表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

夕焼け空と赤い街

その日、私は見てしまった。

夕焼けに染まる街。

黒い影。

夕焼けの空の下、赤く照らされた街が広がっている。

大きな川を挟んで東西に分かれたこの街は、

都心からは少し離れた、しかしそれなりに栄えている

住みやすい街だ。

私、海野 美風はこの街に住み、近くの高校に通っている。


私は急いでいた。

今日は好きな小説の新刊が発売される日で、

学校が終わったら帰りに本屋に寄ろうと思っていた。

でもそんな日に限って、放課後の教室で友達との会話に

夢中になり、思わず長い時間話し込んでしまった。

すっかり時間が経って、気づいた時には18時。

教室の机も、

掃除用具の入ったロッカーも、

入り口のドア上に飛び出した「2-B」の札も、

傾き始めた日を浴びて影を長くのばしていた。


バダバタと校舎を出る。

もう部活の子達も後片付けを始めている時間だ。

夏の蒸し暑い空気と虫の声に包まれながら

校門横にある駐輪場まで走る。

とめていた自分の自転車にカギを差し、

鞄をカゴに押し込みながら時計を見る。

(やば、思ってたより遅くなっちゃったな…)

自転車を押して早足で校門前の通りに出ると、

サドルにまたがりこぎ始めた。

本屋は川の対岸にある。

いつも使っている橋がこの近くにあるので、

数分程度で着けるはずだ。


…暑い。

吹きつける風はまるで温風のようで、

肩まで伸ばした私の暗褐色の髪の毛の下は

首筋から背中にかけてもう汗で湿っていた。

(早く涼しいとこに入りたいよ…)

そんな事を考えながら、ペダルを交互に踏みつけた。


「…あれ?」

橋の近くまできて、いつもと様子が違う事に気がついた。

見ると橋の入り口がテープと看板で通行止めされている。

その手前では警察官が、橋を渡ろうとしていた車に

迂回路を案内していた。

橋の上に目をやると、路肩にとめられたトラックが一台。

トラックは荷台の紐とカバーがはずれてしまっており、

周囲にはそこから落ちたと思われる業務用洗剤のような

大きなボトルが散乱していた。

漏れ出た液体がたくさんの泡をたてながら

橋の上いっぱいに広がって水たまりを作っている。

車道も歩道も、橋が丸ごと通行止めになっていた。

「うそでしょ…」

思わず、小さく呟いた。


私は一度自転車をとめ、橋を眺めながら悩んだ。

きっと片付けや掃除が終わるまでここは通れない。

でもそれには時間もかかりそう。

この橋が使えない場合、他に川の向こうに渡る方法は…

私は少し先に架かっている、もう一つの橋に目を移した。


この近辺には、橋が二つあるのだ。

いつも私が使う、目の前の泡まみれの橋と、

1kmほどいったところにある隣の少し大きな橋。

自転車なのであの大きい方の橋まで迂回するのも

大した距離ではない。

でも、夏の夕方のこの温まった空気の中を

遠回りするとなると、その距離はやたらと長く見える。

それに私はあっちの橋は普段まったく使わない。

この時間から知らない道を通るのも少し抵抗があった。

迷う。

本屋は今日行かなくても明日また買いにいけばいいか。

しかし…

(あの本屋、品切れになったら次の入荷遅いんだよな…)

注文してもしばらく待たされた、なんて事が

何回かあった事を思い出す。

(…仕方ない、行こう)

