第103話「腹黒少女の過去」
「...キミはさ、あたしの家がどんな家なのか聞いた事ある?」
エリスはオレの目を見たまましばらく黙っていたが、やがて目線をそらし、観念したようにそう話し始めた。
「家とはミューラー侯爵家の事か?特に何も知らんな」
てっきりフィフスについての話が聞けると思っていたため意外な始まりに少し戸惑ったが、そこについては触れず聞かれたことを答える。
「そっか。...あたしの家にはさ、もの凄いマナ至上主義の考えが根付いてるんだよね。...マナが多ければそれだけで偉いし、優遇される。逆にマナが少なければ無条件で迫害される。...あたしの家はそんな場所なの」
マナ至上主義。賛否両論はあるだろうが、ある意味では合理的な考えとも言えるだろう。この世界の理がマナを中心にできている以上、基本的にはそれに恵まれた人間の方が重宝される。とは言っても、人間の能力がそれだけで測れるものでないことも確かだが。
「...でさ、あたしはそんな場所でマナが少ない側だったんだ」
「そうなのか?世間的に見れば貴様はそれほどマナが少ないわけではないだろう」
エリスのマナ含有量は基準値の約10倍ほどだ。学園の生徒たちと比べると多いとは言えないが、一般的な基準で見れば恵まれている方ではある。
「普通の人だったらあたしくらいのマナでも結構評価して貰えたかもね。けどあたしはミューラー家の人間だから」
「どういう意味だ?」
「あたし以外のミューラー家の人は、一番少ない人でも基準値の25倍以上のマナを持ってるの。だからあたしくらいのマナじゃミューラー家の一員として認めてもらえなかったんだ。...ミューラー家としてはマナが少なかったあたしは、それはもう酷い扱いを受けたよ。ずっと小さな頃から、家の恥さらしだとか失敗作だとか目障りだとか言いたい放題いろんな暴言を言われて、時には暴力も振るわれた。たぶん、あの人達はあたしの事を家族どころか人扱いすらしてなかったんだろうね。周りの人達は皆冷たくて、ミューラー家はあたしにとって地獄のような場所だったよ」
エリスは遠くを見つめながら淡々と話を続ける。
「家族の中でも、五つ上の双子の姉たちは特に酷い人達だった。大体の家族はあたしのマナの少なさを非難するだけだったけど、その二人はそれを建前にしてあたしを虐めること自体を楽しんでたんだ。暗くて不気味な場所に長い間閉じ込められたり、体を縛られて魔法の的にされたり、あたしの部屋をめちゃくちゃに荒らされたり、色んなことをされた。あたしが苦しめば苦しむほど、あの二人は楽しそうに笑ってたよ」
ここでエリスは少しだけ表情を歪ませた。
その表情だけで、それがエリスにとって相当辛い記憶であることが伝わってくる。伝わってくるだけで、その辛さがどれほどのものなのかオレには理解できないが。
「家に居場所が無かったあたしは、次第に家の外で過ごす時間が増えていったんだ。家の外の人達は優しくて、そこではすぐに居場所ができた。それまではずっと一人だったあたしにも、何人か友達ができたんだ。辛いことばかりの中でも、その子たちといる時間は幸せだったよ...。...けど、そんな幸せもすぐに終わっちゃった...。ある日、その友達と一緒に過ごしていたあたしの前に姉たちが現れてたんだ。あの人達は笑いながらあたしの居場所を壊していった。理不尽に力を振りかざして、あたしから大事なものを奪っていったんだ」
静かな室内で、熱のこもったエリスの言葉が小さく響いた。
そんなエリスの感情を、オレは黙って聞き続ける。
「あたしはあの人達を心底恨んだよ。絶対に許さないって心に誓った。...でも、そう思ったところであたしには何もできなかった。あたしがあの人達に歯向かったところで返り討ちにされるだけだから。...強さって残酷だよね。力の無いあたしは強いあの人達に何をされても、それを受け入れるしかないんだ。反抗しても、抵抗しても、逃げようとしても、何の意味もない。あたしが折角手に入れた幸せも、強い人達の自分勝手な気分一つで簡単に奪われてしまうんだ」
強さとは残酷である。エリスの語るこの感情は、恐らくオレには一生理解できないものだろう。
上辺だけであれば、言っていることは理解できる。弱い人間がどれだけの努力を積み重ねようと、どれだけ懸命に生きようと、強さというファクターの前ではそれは簡単に崩れ去ってしまう。そういう無情さや無残さ、やるせなさを言っているのだと想像はできる。
だが、虐げられたことのない強い人間がどれほどこれを知ろうとしたところで、きっとそれは違う感情だ。
