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Re:FAKE~かさなる世界と境界のアリス~  作者: 八栁竹伍朗
01_Re:MATE
6/10

【04】

(佳子那が初めてアプリを持ってきたのも、杏紗が死んで、間もないころだったっけ)


 初めは何の嫌がらせかと思った。中学の時から顔見知りだった杏紗とは違い、佳子那とは出会って半年と経っていなかった。アプリを持ってきたとき、ひょっとして佳子那は杏紗へのプレゼントに仕組んだ改竄アプリのことを知っていて、その当てつけでこんなことをしてきているんじゃないだろうかと、そんなことまで考えていた。だから、ろくに確かめもせず酷評しては突っぱねていた。それでも佳子那は飽きもせず新しいモノを持ってきてはルルに見せ、酷い言葉を受けてもヘラヘラと笑い飛ばし、数日後には新しいモノを持ってきた。


 やがて、何とか自制の利くようになったルルが改めてその発明品に向かい合ったとき――そして、彼女の発明が別段、ルルを責め立てる意図を持たないらしいということに気付いたとき――ルルは、それまでの言動を深く後悔していた。


(一年か……)


「ねえ、エルシィ。あんた、佳子那からあたしのこと、何か聞いてない?」


 訊いてから、やはり後悔する――今更、佳子那がルルの事を責めるつもりがあるとは思えない。けれど、佳子那ほどの腕を持った人間が、失敗作を作るとも思えず、だとすれば――


「……それとも、あたしは本当に、あの場所に行きたかったの? あんたが今日連れてってくれた場所に」


 エルシィは首を傾げるばかりだ。分からない、というより、質問の意図がそもそも伝わっていないという仕草だ。エルシィはルルの表情を伺いながら、早く次の場所に行こうと催促してくる。


「……ごめんね。今日はもう、つきあえないや」


 ルルは掠れた声で謝ると、エルシィの耳の上からそっと頭を撫でた。その瞬間、ルルは綿毛のような触感を手のひらに感じた気がした。たぶん、錯覚だったのだろうけれど。


 エルシィは目を細めて、撫でられるがままになっていた。しかし何故撫でられているのか分かっていないようで、ルルが手を離しても、きょとんとした顔をしていた。


 そして、空を見上げた。


 五秒、十秒。二十秒、四十秒。エルシィは、空を眺めていた。ルルも釣られて上を向く。分厚く低い雨雲は街の光に照らされて、瘡蓋のような赤みを帯びていた。


「何か見えるの?」


 視線をもとに戻したとき、ルルが見たのは、さっきまでのように時計を覗き込むエルシィの姿だった。体の半分ほどもある大きな時計を難儀そうに抱えて、ぐるぐると出鱈目に回る針の行方を、じっと見守っていた。

ルルは苦笑した。


「エルシィ。悪いんだけど、今日はお終いにしないと……さすがに暗くなるし、雨もだいぶ弱くなってきたからさ。また明日の夕方にでも――」


 言いかけたときだった。


「ちょっ……エルシィ!?」


 エルシィが駆けだした。ルルは悲鳴にも近い声を上げて引き留めようとしたが、捕まえようと伸ばした手は空を切る。ウサギはビルの軒先を飛び出すと降り止まない雨の中を猛然と走り出し、あっというまに見えなくなった。


「……仕方ないなぁ」


 プロパティから投影体(プロジェクション)の管理フォルダを開く。ルルの私秘(プライベート)層にのみ存在するエルシィは、視界からはみ出してしまったとしても遠くへ行くわけではない。こうして管理フォルダから直に回収すれば問題ないはずだった。


 が。


「……!? なんで、なんで無いの!?」


 私秘層の管理欄から、エルシィの名前が消えていた。コーヒースタンドを出てすぐに共有層から投影しなおしたときには、確かにあったのに。


(……どういうことなのよ、もう!)


 デバイスにエルシィに繋がる糸を検索させていたが、結果は0だった。

となると、尚更まずい。私秘層に限定されて映し出された投影体であれば、私秘層を展開している個人の視界がマーカーとして機能する。しかし私秘層から外れた投影体がそれでもまだ動いているとすれば、エルシィが公共層に投影されているとしか考えられない。もしそうなら、エルシィはこの閉ざされた街の中で迷子になってしまう。


 それだけじゃない。公共層の中で、まるで生き物のように動き回るあのウサギが、一体どんなことをやらかすとも分からない。道路に飛び出して事故を引き起こす可能性だって十分にありうるのだ


(冗談じゃない!)


 心中で悪態をつきながら、ルルもまた、勢いの衰えない豪雨の中に飛び出した。


 きょろきょろと辺りを探しながら、ルルは雨に濡れることもいとわずに探し回った。殆ど当てずっぽうで後を追っていたにも拘わらず、一分と経たないうちに白い小さな影を見つけたのは、本当に幸運だった。


「エルシィ!!」


 呼び止めても、ウサギは止まらない。(くびき)を解かれたウサギの足は速く、細い道の更に奥へ、入り組んだ方へとぐんぐんと吸い込まれて行く。アリスのウサギ、という佳子那の言葉を思い出して、確かにそのとおりだとルルは心の片隅で考えながら、


(そんなこと考えてる場合じゃ無いでしょ……ッ!)


 と自分をなじっていた。

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