5 主たる流れへ
◆◆◆
丸ごと貸し切った宿の一室。応接用のソファに腰掛け、ブレイクからの話を聞く体勢となったダグラス。
斜め後ろに控えるカティなどは、サリーアからの指示に危機感を持っているが――
「さて、ブレイク。サリーア様からの指示とやらを聞かせてもらおうか」
鷹揚に構えるダグラス。彼は危機感ではなく好奇を抱いている。状況を存分に楽しんでいる。そんな主の姿を見て、どこぞの従士が内心でイラッとしていたりもするが。
「ええ。ただ、その前にまず、ヴァイス殿とギリアムについてですが……ダグラス様とカティが出ている間に、関係者に身柄を保護してもらいました。詳しくは聞いていませんが、ヴァイス殿はこのままバルボアナ家の密偵として働き、ギリアムは信頼できる里親に預けるとのことでした」
すでにロルカンの二人が宿にいないことはダグラスも察していた。ヴァイスの方は特に心配などしていなかったが、ギリアムについては少々思うところもある。
「そうか……どうかギリアムには壮健であって欲しいものだ。結局のところ、イアンにしろギリアムにしろ、今回はただ巻き込まれただけのようだしな」
親代わりだったイアンを殺され、憎悪に満ち満ちた眼差しを向けていたギリアム。
直接の仇であるルイはすでに冥府へと旅立ったが……幼いロルカンの子の憎しみが、この先も更に更にと煮詰まっていくのか、徐々に薄れて浄化していくのか――それはこれからの当人の心持ち次第。
長い時も必要になるだろう。仇が死んだからといって、すべてがめでたしめでたしで終わるはずもない。人族であれ獣人族であれ、その辺りの心情に違いはない。
「そうですね。実は私も似たような境遇からマーヴェイン家の〝牧場〟送りになりましたから……あのロルカンの子には、憎しみに駆られて早死にするような真似はして欲しくないと……勝手に願ってしまいます」
さらりと、なんでもないことのように身の上を語るブレイク。事実として、彼は自身の境遇については消化している。あるがままに受け入れている。
ただ、自身と似た境遇の者を前にすれば、少々心がささくれ立つだけ。当たり前と言えば当たり前。
「……ほぅ。ブレイクにはそんな来歴があったのか。あ――いや、すまない。関係ない話だったな」
「いえ、その関係のない話をしたのはこちらです。申し訳ございませんでした」
気真面目に、深々と頭を下げるブレイク。
分隊の面々は、皆が〝訓練所〟出身であり、まさしくマーヴェイン家の〝商品〟として鍛え上げられた者たち。
〝訓練所〟に追いやられる形で暮らしていたダグラスは、隊員の皆とは幼い頃からの顔馴染みではある。だが、お互いに来歴を聞かない、語らないという暗黙の了解があった故に、ダグラスも皆の過去までは知らない。
思わぬところで過去を知ってしまっても、〝訓練所〟の癖が抜けず、明かされた過去には迂闊には踏み込まない。お互いに。
「ではブレイク。気を取り直して……本題についてを願おう」
「はい。承知いたしました」
さらりと次へ。本題へ。
「前提としてですが、ダグラス様に指示を出したのはフリント殿です。サリーア様の名代としてではなく、フリント殿が独自にです」
「ん? つまり、サリーア様からの指示ではないということか?」
「はい。表向きはそうなっています」
それだけでダグラスは腑に落ちた。大貴族の御令嬢でありながら、サリーアは気を遣ってくれていたのだと知る。
あくまでもこの度の指示は従士フリントからのもの。主であるサリーア直々のものじゃない……という建前にて、状況を矮小化した。
「くく。俺やカティの処遇なんぞを、そこまで気に掛けて下さっていたとはな」
「……ダグラス様。今回の件については、サリーア様の寛大な御心あってのもの。この先、我々がダグラス様を〝狩る〟ような事態にならぬようにと――切に願います」
挑発的に嗤うダグラスに対して、多分に呆れを滲ませながらブレイクは苦言を呈する。それが無駄だと知りながら。
「ふっ、よく言う。もしそうなってしまえば、ブレイクこそ真っ先に俺を狩ろうとするだろうに……くくく。どうだろうなぁ? 今なら、俺もブレイクやウィルとそれなりに打ち合えると思うが?」
「……お戯れを。そうならぬように、ダグラス様には謹んで頂きたいのです」