「あたしは姉たちに一生虐められて生きていくんだって思って、生きる希望を失ってた。...けど、そんな時に奇跡が起きたんだ。いつもと同じようにあの人達に虐められてたあたしの前にフィフスが現れて、罰を与えてくれた。あたしに強さを振りかざしてたあの人達は、フィフスから更に大きな強さを振りかざされてあっけなく死んじゃったよ。フィフスに手も足も出ずに、ただただ殺されるあの人達をあたしは黙って見てた。...あの人達さ、殺される直前には散々虐めてきたあたしに助けを求めてきたんだよ。本当に...最後の最後まで自分勝手な人達だった...」
エリスはここまで話し終え、一度小さく息を吐いた。
「フィフスに襲われた家族というのはその姉達だったとはな。結果だけを見れば貴様はフィフスに救われたという事か」
「そうだね。フィフスのおかげであたしは地獄の日々から救われたよ。...ただ、新しい地獄も始まっちゃったけどね...」
「貴様はその後フィフスに連れ去られ、強制的にその一員にさせられたのだったな。フィフスではそれほど酷い扱いを受けていたのか?」
「方向性は違ったけど、あの人達もあたしの家族と本質は同じだったよ。力を振りかざせばなんでも自分の思い通りになると思ってる自分勝手な人達。あの人達もきっと、あたしを人としては見てなかったと思う。あたしは道具みたいに扱われて、毎日毎日酷い扱いを受けてた」
自分を虐げる人間が消えたと思ったら、また別の人間によって虐げられる。
地獄を抜けた先がまた地獄では、当人からしたらたまったものではないだろう。
「それとさ、あの人達は闇属性の人に異常なまでの恨みを持ってて、それ以外の考えを許してくれないんだ。少しでもその思想から外れてるとみなされたら酷い罰を与えられるんだよ。ずっと食事を与えてもらえなかったり、一日中闇属性を恨む教えを叩きこまれたり、暴力を振るわれることだってたくさんあった。あの場所でのことは全部辛かったけど、あたしにとってはそれが一番辛かったな。だって、あたしは闇属性の人全員を恨んでるわけじゃないんだもん。それなのに、そんな洗脳じみたことに延々と耐えないといけないんだ」
無理やり一員にさせられ、洗脳によって思想を植え付けられる。一般的に、それがどれほどの苦痛であるかは想像に難くない。
「けど、家にいた頃よりも一つだけマシなところもあったかな。フィフスではね、上手く立ち回ればそんなに酷いことはされなかったんだよ。闇属性の人を恨んでる振りをして、あの人達の望んでいるように立ち回ればむしろ仲間として歓迎して貰えたんだよね。あたしはそんな風にあの人達の機嫌を伺って生きて、1年が経つ頃にはあたしの扱いは少しずつ良くなっていったんだ」
エリスは新しい地獄の中でも強かに生きようとしていたようだ。
もしかすると、学園での立ち回りやこれまでオレの前で見せていた演技力や観察力はそんな境遇で磨かれたものなのかもしれない。
「でもさ、多少扱いが良くなってもあたしにとってそこは地獄に変わりはなかったし、ずっとずっとそんな風に神経を擦り減らして過ごすのは辛かったんだ。次第に限界が来て、あたしはフィフスから逃げ出すことを決めた。それが1年前のことだよ」
「貴様は1年前に帝国にフィフスが現れた際にエルトシャンやアイゼンによって保護されたのだったな。...もしや、当時その情報を流したのは貴様自身だったのか?」
「うん。あたしだって馬鹿じゃないからね。力のないあたしが一人で抗ったところでどうにもできないことは分かってた。だから、あの人達にも勝てるような強い人達の力を借りることにしたんだ。結果的にそれは上手くいって、あたしはようやく家からもフィフスからも離れた平穏な日常を手に入れることができた。まあ、それもつい最近奪われちゃったけどね...」
エリスはここまで語り、再び小さく息を吐いた。
「キミが聞きたがってた話はこれで終わりだよ。...あたしがキミを嫌う理由はもう分かったよね?」
「ああ」
「あたしは家族やフィフスの人達みたいな、力を振りかざして自分勝手なことをする人達が許せないの。弱い人を人とも思わない人達が憎くて仕方ないの。...だから、キミの事も大っ嫌い」
エリスから感情をぶつけられる。
これまでとは違い、包み隠さず言葉に乗せた真っ向からの感情だ。
オレはこの感情を正面から受けとめ、もう一歩踏み込むことを決めた。
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