第51話「リダンとナディア」
特別演習が終わり、アナウンスの通りにクラスの控室に集まると、ミールから今後の予定について軽く説明されてそのまま解散となった。
前哨戦の時の懇親会のようなものは学園側では用意していないらしく、今日のこの後の時間は自由にしていいらしい。とはいえ、ジークの発案で簡単な打ち上げをするらしく、リダン以外のクラスメイトは全員参加するようだ。
現在の時刻は15時過ぎ、打ち上げを欠席したリダンは一人になった。寮に戻るにはまだ早い時間だろう。
(最近はあの王女の面倒を見ていたから、リダンが時間を持て余しているのは久々だな)
(あの女がいなければ、俺が暇な人間かのような言い方をするな)
(違うのか?)
(断じて違う。貴様は消されたいのか?)
(勘弁してくれ、ちょっとした冗談だ)
(ふん。長く生きていたいなら、発言は良く考えてすることだな)
(肝に銘じておく。それで?これからどうするんだ?)
(どうもこうもない。時間ができたなら当初の予定通りこの二重人格について調べるだけだ)
(そうか。そう言えばそうだったな)
(レイ、まさか貴様忘れていたわけではないだろうな?)
(まさか、そんなわけないだろ)
(どうだかな。最近はマナの研究やあの図書館の女との馴れ合いにばかり時間を使っているだろう)
(ちゃんとそのことも考えてるさ。今はちょっと頭から抜けてたけどな)
(貴様に価値がないと判断したら、容赦はしないからな)
(わかってるって)
確かに、最近はこの二重人格について考える時間が減っていた。ただ、その理由は別にレイアとの時間や研究に夢中だったからというわけではない。
ここ最近は少し時間があれば、とあることについてずっと考えていて、二重人格のことをほとんど考えてなかった。まあ、この現状にあまり不満を感じなくなっているからという理由も少なからずあるわけだが。
その後、リダンは図書館に行き二重人格に関する資料を読んで過ごした。
時刻が20時を回った頃、リダンのポータブルが光り出す。ポータブルの画面を見ると、そこにはナディア・シュトラールの文字があった。リダンは図書館から出て、迷わずその連絡に応答する。
「何か用か」
『ねぇリダン、今から少し時間をもらえないかしら。ちょっと会いたいのだけど』
「それはいいが、先に用件を言え」
『今日の事で、リダンと話したいことがあるの』
「ならば今ここで言えばいいだろう。わざわざ会う必要もない」
『いいじゃない。私は直接面と向かって話したいの』
「...。...いいだろう。どこに行けばいい」
『...そうね。出来れば人気のない場所がいいから、リダンの部屋にお邪魔してもいい?』
「構わない」
『じゃあ、今から行くわね』
「ちょっと待て、寮に戻るまで少し時間がかかる」
『分かったわ。戻ったらまた連絡してくれる?』
「ああ」
リダンは通話を切ると、そのまま急ぎ足で寮へと帰る。
寮に帰ったリダンはナディアに連絡を入れ、その数分後にナディアがリダンの部屋を訪ねてきた。
リダンはナディアを部屋に上げ、椅子に座らせる。そしてリダンもナディアの対面の椅子に腰かけた。
「それで、話とは何だ」
「今から言うから、そんなに急かさないでよ」
「...」
リダンは素直に、ナディアが話し始めるのを待つ。
「...ねぇリダン、私今日は頑張ったわ。ミストとメリアとレオンハルトを三人同時に相手にしてちゃんと勝ったし、アイゼンには負けちゃったけど、前哨戦の時よりもずっといい戦いができたと思ってる」
「まあ、雑魚の割にはよくやった方だな。だから何だ」
「だから、ね。...。リダンにとって、私はまだ魔法を教える価値はある?これからもリダンは私に魔法を教えてくれる?」
ナディアはとても不安そうにリダンを上目遣いで見つめ、弱々しくそう聞いてくる。どうやら、特別演習の前にリダンが言っていた事が引っかかっているらしい。特別演習の最中は色々と考えることがあって気にしていなかったが、今になって不安になったのだろう。
そんなナディアの様子を見て、リダンはしっかりと目を見て答えを告げる。
