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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第43話・建て前

「はあ〜……」

「生き返りますね〜」


 秘密の話が終わり、オレたちはどちらともなく逃げるように建物の中に入った。空気はぬるくまとわりつくが、日陰がひんやりと心地いい。


 ドゥラの拠点となるこの建物は、日本でいえば、バブル期に建てられたステレオタイプの鉄筋物件そのものだった。


 廊下の壁は、統一感など微塵もないタイルだらけ。中東らしい星入り四角模様に、欧米風の派手な単色、ラーメン丼みたいな中華風デザインまでが我先にと並んでいる。


「でも、よいのでしょうか?」


 穂乃花は、趣味の悪い壁を横目で見ながら聞いてきた。


「ん……?」

「私たちが涼しい部屋を使って。兵士のみなさん、扇風機だけですよね? なんだか申し訳なくて」

「気にする事はないですよ」


 ちなみに、士官部屋のエアコンはすべて日本メーカーの物だそうだ。最初は世界中から中古をかき集めたがすぐに壊れてしまい、最終的に日本製だけが残ったらしい。


 士官たちの間では『Made in Japanは壊れない』と高評価だが、裏でテロ組織を支援している国が横流ししているのだから、日本人としては素直に喜べない話だ。


 反政府組織:ドゥラは、軍需物資はもちろん、生活に関わるもの全てにおいてアジア諸国や欧米からの中古流出品で成り立っていた。


「むしろ、士官と一般兵士の区別が無いと、組織は成り立ちませんから」

「それはわかるのですが……」


 捕虜であり、かつ士官待遇。これが、オレたちの置かれた歪んだ立場だ。


 このおかしな状況は、バジャル・サイーア共和国における信仰宗教の存在、つまり、全国民が“生まれ落ちたその瞬間から”享受する戒律と、HuVer-WK(ホーバーク)の存在があっての事だった。


 こと戦争においては、自国民の兵士よりも傭兵の方が上位の扱いを受ける。これはバジャル・サイーア共和国も反政府組織:ドゥラも同じで、自民族が血を流す事を極端に嫌っての事だと聞いた。


「でも、ジャックは『建前でしかない』って言ってたよ」

「あのイケメンさん『|contradiction《(矛盾)》』とも言っていましたね」


 穂乃花は、『そこだけ聞き取れました』と、Vサインをしてみせる。英会話ができないのに、単語の断片から場の空気を感じ取っているらしい。


 ジャックが教えてくれたのは、この国の在り方。オレとリーダーが殴り合った翌日、『必要な知識だから』と改めて説明してくれた。


 ――この国の戒律では、女性が戦う事を一切禁止している。


 よほどの事情がある女性は、国を捨て、戒律を捨て、傭兵として戦う道を選ぶしかない。クイーンがまさにそのケースだ。


 だが、それを許容している実態こそが、『自民族が血を流す事を嫌う』という主張に反している。国を捨てても、身体に流れる血は同じ民族のものなのだから。


 ジャックの言う『矛盾』は、この事を指していた。


「戦闘のプロをどれだけ味方につけるかで勝負が決まるから、傭兵を優遇して確保してるってのが本音らしいですよ」

「私が拉致されたのも、そのためなのですよね?」

「ええ。オレに戦わせるために……」


 結局、HuVer-WK(ホーバーク)を扱える唯一の存在であるオレが、『妹も同じ待遇にしろ』と条件を出した事で、捕虜で士官待遇という歪んだ均衡が生まれた。


 ――偶然ではあるが、お互いの必要とするモノが合致した結果と言える。


「あ……兄さん……」

「——っ」


 穂乃花の視線の先、そこには――いつの間にかキングがいた。彼は廊下の窓枠に寄り掛かり、隠す様子もなくオレに鋭い視線を向けている。


 彼の目は、獲物を値踏みする獣のそれだった。


 傭兵部隊で戦うのは、オレと穂乃花が生きるための条件であり、組織内で命を保証される対価だ。ハリファが簡単に許可したのは、傭兵部隊がオレに対してちょうどいい”猫の首輪(すず)“になると見たからだろう。


 そういう意味では、最も音を鳴らしているのは、まさしくキングだ。


「な、なにか用ですか?」

「……」


 キングは黙ったまま、部屋に入って行った。ドアが軋む音が、廊下に響く。


 ――彼は、最後までオレから視線を外さなかった。


 正直オレは怖い。あの目には異常性を感じる。もちろん外見で判断するのは間違いかもしれないが、それでも、どうしてもニュース映像で観た殺人犯や強姦魔の“それ”と重なってしまう。


 プロレスラー並みの体格に犯罪者の目。……オレ自身もキングとの接し方は考えておかないとまずいだろう。


「できるだけさ、近づかないように。というか……」

「わかってます。アスマちゃんやタラちゃんと一緒にいるようにしますので」

「タラちゃんって……」


 穂乃花がタラちゃんと呼ぶのは、他でもないジョーカーの事だった。


 戦闘中にレシーバーを通して聞いた時は子供みたいな声と思ったけど、実際に十三歳の子供だったのには驚いた。HuVer(フーバー)のタラップから降りてくる姿を見た時は、二度見どころか三度見してしまった。


 それにしても、傭兵部隊五人のうち二人が子供って……世の中、かなりおかしい。もちろん日本人としての感覚だから、世界的に見たら『普通の事』といわれるのかもしれない。


 それでも、子供が戦場に立つ世界は、絶対に歪んでいる。


 ……オレは、そう思わずにはいられなかった。

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