グリーンスパン、高橋是清
さらに二人の経済学の重鎮が入室し、混沌はさらに深まる。
自動ドアが今度は「プシュー……利上げ……」という、どこか不穏な電子音を立てて開いた。
入ってきたのは、分厚い眼鏡の奥で一切の感情を読ませない男、アラン・グリーンスパン。そして、その後ろから「カッカッカ!」と豪快に笑いながら、着物姿に宇宙羽織を引っ掛けた、お腹のまるい老紳士、高橋是清である。
「おや、珍しい顔ぶれが揃っているね」
是清は、歪んだ空間など一向に気に留めない様子で、マルクスの隣の席にどっかりと腰掛けた。
「店主! 景気の良くなるやつを一杯くれ。何、勘定は私が後でなんとでもする!」
「是清さん、相変わらず大胆な流動性供給ですね」
ガルブレイスは苦笑しながら、特製の『ダルマ式・高札ハイレモン』を差し出した。
一方のグリーンスパンは、カウンターの端に座ると、グラスに注がれる液体を凝視しながら、極めて曖昧な、しかし重みのある声で呟いた。
「……もし、私の注文が明確に聞こえたとすれば、それはあなたが私の意図を誤解したということだ」
「おい、新入り」マルクスがグリーンスパンを睨みつける。「そんな分かりにくい市場へのシグナリング(対話)は、資本家どもを疑心暗鬼にさせるだけだ。おい、ケインズ。お前の身内(中央銀行家)だろ、なんとかしろ」
ケインズは嬉しそうにグラスを掲げた。
「いやいや、アラン! 久しぶりじゃないか。君が金利をコントロールしてくれていたおかげで、大いなる安定が保たれていた時代もあった。もっとも、その後でバブルが弾けたがね。……ところで是清さん、あなたの『金解禁』からの電撃的なデフレ脱却(高橋財政)、あれは私の『一般理論』の最高の先取り(実践編)ですよ!」
「おお、ケインズ君、分かってくれるか!」
是清はハイレモンをグイッと煽り、髭を拭った。
「あの時はね、とにかく市場にお金を回さなきゃならんと思って、日銀に国債を直接引き受けさせてね。レモンが足りないなら、レモンを刷ればいいのさ! カッカッカ!」
「……不合理な熱狂だ」
グリーンスパンが、ストローで『マエストロ・サワー』をピチャピチャと音を立ててすすりながら、低い声で遮った。
「是清氏の緩和策は、短期的にはマクロ経済を救うが、長期的な資産価格の歪みを見落としている。この第3宇宙のハイレモン酒場が歪んでいるのも、適切な金利誘導によるバブルの破裂を恐れ、過剰な流動性を放置し続けた結果ではないか? 影の銀行システム(シャドー・バンキング)が、このレモンの搾りカスの中に潜んでいる……」
「何が影の銀行だ!」マルクスが横から怒鳴る。「すべては資本の自己増殖が引き起こす必然の恐慌だ! グリーンスパン、お前が市場を甘やかし続けたから、労働者はさらに搾取される構造が固定化されたのだ!」
酒場の中は、ケインズと是清の「財政出動バンザイ」の乾杯の声と、グリーンスパンの「不確実性におけるリスクマネジメント」の呟き、そしてマルクスの「資本論」の怒号が入り乱れ、カオスを極めていく。
ガルブレイスは、カウボーイハットを直しながら、彼らのグラスに次々とハイレモンを注ぎ足した。
「皆さん、議論は尽きないね。だが、この店の売上が、企業の広告戦略でも、中央銀行の金利操作でもなく、ただ君たちの『強烈な喉の渇き』という、至って古典的な需要で成り立っていることだけは確実だよ」
歪み第3宇宙の夜は、5人の経済の巨頭たちを巻き込み、さらにグニャリと15度ほど傾いていった。




