人さえいた。
私はそんな周りからの称賛が嫌いではなく、むしろ大好きだった。そして、そんな称賛の数々につけ上がり、増長し、調子に乗った私は、所構わず魔法を見せびらかすようになった。
時には食事の場で、時には道行く人を捕まえて、時には大事な話をしている場所に押し掛けて、とにかく魔法を見せびらかしていた。
今にして思えば、あの頃の私はとても扱いに困る面倒な子供だったと思う。少なくとも、今の私が傍にいたならば、生意気だとか調子に乗るなとか言って一喝している。
だけど、そんなやりたい放題の私を周りの人間が咎めることはなかった。お父様も、お母様も、お兄様やお姉様たちも、お城のメイドや執事たちも、私の世話係の人たちも、誰一人として私の行動を咎めなかった。特に、両親やジークお兄様は私に甘く、叱るどころか私を褒めてくれた。もちろん、それ以外の家族から軽い注意を受けることはあったが、それだけだった。
当時の私は理解してなかったけれど、両親はともかくその他の周りの人間が私を咎めなかったのは、きっと私のお母様が正妻だったというのも大きかったのだと思う。
シュトラール王国では王族の男性にのみ多重婚が認められ、正妻一人に加えて最低一人の妾を持つことになっている。何でも、英雄のマナを受け継ぐ人間を途切れさせないためらしい。
そして当然、正妻と妾では正妻の方が立場は上だし、正妻の子供と妾の子供ならば正妻の子供の方が大切にされる。かといって、妾やその子供が冷遇されているのかと言われればそうではなく、あくまで比較したら、という話だ。実際、妾の子である第1王女のお姉様や、ジークお兄様もれっきとした王族として大切に扱われている。
要するに、マナに関して突出したものを持っていて尚且つ正妻の子である私は、将来的に王国内で大きな力を持つ可能性が高い。だから周りの人間は、私を強く咎め、文句を言うことができなかったのだ。
とは言え、全ての人間が私を称賛していたわけじゃなかった。特に、小さい頃は身分の違いなんかも良く分かっていないから、私の自分勝手な性格も相まって歳の近い子たちと衝突することも少なくはなかった。
だけど、私はそんな子達も実力で強引に黙らせた。そうして周りには私を否定するような人間はいなくなり、更に私の自分勝手な行動は増長していった。
歳を重ねるにつれて、多少は周りの迷惑も考えられるようになったけど、その本質は何も変わらなかった。私は毎日毎日飽きもせず、褒めてもらう為だけに魔法を見せびらかす日々を過ごしていた。
リダンと初めて会った日もそうだった。あの日はいつものように従者の人達を王都の近くの森に連れて行き、魔法を見せびらかしていた。そんな私に、リダンは言い放ったのだ。
『雑魚にしては中々の魔法だった』
と。ここ数年は称賛の言葉しか受けてこなかった私を激高させるには十分な一言だった。久しぶりにバカにされた私は当然リダンに食って掛かった。
この時はリダンの事は、生意気で調子に乗ってる、私の素晴らしさが理解できない愚か者ってくらいにしか思っていなかった。『悪魔の子』の噂は知っていたけれど、私は大して興味はなかったし、なにより私よりもすごい人間なんているはずがないと本気で思っていた。
今まで私に突っかかって来た人達のように、リダンの事も実力で黙らせて身の程を教えてあげればいい、そう思っていた。
だけど学園に来て、実際にリダンと戦って、身の程を教えられたのは私の方だった。言い訳もできないほどの圧倒的な敗北を叩きつけられた。
あの時、私は目の前が真っ暗になった。目の前で起こった出来事から目を逸らし、ただただ塞ぎ込むしかなかった。今までの自分を全否定されたような気がして、一人暗闇の中で膝を抱えることしかできなかった。
それからの出来事は、色々あったこの1ヵ月の出来事の中でも特に鮮明に覚えている。
塞ぎ込んでいた私を暗闇から引っ張り出したのは、私を暗闇に叩き込んだリダン本人だった。リダンは私をバカにしたのではなく、本当は私の力を褒めていたのだと言った。そして、暗闇に沈んでいた私に可能性を示してくれた。
大嫌いな上、自分を叩き潰した相手なのに、少し褒められただけで調子を戻してやる気を出すんだから、我ながら私は単純だと思う。
けど、あの日のリダンの言葉が私が自分を見つめ直す最初のきっかけになった。今の自分の弱さと愚かさ、それをほんの少しだけ理解した。
それが、私に生まれた最初の変化。
この変化があったから、次の日の前哨戦でアイゼンに負けた時にも、私はその敗北を素直に噛みしめられた。素直に自分の弱さを認め、自分に足りないものを考えることができた。
少し屈辱的だったけど、余計なプライドを捨ててリダンに教えを請うこともできたし、悪魔の子なんて言ってリダンを苛つかせてしまったことも素直に謝ることができた。
この頃には私の中にあったリダンへの怒りはどこかに行ってしまっていた。むしろこの頃から、リダン・ブラックヘローという人に少しずつ好感を持つようになっていった。
それはきっと、自分を見つめ直した事で視野が広がって、リダンへの認識が変わったからだ。
リダンは口も態度も最悪で、あとついでに目付きもかなり鋭くて悪人見たいな顔をしてるけど、そんなに悪い人じゃないって思うようになった。だって本当にただの嫌な人だったら、塞ぎ込んでいた私に声をかけてくれることも、マナの制御を教えてくれることもなかったと思うから。
そして今、私は、私を変えてくれたリダン・ブラックヘローという人を物凄く信頼している。リダンについていけば、私はこれからもっと良い方向に変わっていける、そんな確信がある。
とは言っても、私は別にリダンに傾倒しているわけでも、憧れを抱いているわけでもない。リダンは私にとって、頼れる師であると同時に超えるべき壁だから。
今日の対抗戦は自分でも驚くくらい上手くいって、自分自身の成長を感じることが出来た。だけど、こんなものでまだまだ満足していられない。この1ヵ月で色々と心境の変化はあったけど、どれだけ変わっても私の本質は変わらない。私は自分が一番になって周囲の人達から称賛を得たい。
「見てなさいよね、リダン。いつかあなたに勝って、私の素晴らしさを認めさせてあげるから」
私は誰もいない薄暗い部屋で小さくそう呟き、そのままやってきた心地良い眠気に身を委ねた。
以上で第3章『王女編』は終わりになります。続きの第4章前半は1ヵ月以内に投稿する予定です。
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