「...そうだな。俺にとっても、今日の貴様の活躍は少し想定外だった。正直、俺は貴様があの三人に勝てるとは本気では思っていなかったからな。今日の貴様の成果に免じて、少しは貴様の力を認めてやらんこともない」
「それって...」
「まだ貴様には俺を楽しませられる可能性がある。これからも鍛えてやるからありがたく思え」
「そっか...。良かったぁ...」
リダンの答えに、ナディアは安堵の息を漏らす。そんなナディアにリダンは不愛想に言葉をぶつけた。
「まさか、そんなことを確かめに来たのか?」
リダンのその言葉に、ナディアの体が反応する。さっきまでは弱々しかったが、リダンの答えを聞いて安心したためか、その様子は一変し、勢い良くリダンに叫ぶ。
「そんなことって何よ!大事なことでしょ!」
「まあ貴様のような雑魚にとってはそうかもな」
リダンはまたぶっきらぼうにナディアに答え、ナディアはそんなリダンの態度に不満そうな顔を見せる。
「ていうか、私が勝てると思ってなかったってどういうことよ!」
数秒前の弱々しい姿はどこにいったのか、いつも通りの勝気で自信家のナディアに完全に戻り、更に続けてリダンに詰め寄る。
「どういうこともなにも、そのままの意味だが」
「じゃあ、もしかしてあの言葉も嘘だったってこと!?」
「あの言葉とは何だ」
「だからさっきから言ってるでしょ!私があの三人に負けたらもう魔法を教えてくれないって言ってたことよ!」
「あれは半分は本気だ。貴様が無様な戦いをするようであれば、本当に今後は貴様の面倒を見るつもりはなかった。まあ、もし負けたとしても善戦していたならその限りではなかったがな」
「半分は本気ってことは半分はやっぱり嘘だったってことじゃない!何なのよ!こっちは対抗戦が終わってからずっと不安で不安で仕方なかったのに!」
「そんなものは知らん。貴様の不安など俺には関係ない」
「ちょっとはこっちの気持ちも考えなさいよね!やっぱりあなたって本当に腹立たしいわ!...ふぅ、...ふぅ」
ナディアは感情を剥き出しにして、息を切らしながらリダンに捲し立てる。だが、リダンに刺さってくるような負の感情は感じられない。
「それと!いい機会だからもう1つ言いたいことがあるのだけど」
「今度は何だ」
「いい加減、貴様貴様って呼ぶのは止めてくれないかしら。私には、ナディアっていう素晴らしい名前があるのよ!」
「...前にも言ったが、雑魚には名前を呼ぶ価値もない」
「でも、さっき言ったわよね。少しは私の力を認めるって」
「...」
ナディアのその言葉に、リダンは黙るしかない。今更前言撤回することはリダンのプライドが許さないだろう。そもそも、リダンだって別にナディアの実力を認めたくないわけではないはずだ。恐らく実力を認めないのは、素直になれない、ただそれだけの理由。
やがて観念したのか、しばらく黙った後リダンが口を開いた。
「...そうだな。今日の貴様の成果に免じて、これからは貴様をナディアと呼んでやろう。今の貴様には名を呼ぶ程度の価値は与えてやる」
「...っ!それでいいわ。言い草は少し気に入らないけどね」
ナディアは名前を呼ばれると少しだけ体をピクリと震わせ、その後満足そうな表情を見せた。
「なんなら、ディアって呼んでもいいわよ。本当は家族しか呼ばない特別な愛称だけど、リダンには恩もあるし特別に呼ばせてあげるわ」
「調子に乗るなよ、ナディア。貴様にはまだそこまでの価値はない」
「なっ、何よ!いいわよ、リダンには一生ディアって呼ばせてあげないんだから!」
「構わん。別に俺が呼びたいわけでもない」
.........。
目の前で行われているリダンとナディアのやり取りを余所に、オレは少し違うことを考えていた。
今目の前にいるナディア・シュトラールという人間は、他の人間よりも感情の起伏が激しいように思う。リダンの体に入ってから色々な人間を見てきたが、ナディアほど感情が変化する人間はそう多くはいないだろう。ちょっとしたことで怒り、喜び、悲しみ、驚き、不安を感じ、様々な色の感情を見せる。
リダンに向けられる感情だけをとっても、本当に様々だ。1ヵ月前、出会ったばかりの頃は強い怒りを持ち、リダンに負けた時には強い絶望を感じていた。
