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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第五章:命の代償(中東)

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第42話・十円玉の恨み

「ほ、穂乃花(ほのか)、ちょっといいか?」

「ええ、()()()


 士官部屋から藤堂穂乃花を連れ出し、中庭へ向かった。コの字型の建物に囲まれたこの場所は、庭と呼ぶにはあまりに殺風景だ。むき出しの乾いた土、枯れた雑草、ところどころにひび割れたコンクリート片。


「うわ……死にそう……」


 太陽光が直下に注ぐ昼過ぎ。足元からは淡い陽炎が揺らめき、生ぬるく埃くさい風が頬をなでる。


 今オレの目に映る小さな花も、すぐに枯れてしまうのだろう。


中庭(ここ)、誰もいませんね……」


 この時間、外に出てくる者はまずいない。だが逆に、誰にも聞かれたくない話をするには都合がいい。


 ……オレが藤堂堅治ではないと知られたら、穂乃花の命までも危うくなる。このくらいの警戒は必要だろう。


「やはり慣れませんね、“兄さん”とか」

「ああ、それはオレも同じですよ。“さん”つけしてしまいそうで」

「ですよね」


 兄妹を装うための呼び方なのに、互いにぎこちない。


「それで、なにかあったのですか?」

「実は、今朝の事なんですが……藤堂堅治さんと連絡が取れました」

「……はぁ」

「あれ……お兄さんと連絡が取れたんですよ?」


 穂乃花はポリポリと頬をかきながら、気まずそうに口を開く。


「あの……怒っていませんでした?」

「いえ、そんな事はないと思いますが……なぜ怒るのです?」

「いつの間にか誘拐されていました~、なんて話を聞いたら怒るかなって」


 最初は『嬉しくないのかな?』と思いもしたが、実際は単にバツが悪かっただけらしい。


「そんな事ないですよ。直接話せればよいのですが……すみません」


 ――それはできないルールだった。


 捕虜である以上、彼女がHuVer-WK(ホーバーク)に乗る事は「逃亡の恐れあり」とみなされるからだ。

 

「もしなにかあれば、次の通信で伝えておきますよ」

「ん~……『十円玉の恨みは忘れない』とでも伝えてください」

「なんすかそれ」

「秘密です」


 と、やっと、嬉しそうな笑顔を見せた。どこか安堵した表情だ。やはり肉親と連絡が取れたのは精神的にもよかったのだろう。


「ただ、通信がいつくるかわからなくて」

「こちらからは繋げられないのですか?」

「勝手に搭載されてたシステムなんです。操作が可能かすら不明でして……」


 HuVer-WK(ホーバーク)の設計時に、基礎フレーム内にいくつかのマウントスペースを作っておいた。使う国や現場で、必要な機材をユーザー側で組み込めるようにするためだ。


 そこに、望月部長がこっそりと入れた通信システムが、今、オレたちの生命線になろうとしている。


「この先、格納庫に入り浸ると思うので……」

「わかりました。こちらは大丈夫ですよ、アスマちゃんとも友達になりましたので」

「早っ……」


 オレが傭兵部隊に入る事になったのが二日前、その時初めて挨拶を交わした穂乃花とクイーン。それがこの短い間に、名前呼びするまでになっているなんて。


 英語すら話せないのに……彼女のコミュ力は、あっさりと言葉の壁を超えるようだ。


 今まではクイーンの一人部屋だった。そこに穂乃花が同居する形になって、正直、嫌がるんじゃないかと少し心配していたけど、杞憂だったみたいだ。


「多分、あの()には、友達って存在が無いのかもしれませんね」


 ちょうど姉妹くらいの年齢差だ、穂乃花も妹ができた感覚なのだろう。クイーンもお姉さんの面影を重ねているのかもしれない。


 もちろんあの話は伏せてある。衝撃が強すぎるし、クイーン本人も話されるのは嫌だろうから。


「兄さん、ひとつ聞きたいのですが?」

「なんです?」

「アスマちゃんって、なんでクイーンなんですか?」


 彼らの機体には、左肩にアルファベットが描かれている。それがコードネームの頭文字だ。白い文字でそれぞれA・K・J・Jk、そして何故か赤文字のQ。全員、トランプのカードを模していた。


「ん~、傭兵チームの通り名って感じ?」


 その流れでオレがNo.10になったみたいだけど……リーダーって、ほんとセンスがないんだな。

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