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鉄塔のアエネイス  作者: 民間人。
1912年
336/361

‐‐1912年夏の第一月第二週、ムスコール大公国、サンクト・ムスコールブルク‐‐

 プロアニア海軍の伝令によって、プロアニアの争乱はすぐに各国へ共有された。ムスコール大公国政府は秘密裏に事を進めるようにと沈黙を守っていたが、プロアニアの正式な海軍の離反へ対する制裁の宣言がなされると、それまで秘匿されてきた情報を漏れなく記者会見によって公にした。


 その矢面に立ったのは、時の宰相アーニャ・チホミロフ・トルスタヤである。彼女は先ず、会見用の白い壁の会議室に入室すると、記者に向けて恭しく礼をした。

 焚きつけられる多くのフラッシュが、室内の情報を曖昧にする。観葉植物や机、原稿用紙などが白い光の中に隠れ、それが断続的に続く。質問の時間が用意されているというのに、一言を求める記者団の声が響いた。


「これより記者会見を開始いたします。皆様、静粛にご聴取お願いします」


 司会が淡々と宣言すると、記者たちはフラッシュを焚くのをやめて、紙とペンを掴む。アーニャが頭を上げると、歴史の中の女傑ロットバルトを思わせる精悍な顔つきで、静かに報告を始めた。


「現在、プロアニア王国領、旧カペル王国領内において、学生運動に端を発した大規模な紛争が発生しています。我が国の安全を脅かす脅威というわけではありませんが、独立に強い関心を抱いた旧カペル王国民の一斉蜂起に対して、現プロアニア王国領ウネッザの海軍基地が、独立運動を支援することが表明されました。これに対し、プロアニア王国はウネッザの鎮圧も敢行、所持中の核兵器さえ、使用の懸念があります」


 記者団にどよめきが起こる。メモを取り、質疑応答を待つといった余裕さえ、彼らから消え去った。


 記者団の中から様々な質問が投げかけられるのを、司会が声を荒げて止める。アーニャは室内が静まり返るのを待ち、やがて完全に沈黙が訪れると、報告を再開した。


「さて、これらの深刻な事態に対して、我が国、ムスコール大公国政府は民衆院議会の決議によって、在ウネッザプロアニア海軍基地に向けた物資の支援を敢行することを決定しました。そして、これに伴い、旧カペル王国領の独立運動を全面的に支援することを表明し、この世に不当な侵略行動が二度と起こることのないように、プロアニア王国への強い抗議を表明致します」


 袂を分かったかつての盟友に対する、冷徹な宣告に、記者団の中に更なる動揺が起こる。


 司会はその声が収まるのを待ち、質疑応答へ移るようにアナウンスをする。

 平和を愛する人々の声に従い、アーニャに詰問をするべく、多くの挙手がされた。アーニャが左手の記者を指名すると、記者はマイクを受け取るなり、間髪を入れずに口を開いた。


「アーニャ閣下、ご質問がございます。この決定は大きな決断であると思われますが、万が一、こうした非難によりプロアニア王国が我が国への攻撃を開始した場合には、どのように対応するようお考えでしょうか」


「万が一そのような事態が発生した場合、我が国とプロアニア王国は、焦土と化すでしょう。相互確証破壊の原理に基づけば、我が国及びプロアニア王国への核報復戦争が発生する懸念もありましょう」


「そ、それでは!政府としては、そうした事態を避けるためにどのような対策を講じているのですか!」


「プロアニアへの牽制として、これまで続けてきた平和兵器の製造と小型化を進めています。プロアニア王国への我が国の軍事力を誇示することによって、慄然とした事態の回避を、交渉によって模索します」


 アーニャは静かに、しかし毅然とした態度で答えた。震え上がる記者団の中から、続々と挙手がされる。司会が発言者を指名すると、マイクを渡された記者は声を震わせながら、スイッチの入っていないマイクに声をかけた。


「そそそ、それでは。プロアニア王国の行動いかんによっては、我が国にも戦争が飛び火するということも考えられるのですか?」


「否定は致しかねます」


 きっぱりとされた答えに、記者団が沈黙する。競合同士に顔を見合わせ、宰相の発言が暗示する破滅の未来に身震いする。戦争など、彼らは全く経験のない出来事である。

 どよめく記者団に対して、司会が静粛を促す。それでも彼らの動揺には意味をなさず、観葉植物が縮こまって葉を萎びさせるほど、室内が蒸したような熱気に包まれ始めた。

 アーニャは彼らの様子を見回して、よく通る高い声で告げた。


「そうならない為に、私はこれまで再軍備を続けてまいりました。そして、今、人々が不当な支配に反旗を翻し、その命を賭けて独立を勝ち取ろうと努めているのです。私達は臆病な北方の民であってはなりません。雷の民として、空に虹の雷を望み、雷霆で以て毅然とした態度で立ち向かわなければなりません。どうか、私の覚悟を、ご理解いただけませんか」


 記者団が黙った。挙手が止み、アーニャの真っ直ぐな瞳が、白黒のテレビジョン越しに、あるいはレンズ越しに国民を見つめる。ラジオには長い沈黙と、アーニャの息遣いが漏れる。そうして、それらを静観する国民は、自分達が取るべき行動について、腰を据えて考えたのである。


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