そして、懇親会での出来事をきっかけに少しずつリダンに対する感謝や信頼の感情が高まっていき、今では最初の頃からは考えられないほどの強い信頼をリダンに寄せている。その信頼は、学園に入学する前にイヴから感じたあの温かさを超える心地良さをこの体に与えてくれている。
一体何が、それほどまでにナディアの心を揺らし、満たしているのだろうか。
いや、ナディアだけじゃないな。今まで見てきた他の人間たちだって、その人間の心を揺らし、満たすような感情を持っている。
イヴの持つリダンへの感情も、それが心を奮い立たせ、リダンに対する言動に繋がっているのだろう。
ジークや、ルフトや、エリスの持つ負の感情も、そのリダンへの恐怖や憎悪や怒りや妬みが、彼らの心を大きく揺らしている。
ダルクやミールも同じだ。自身の好きな研究に対するその飽くなき好奇心と探求心がその心を満たしている。
オレは、そんな彼らの持つ感情が少しだけ羨ましく思う。施設にいた頃から、オレはそんな風な感情を持ったことが無い。
もちろん、オレだって感情が全くないわけじゃない。
マナの研究をしている時間や、友人と語らう時間、小説を読んでいる時間なんかは多少は楽しいと感じるし、リダンの天啓によって負の感情が刺さってくるのも嫌だと感じる。施設にいた頃は退屈や不安を感じることもあった。
だが、そのどれもがオレの心を大きく揺らすほどのものではない。大きく満たすほどのものでもない。それらは、レイアの言うようなオレの透明な心を染め上げてはくれない。
オレは、オレの心を激しく動かすような感情、その答えを知りたい。
オレはリダンと出会ってすぐの頃、リダンとオレは似ていると思っていた。リダンもオレと同じように、どんなことにも心は揺れず、満たされず、ただただ動かない心がそこにあるだけの人間、そう思っていた。
だが、それは少し違った。リダンは、リダンを取り巻く人間たちの感情に大きく心を揺らす人間だった。イヴからの不思議な感情に戸惑い、ナディアからの信頼を心地良く思い、ジークやエリスからの負の感情を煩わしく思い、心を揺らす人間だった。
でも最近は、こうも考えるようになった。リダンが元々、周りの人間たちの感情に大きく心を揺らす人間だったわけではなく、周りの人間たちの感情が、リダンを心を揺らす人間に変えたのだと。
確かに出会ってからのこの1ヵ月で、リダン・ブラックヘローという人間は大きく変化したと思う。
少し態度が丸くなった気がするし、他人を信用しないと言っていたリダンが、今ではナディアに対して少しばかりの信頼を抱いている。
そして、この1ヵ月で変わったのはオレも同じだ。どれだけ変わったのかは上手く言えないが、少なくとも施設にいた頃のように死んでもいいとまでは思わなくなった。少しだけ未来のことも考えるようになった。
そして、もしかしたらオレもリダンと同じように、周りの人間たちの感情によって心を揺らせるようになるのかもしれない。心を満たせるのかもしれない。オレの透明な心も何色かに染まる日が来るのかもしれない。
もしも、この体が溢れんばかりの温かさで包まれる時が来たならば、オレの心を染め上げるような感情も見つかるのではないか。その時に、オレの探す答えが見つかるのではないか。オレはそう思うようになった。
ならばオレは、その時を迎えるために全力を尽くそう。
全力を尽くすと決めた以上、手段は問わない。
例えそれが人道に反することだとしても関係ない。
それによって誰かが不幸になろうともそれは仕方のないことだ。
だって、そんな人間に同情する心も、罪悪感を感じる心も、オレは大して持ち合わせてはいないのだから。
これで第三章の本編は終了になります。第三章には後1話、番外編のような話があるのですが、そちらは来週投稿します。
今回のお話で、読んでくださっている方々にも、本格的にこの作品の方向性が伝わったのではないかと思います。今後ともこの作品を楽しんで読んでくださると幸いです。
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