契約の刃
闇の先
何も知らずに
足を出す
心は震え
星だけが知る
「――殺しなさい」
……は?
「殺しなさい、ゆうき。無駄にしている時間はない。あなたが――殺すのよ」
目を見開いた。
「何を言ってるんだ!?姉ちゃんを助けるって言っただろ!!なのに、なんで殺せなんて言うんだよ!?」
彼女は小さく溜息をついた。
その視線は冷たく、冗談ではないと分かる。本気だ。間違いなく。
「これが、あなたの姉を救う唯一の方法。方法の名は――“殺すこと”。殺すか、封印するか。選びなさい、坂本ゆうき」
俺は彼女の襟元を掴んだ。
「ふざけるな――!助けるって言っただろ!!俺は絶対に殺さない!姉ちゃんなんだぞ!!」
「その手で、私に触れるなんて――」
「……は?」
次の瞬間、膝から力が抜けた。掴んでいた手が離れ、床に崩れ落ちる。……立てない。
吐き気が込み上げ、胃の中のものを吐き出した。視界が揺れる。何度もえずき、立ち上がれない。
「お前は弱い。この俺に立ち向かおうとしたくせに、たったこれだけの精神力すら耐えられないのか」
視界の向こうで、彼女がぼやけて見える。――これだ。“場”だ。彼女の周囲に広がる霊的な圧。さっきまでは、こんなもの感じなかった。どうして……?どうやって隠していた……?そして……なんで、こんなにも強い……?
「……は……?」
ふっと、身体が軽くなる。吐き気が止まり、視界が澄んでいく。手足も動く。
「私が君を生かさせてくれていることに感謝しなさい。もし私が君のために力を少しでも強めていたなら、私の魂の圧力で君は蟻のように潰れていただろう」
彼女は笑った。
……楽しんでいるように見えた。いや、正確には――どうでもいいのだ。その笑顔は作り物だと、直感で分かる。だが、はっきりしていることが二つある。ひとつ――彼女は俺を、何かの計画の“切り札”として必要としている。もうひとつ――彼女は、本気であゆみを殺すつもりだ。
「刀を掴んで彼女を殺せ。これが最後のチャンスだ。さもないと、お前の愛しい妹を封印し、お前も後で殺す」
俺は刀を掴み、立ち上がる。口の中に、吐瀉物の苦味が残る。身体は汗でびっしょりだ。
「……俺は……殺さ……ない……」
彼女の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「ふぅん。事態の変化に気を取られて、“もう一人の姉”のことを忘れたの?生死の境を彷徨っている方の姉よ、坂本ゆうき」
全身に、冷たいものが走った。
心臓が早鐘を打つ。……どうして知ってる!?怖すぎる。俺のことを、全部見透かしているみたいだ。彼女は俺の頬に触れた。指で顎を掴む。
「これはね、チベット僧に教わったものじゃない。私の“固有能力”よ。彼女の魂が、ものすごい速度で削れていくのが分かる。つまり――死は、もう目の前」
足が震える。……かすみを忘れていた……。治療が必要なんだ……。
「私がその気になれば、癒してあげられるわ」
「……なら……お願いだ……助けて……!」
「取引をしましょう。――鬼とのけいやくよ」
歯を食いしばる。
拳を握りしめる。……もう、俺の手には負えない。
俺は彼女の目を見た。
「……もし俺が……あゆみを殺したら……本当に……かすみを助ける保証はあるのか……?」
「契約を結べばいい」
「……契約?」
彼女は頷いた。
「刀を渡しなさい」
俺は刀を差し出した。
彼女は一閃――俺の掌を切り、続けて、自分の掌も切った。速すぎて、痛みすらなかった。彼女の手から、血が滲む。
彼女は、俺の手を握る。
「――神誓」
眩い光が、重なった手の間から溢れ出す。血が宙を舞い、絡み合う。……魔法か……?血は光を放ち、やがて“石”のような塊となって浮かび上がった。
「……それは?」
「神との誓約。ここに社がないから、血を供物にして儀式を行ったの。あなたはあゆみを殺す。その代わり、私かすみを癒す。」
「ふざけるな!!そんな契約、認めない!!」
俺は叫んだ。
「知らないわ。勝手に血の儀式を許したあなたが悪い」
「……くそっ……!」
彼女は俺の横を通り過ぎ、床に倒れている霞の方へ向かう。
「……もし、俺がやらなかったら……どうなる……?」
「契約は、どちらかが破れば無効。……ただし、代償はあるわ。私はかすみを癒さない。そしてあなたがあゆみを殺さなければ――神は、あなたが最も大切にしているものを奪うか、壊す」
彼女は、刀を投げてよこした。
「選びなさい」
私は目を閉じた。
刀を受け止めた。
私の人生。あなたは死を恐れているか?
私はこの質問の答えを心の底で知っている。私は死を恐れていない。生まれた者は必ず死ぬことを誰もが知っている。彼らは死を恐れているのではなく、未知のものを恐れているのだ。彼らの死をもたらすであろう未知のものを。未知のものが彼らを死に怖がらせるのだ。彼らは死をもたらすであろうものを恐れているのだ。
「……ごめん……。俺が……“未知”になる……あゆみ……」
私の作品を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。皆様に楽しんでいただければ幸いです。初めてですが!SodaKun Out!◇




