第42話・十円玉の恨み
「ほ、穂乃花、ちょっといいか?」
「ええ、兄さん」
士官部屋から藤堂穂乃花を連れ出し、中庭へ向かった。コの字型の建物に囲まれたこの場所は、庭と呼ぶにはあまりに殺風景だ。むき出しの乾いた土、枯れた雑草、ところどころにひび割れたコンクリート片。
「うわ……死にそう……」
太陽光が直下に注ぐ昼過ぎ。足元からは淡い陽炎が揺らめき、生ぬるく埃くさい風が頬をなでる。
今オレの目に映る小さな花も、すぐに枯れてしまうのだろう。
「中庭、誰もいませんね……」
この時間、外に出てくる者はまずいない。だが逆に、誰にも聞かれたくない話をするには都合がいい。
……オレが藤堂堅治ではないと知られたら、穂乃花の命までも危うくなる。このくらいの警戒は必要だろう。
「やはり慣れませんね、“兄さん”とか」
「ああ、それはオレも同じですよ。“さん”つけしてしまいそうで」
「ですよね」
兄妹を装うための呼び方なのに、互いにぎこちない。
「それで、なにかあったのですか?」
「実は、今朝の事なんですが……藤堂堅治さんと連絡が取れました」
「……はぁ」
「あれ……お兄さんと連絡が取れたんですよ?」
穂乃花はポリポリと頬をかきながら、気まずそうに口を開く。
「あの……怒っていませんでした?」
「いえ、そんな事はないと思いますが……なぜ怒るのです?」
「いつの間にか誘拐されていました~、なんて話を聞いたら怒るかなって」
最初は『嬉しくないのかな?』と思いもしたが、実際は単にバツが悪かっただけらしい。
「そんな事ないですよ。直接話せればよいのですが……すみません」
――それはできないルールだった。
捕虜である以上、彼女がHuVer-WKに乗る事は「逃亡の恐れあり」とみなされるからだ。
「もしなにかあれば、次の通信で伝えておきますよ」
「ん~……『十円玉の恨みは忘れない』とでも伝えてください」
「なんすかそれ」
「秘密です」
と、やっと、嬉しそうな笑顔を見せた。どこか安堵した表情だ。やはり肉親と連絡が取れたのは精神的にもよかったのだろう。
「ただ、通信がいつくるかわからなくて」
「こちらからは繋げられないのですか?」
「勝手に搭載されてたシステムなんです。操作が可能かすら不明でして……」
HuVer-WKの設計時に、基礎フレーム内にいくつかのマウントスペースを作っておいた。使う国や現場で、必要な機材をユーザー側で組み込めるようにするためだ。
そこに、望月部長がこっそりと入れた通信システムが、今、オレたちの生命線になろうとしている。
「この先、格納庫に入り浸ると思うので……」
「わかりました。こちらは大丈夫ですよ、アスマちゃんとも友達になりましたので」
「早っ……」
オレが傭兵部隊に入る事になったのが二日前、その時初めて挨拶を交わした穂乃花とクイーン。それがこの短い間に、名前呼びするまでになっているなんて。
英語すら話せないのに……彼女のコミュ力は、あっさりと言葉の壁を超えるようだ。
今まではクイーンの一人部屋だった。そこに穂乃花が同居する形になって、正直、嫌がるんじゃないかと少し心配していたけど、杞憂だったみたいだ。
「多分、あの娘には、友達って存在が無いのかもしれませんね」
ちょうど姉妹くらいの年齢差だ、穂乃花も妹ができた感覚なのだろう。クイーンもお姉さんの面影を重ねているのかもしれない。
もちろんあの話は伏せてある。衝撃が強すぎるし、クイーン本人も話されるのは嫌だろうから。
「兄さん、ひとつ聞きたいのですが?」
「なんです?」
「アスマちゃんって、なんでクイーンなんですか?」
彼らの機体には、左肩にアルファベットが描かれている。それがコードネームの頭文字だ。白い文字でそれぞれA・K・J・Jk、そして何故か赤文字のQ。全員、トランプのカードを模していた。
「ん~、傭兵チームの通り名って感じ?」
その流れでオレがNo.10になったみたいだけど……リーダーって、ほんとセンスがないんだな。