私は自転車のハンドルを切って、隣の橋に向かった。


いつもは通らない、見慣れない道を進む。

この辺りの景色はいつも遠目には見えているのに、

実際に通ると少し違う、別の街のような感覚になる。

アスファルトに跳ね返る夕焼けの赤い光と、

影のコントラスト。

それがやけに鮮やかに感じられた。


隣の橋に着くと、少し周りを見回してみる。

こっちの橋は一回り大きく、道も広い。交通量もある。

車の人はこっち橋の方が便利なのかもしれない。

だが、橋を渡った先の交差点が高速道路の出口にも

つながっていて、その信号を起点に渋滞ができている。

一長一短なのかもしれない。

交差点から橋の上まで続いている信号待ちの車列を横目に、

車道に沿って設置された細い歩道を通り抜ける。

私はやっと対岸に渡る事が出来た。


もうこの辺りはまったく来たことのない道。

川沿いの大通り。

仕事や学校帰りの人達が駅から出ては街中に消えていく。

同じ街に住む人達。なのに、知らない街の人達に感じる。

遠くから聞こえる虫の声だけが、聞き慣れたものに思えた。

不思議な感覚の中、私は目当ての本屋に向かった。


少し進むと、やっと見たことのある街並みにたどり着き、

見慣れた本屋も見えてきた。

普段とは違う方向から来ただけなのに、

ちょっとした冒険をした気分だ。

店の前の駐輪場に自転車をとめて、店に入る。


空調の効いた店内は極楽だった。

少しだけ店内を見て回りながら、汗が引くのを待つ。

体温が落ち着いてから、新刊コーナーに向かった。

(良かった、あった…)

目当ての本はすぐに見つかった。

そっと手に取ると、表紙を眺める。これに間違いない。

新刊コーナーを離れると、レジに向かった。

レジはやや混んでいたが、目的の物を手に入れた満足感を

かみしめながら、機嫌よく待つことにした。

列に並びながら、ふと、高い位置についている

小さな窓ガラスから空を見つめる。

相変わらず、空は赤かった。


会計を済ませ、店を出る。

外は相変わらずの暑さで、生暖かい空気がまた顔を撫でる。

遠くの建物の間に、高さを下げた真っ赤な夕陽が見える。

その光に照らされる、真っ赤な街。

いつにも増して夕焼けが赤く感じられ、

私は気になって空と街をぐるっと見回した。

こんな赤みの強い夕焼けは初めてかもしれない。


自転車にまたがり、改めて川の方を眺める。

いつもの橋はもう通れるようになっているだろうか。

一瞬迷ったが、行ってから通れなかったら

この暑い中をまた引き返して大まわりしなおす事になる。

私は先ほど渡ってきた橋まで戻ることにした。

赤い光を反射する水面に照らされながら、

川沿いの通りに出て再び自転車をこぐ。


川の音だけが遠くに聞こえる。

静かな街。


ふと気づく。

そういえば周りがやけに静かだ。

本屋を出てから、車も人もまったく見かけていない。

街の喧騒も、虫の声も聞こえない。

聞こえるのは、静かに流れる川の音だけ。

不思議に感じながらも、橋に向かって進んだ。


橋の近くまで戻ってくる。

信号待ちの車が列を作っていた交差点にも、

今は車が一台も見当たらない。

信号機だけが点灯と点滅をゆっくり繰り返している。

(おかしいな…)

私は一度周りを見渡した。

何でもない、普通の景色。

けど、自分以外の気配をまったく感じない。


(早く戻ろう…)

言いようのない不安を感じ、私は先を急ぐことにした。


その時。


川岸に立つ大きな橋脚の側に、黒いものが見えた気がした。

ドキッとして、思わず自転車を止める。

「何あれ…」

思わず小さな声をもらしながら、それをじっと見つめる。

橋脚のそばの草むらに、

ぼんやりと黒い影のようなものがうごめいている。

煙のようにも見えるが、空に立ち上ることは無く、

その場でゆらゆらと揺れて、何かの形になっている。

不思議な影。それが何なのか気になり、

私は目を細めて注視した。

そしてそれが人の形であると理解したちょうどその瞬間。

その人の形の頭と思われる位置に、

いきなり二つの気味の悪い目が、ぎょろりと開いた。

影を見つめていた私は、それと目が合ってしまった。

その瞬間、頭の中に笑い声が響いた。


ギッ…ギ…ギギギギギギギギ…!


人の声とは違う、金属をこすり合わせたような笑い声。

瞬間、全身を凄まじい寒気と不安が走り抜けた。

「ひぃっ!」

私は突然の恐怖に悲鳴を上げた。

全身に鳥肌が立ち、恐怖で足がすくむ。

逃げないといけない、そう感じるのに、動けない。

目をそらす事もできない。


その影は私に顔を向けたまま、気味悪く目を細めた。

気がおかしくなりそうになる。

そして。

次の瞬間、影は一瞬にして霧散して消えてしまった。

跡形もなく、最初からいなかったかのように。


理解が追いつかないまま、恐怖で呆然とする。



気づけば、街はいつも通りの姿。

駅から出てくる人の波。信号を待つ車の列。


私はしばらくその場から動けなかった。

夕陽は沈み、真っ赤だった空はもう暗くなり始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