‐‐●1912年春の第三月第二週、プロアニア、ペアリス2‐‐
ペアリスに到着した追加の兵力は、市壁の前で立ち往生していた。最新の高射砲や航空機、戦車などが居並ぶ中、歩兵達はその大きな壁を登る術を持たなかったのである。
驚くべきことに、ペアリスの市民は戦時とは比べ物にならないような新式の装備をして彼らに立ちはだかってきたのである。平民を飛び越えて市街地に攻撃をする兵器はともかく、数の上では彼らに圧倒的に劣る歩兵はただ足踏みをするばかりであった。戦車に向かっては数多の魔術が襲い掛かり動きを止められるか破壊され、その背後にいれば安泰に思われた歩兵達は無防備を晒すことになる。圧倒的遠方からの射撃であれば安全であったが、守りを固めるペアリスの平民たちも同様に侵入を拒む目的が果たされてしまい、歩兵同士の睨み合いはヴィロング要塞を思わせる。
無線機から届く市内の様子を聞くに、敵はバリケードを幾つも作って激しい抵抗を続けているという。デフィネル宮で指揮を執る第二歩兵連隊長の声も時折混ざり、一人の老いたの女性の声も聞こえた。慌ただしく危機的な状況を物語る断片的な状況報告は、小高い丘から都市を守る平民の群れをますます強大なものに錯覚させた。
煮炊きをしながら敵の警戒が解かれるのを待つ歩兵達は、都市の上空から爆撃を行う航空機が彼らの頭上を行き交うたびに、心臓が激しく跳ねるのを感じた。無線機から味方の声が届き、デフィネル宮の損壊に関する現状も伝えられる。敵味方問わず行われる爆撃の惨状が、ますます緊張感を煽った。
「折角楽園を手に入れたのに」
プロアニアの兵士がぽつりと呟く。既に兵役を任された者達は世代交代を終えていたので、一般兵の中に戦場の詳細を知る者は少なかった。戦車を駆る職業軍人は、そうした一般兵のこの呟きを、苦虫を噛み潰したような表情で聞いていた。
「俺がまだ新入りだったころは、この辺りは地獄だったはずだぞ」
きょとんとした兵士が首を傾げる。
「そうなんですか?そっか!戦争でこの辺り一帯に犠牲者が出たんですね……」
「そんな生温いものじゃなかったがな……」
どこかおっとりとした雰囲気を放つ一般兵達の姿が、かつての戦役に参加していた老兵達に益々焦りを感じさせた。
市街戦の状況が仔細に伝えられる。無線機を通じてバリケードが幾つも破壊されていることと、さらに新たに作られていることが続々と報じられた。そして、時折無線機から漏れる激しい爆発音に、一般兵は片目を瞑って慄いた。勿論それは、味方の爆撃であった。
やがて都市の内部から激しい炎が上がり、頭上を横切る爆撃機の数が増えるに従って、煮立つ料理を頬張る余裕も無くなっていく。彼らは草原の中に胡坐をかき、温くなった料理とスプーンを手に持ったまま、どよめき囁き合った。
「このままペアリスが燃え尽きたらどうする?」
「誰が食料を作って運ぶんだ?」
「分かんないよぉ……」
「お前ら、いい加減に交代しろ!」
老兵は彼らに喝を入れ、匍匐して敵に近づくように促す。歩兵達は食料をその場において、慌てて仲間の身を隠す草原の中へ入っていく。その後ろ姿を、老兵は不安げな表情で見送った。
やがて穀倉地帯でも、激しい銃撃戦が起こる。小麦畑に身を隠していた平民たちも参加して、ペアリス周辺で激しい銃撃戦が始まった。
老兵は戦車に乗り込むと、若手の操縦者に細かな指示を出す。潜望鏡を覗き込み、周囲の様子を確認したうえで、老兵は静かな声で言い放った。
「覚悟決めろ。行くぞ」
キャタピラが静かに軋みながら駆動する。空から降り注ぐ魔法の礫を、加減速を駆使して避けながら、若い小麦畑に向かって丘を駆け下りていった。
老兵は息を殺し、そこに在る現実に過去を重ねていた。