凶相のままに嗤うダグラスとは対照的に、ブレイクは遠慮がちな真顔のまま。
ウィルもジュリアもブレイクも、皆がマーヴェイン家謹製の〝商品〟だ。
〝牧場〟での評価として、他家の従士と比べても遜色がないと認められたからこそ〝出荷〟された。
表向きは貴族社会では忌み嫌われてる商売ではあるが、大貴族の御令嬢までもが、私兵として召し抱えるほどには、マーヴェインの〝商品〟には信頼性があったというわけだ。
それ自体は、マーヴェインの商売ではいつものこと。
顔馴染みのブレイクたちが、サリーア・レイ=バルボアナにお買い上げされていたのには流石にダグラスも驚いたが、事はそれだけで済まなかった。
サリーアの私兵として、バールライラの戦場に出向させられた際、ダグラスとブレイクたちは、お互いに知らぬフリを突き通し必要以上の接触を持たなかったのだが……ブレイクたちの戦場働きを見て、ダグラスはもう一つ驚いた。
皆が手を抜いたまま。
サリーア・レイ=バルボアナ嬢の私兵という、ある意味で恵まれた立場に落ち着きながらも、ブレイクたちは気を抜いていなかった。気を許していなかった。
鍛錬の現場で長く接してきたダグラスは知っている。ブレイクたちが実力を隠していたのを。
というよりも、〝訓練所〟ではブレイクたちに限らず、一定以上に才ある者たちは、皆が皆、マーヴェイン家の定めた〝出荷〟可能な基準に合わせて実力を調整していた。
それは〝商品〟として扱われた者たちの生存戦略。無理をして突出した実力を示したところで、ただただマーヴェイン家を喜ばせるだけ。
どうせなら、自分を買った相手を見極めた上で判断する。それが訓練所で密かに、脈々と受け継がれている〝商品〟側の処世術。
中でも特にブレイク。
生真面目な性格で物腰も丁寧ではあるが、こと訓練や戦いとなれば、彼は一番にサボっていたものだ。
それが今も継続されている。
つまるところ、ブレイクたちはサリーア・レイ=バルボアナ嬢に与えられた場においても、『このまま実力を隠す方が得策』だと判断しているということ。
「くくく。サリーア様やフリント殿はどこまで勘付いているのやら……」
「……我々については馴染み以外で知る者はいないかと。そもそも、私たちがダグラス様につくよう命じられたのは、あくまでもマーヴェインの訓練所出身だからです。個別の実力や才覚など、サリーア様やフリント殿は特に気にもしていないでしょう」
あっさりと言ってのけるブレイク。それほどまでに訓練所出身の結束は強い。
しかし、その一方で、特にサリーアやフリントに見る目がないわけでもない。召し抱えている者の数が多く、単純に把握し切れていないだけ。
その辺りの事情もブレイクは理解している。だからこそ、彼はサリーア陣営内で目立ちたくなかった。
「まぁいいさ。で? フリント殿はなんと言っていたんだ?」
「……『ダグラス様とカティ殿には、ミリオス・ビーリル伯爵子息とその取り巻きたちを探っていただきたい』とのことです。ちなみにこのミリオスという方は、バルボアナ家が参画する派閥と対立関係にある派閥の要人だそうです。――要は、敵対派閥を調べるという名目にて、サリーア様の傘下を抜けていいという温情でしょう」
相変わらず無表情なままで、彫像のようにダグラスの後ろに控えていたカティだったが……思わずピクリと反応する。
彼女は〝ミリオス〟の名を知っている。知らないでか。
ミリオス・ロア=リーンゼアル。
リナニア王国の秘されし王族であり、現王家の切り札にして……反王家派閥の希望にもなり得る人物。
そして、〝リナニア戦記〟においては、その最終エピソードで、まさに最後にカイトに立ち塞がる〝友〟。いわゆるところのラスボスというやつだ。
◆◆◆ ◆◆◆
そこは立ち入る者を厳しく制限する場所。
霊峰リ=ナウアの中腹に設けられた特殊な霊廟。
リーンゼアル王家が口伝のみで継承してきた地であり、王族の中でも、時の王が相応しいと判断した者にしか伝えられなかったと言われている。
霊廟であると同時に、そこは王家の罪が眠る場所。可能な限り、目を逸らしたい禁足の地。
立ち並んでいる。
人の背丈よりも少し大きい、黒く細い円柱形の柱が、規則正しく並んでいた。
その地の謂れを知らぬ者であっても、一目でそれらが、墓標であると察することだろう。
そして霊廟の――神殿の奥には、周りの黒き柱よりも一回り以上大きな、分かり易く特別な柱が鎮座していた。
「……戦は終わりました」
静寂の帷をそっと裂くのは、赤毛の青年の声。それは祈りのようであり、告解のようでもある呟きだ。
「――そうだな。皆の働きにより、壊れかけたリナニアという器はなんとか形を保つことができた。リーンゼアルを騙っていた者らは、真なる王家の血を再度取り入れることもできた。罪を認めながらも罰はない。壊れかけの器を保つために、皆が片目を閉じて知らぬふりを決め込んだ。結局はなにも変わらぬまま、これからもリナニアは欺瞞に満ちた時を刻み続けることだろう」
応じるのは、特別な黒き柱の前に佇む青年。まるで事前に用意していたセリフを読み上げるように、朗々と語る。
「殿下。それはあまりにも穿った見解かと存じます。皆はリーンゼアルの罪を知りましたが、同時に、皆が王家に押し付けて来たあまりにも重い責務を知りました。確かにリーンゼアルは罪を犯しましたが、これからは、その監視と共に皆が真に王家を支えていくことかと……」
「はは、綺麗事だな。歴史は繰り返されるものだ」
「ならば、次に訪れるのは平穏なる時代でしょう。歴史を見ても、人は常に戦をしているわけじゃない」
「リナニアの平穏なる時代というのは、多くの妥協と偽り、裁かれることのない大罪の上に築かれたものだ」
静謐なる霊廟での問答。確かな熱をもって語る赤毛の青年に、乾いた諦めてをもって応じる青年という構図。
「……たとえそうだとしても、俺は綺麗事を現実にするためにここまで来た。殿下――いや、ミリオス。俺はお前を止める。連れ帰る。お前の帰還を待っている人たちがいるんだ……ッ!」
赤毛の青年――カイトは静かに猛る。
馬鹿な真似をしようとする友を止めるために。友を連れて帰るために。
〈四精〉が、契約者の心に感応する。
濃密な魔力によって形作られた地・水・火・風の属性剣が、立ち並ぶ黒き墓標に負けず劣らずの数で顕現する。
「はは……カイト、まったくお前というやつは……」
乾いた冷笑ではなく、それは紛れもなく湿りけのある苦笑。ミリオスという個人から出たものであり、決して重い役目を背負わされた、リーンゼアルの傀儡としてではないもの。
「――ミリオス様、お下がりを」
ただ、カイトとミリオスの間にどのような関係があろうとも、目の前に主への危機が訪れている以上、彼女は彼女で、自らの役割に徹するのみ。
王家の守護者として、カイトの前に立ち塞がる。
蒼穹を閉じ込めたかのような深く鮮やかな蒼。美しい意匠が施された芸術品のような鎧兜に身を包む美貌の女。
ゆっくりと、腰に佩いた剣を引き抜く。
複雑で精微な飾りが施された、儀礼用や美術品にしか見えないような白銀の剣が、凝集された魔力を纏い鈍く輝く。
「フェリシア様。申し訳ありませんが、ここは俺も退けません……ッ!」
フェリシア・ブランデール。
飛び抜けた才を見出され、生涯にわたり王家直属の臣となることを運命づけられた者。
特級オーブたる〈戦乙女〉の今代の契約者。
「火の粉は私が払いましょう。ミリオス様は、私やカイトなどに構わず、望みを叶えてください」
「――ああ。ここはフェリシア嬢に任せるとしよう」
ミリオスはそう言いながら、一際大きい黒い柱に手を触れる。皮手袋のままの左手で。
瞬間。無地の黒だった柱に黄金の線が走る。幾重にも走る線が、徐々に徐々に幾何学模様を描いていく。
「ミリオスッ!! 待て! 馬鹿な真似は止すんだァッ!!」
あきらかに人為的なナニか。魔導を由来とするナニかの発動を感じ、カイトは叫ぶ。
「――カイト。悪いけど私とて退けない」
そんな彼の叫びと視線を切るように、ミリオスとの間に悠然と立ち塞がるフェリシア。
「フェリシア様ッ!! 本懐を遂げればミリオスは死ぬ! 守護者であるあなたはそれでいいのですかッ!?」
片や、ミリオスを友として現世に引き留めようとする者。
「それをミリオス様が望むならば」
片や、ミリオスを主として、その本懐を遂げさせることを優先する者。
かつての主従が、リーンゼアルの王子を巡って雌雄を決する。
◆◆◆ ◆◆◆




