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婚約破棄?喜んで!復縁?致しません!浮気相手とお幸せに〜バカ王子から解放された公爵令嬢、幼馴染みと偽装婚約中〜  作者: あいみ
番外編

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救う者は愚か者を突き放す・因果応報【セリア】

 どうしてこんなことに……。


 僕はただ、間違いを正そうとしただけ。


 「おい兄ちゃん。ボサッとしてねぇ、手ぇ動かせ!」

 「ノルマ終わらないと飯が貰えねぇんだぞ!」


 連れて来られた村はそこそこの広さではあるものの、重労働が激しい。


 男女関係なく似たような仕事を課せられる。


 村の入り口は一つしかなく、そこには看守が二人。腰には剣を差し、脱走する者を斬るのだとか。


 村には看守と同じ服を着た男が数人、歩き回っている。仕事をサボっていないか監視しているらしい。


 村には新しく入ってくる人もいれば、気付けばいなくなっている人もいる。


 一年を通して入ってくるほうが圧倒的。似たような村が幾つかあり、ここを出た人は別の村に連れて行かれたのだと誰も気にする様子はない。


 僕だってそうだ。他人のことを気にする余裕なんてない。


 初日は何もわからず、か弱いデイジーに仕事なんて無理だと訴えるとお腹を蹴られて踏み付けられた。


 その力は尋常じゃない強さ。リードハルム領でさえ、これより軽かった。


 人を見るような目をしていない男は手を煩わせるなと、すぐに立つように命令してくる。


 国外にいようとも僕の体には王族の血が流れているんだ。こんな仕打ちを受ける意味がわからない。


 仕事は班ごとに役割が違う。


 月ごとに変わり、今の僕達はひたすら畑を耕す。


 朝、陽が昇る前に点呼室に班全員が揃っていれば、朝食と昼休憩が与えられる。一人でも遅れたら連帯責任となり罰として、鞭打ち五十回。


 そのため新入りには厳しい。


 半年もいれば多少は慣れてくるものの、お腹が満たされることはない。


 当然だ。食事は日に二回。固いパンと水一杯。


 貴重な食料をくれるのだから、感謝しろと言われる。


 川は流れているけど、勝手に飲むことは許されない。


 一定の回数、ルールを破れば奴隷商人に売り飛ばされ、鎖で繋がれ一切の自由を奪われる。


 酷い主人に買われてしまったら、家畜の慰みとして裸で小屋に放り込まれるらしい。


 デイジーは重たい鍬を持てないから僕が二人分、働いているのだけれど……。


 「セリア。このペースだとご飯が貰えないよ」

 「う、うん。そうだね」


 か弱い女の子だし、あまり日に焼けるのも良くない。日陰で応援してくれているのに、一日中座っているだけで退屈そうにしている。


 「デイジー。その……少しだけ手伝ってすれたりは……」

 「ひ、酷いわセリア!か弱い私に土まみれで汚れろなんて!!」

 「ち、違うよ!そうじゃなくて」

 「じゃあ、どういう意味なの」

 「いや……。ごめん」


 人には向き不向きがある。


 事実、ここでは針仕事もあり、そればかりはデイジーに頼りっぱなし。でも、最近では僕も慣れてきてデイジーへの負担も減ってきた。


 バランスが取れていない。僕ばかりが辛い。


 働いていないデイジーは固いパンでも充分みたいだけど、重労働の僕には足りなさすぎる。成長に必要な栄養が不足しているため、身長はあまり伸びない。


 周りの大人は気を遣うことはなく、自分の食料が取られないように必死。


 なんて自分勝手なんだ。


 ──僕はあんな風には絶対に歳を取らない。


 相手を思いやるような、そんな大人になる。


 来る日も来る日も同じことを繰り返す。生きることさえ義務になるのは数年の時が過ぎてから。


 頭の中にあるのは時間に遅れず作業をすること。それだけを守っていれば食事は与えられる。


 今日もデイジーは日陰に座っていた。


 おかしい。僕はデイジーを愛している。姿を見るだけで癒されていたはずなのに、この村に来てからモヤモヤすることが増えた。


 班で一つの小屋を使うため愛し合うことが出来なくなり、具体的の癒しがなくなった。


 僕はこんなにも寂しい想いをしている反面、デイジーは同じ班にいる男に体を擦り寄らせることが増えたように感じる。


 もちろん、僕の気のせいかもしれないけど。


 ──アンリースが僕のために用意してくれたクッキーが食べたい。


 僕達が婚約者だった頃、いつだって最高級のお菓子と紅茶を出してくれていた。


 僕のことを一番に考え想ってくれていたアンリース。どうして君は僕の隣にいないのだろう。


 いつも優しく微笑んでくれて、僕を見る熱い眼差しが語っていた。


 僕が好きだと。僕を愛していると。

 それをわかっていながら僕はアンリースに酷な仕打ちをした。


 なぜ、どうして。頭の中でグルグル回る。


 僕に見向きもせずに、退屈そうに空を見上げ、時には欠伸をしながら髪の毛を弄るデイジー。


 栄養不足とまともに風呂に入れないことが原因で、昔と比べて痩せて髪も艶がなく天使の如く愛らしい姿はどこにもない。


 ──そうか。僕はデイジーに唆されていただけなんだ。


 これまでのことを振り返ると、頭が殴られたような衝撃に襲われた。


 アンリースのことを愛していたはずなのに、デイジーのせいで僕の人生は狂ってしまったんだ。


 デイジーさえいなければ……。今頃僕は、王太子として、次期国王として生きていたはずなのに。


 それだけじゃない。愛し合っていた僕とアンリースの仲を引き裂いた。


 決して許されない行為だ。


 早くここを出てアンリースを迎えに行ってあげないと。


 ギルと付き合っているなんて言っていたけど、僕が恋しくてとっくに別れているはず。


 「か、監視さん。お話があります」


 一日の作業が終わり、人目を盗んで監視に声をかけた。


 僕が真に愛しているのはアンリースだけど、デイジーは僕を愛してくれている。


 愛する僕のためなら何でもしてくれるはずだ。


 デイジーの母親は今では男に体を売る仕事で稼いでいる。つまりは売女。娘であるデイジーにもその血は流れている。


 ということはだ。()()()()()()をするのに抵抗なんてない。


 僕の力になれるんだからデイジーだって泣いて喜ぶだろう。


 「いいだろう。お前を出してやる」

 「ほ、本当ですか!?」

 「それがルールだからな。女はこちらで預かる」

 「もちろん!好きにして下さい!!」


 待っててねアンリース。すぐに迎えに行くから。


 点呼室に呼び出されたデイジーは青ざめていた。仕事をサボっていたことを咎められるのではと震えている。


 「大丈夫だよ、デイジー」

 「セリア!」

 「君の仕事は変わるんだ」

 「どういう……こと?」

 「貴様は本日をもって第三皇子の玩具となることが決定した」


 監視の相手をするのだと思っていたのに。第三皇子なんて、権力を持った人がデイジーの傍にいたら僕とアンリースの仲を邪魔されてしまう。


 「まぁ!皇子様と結婚出来るのね!!」

 「誰がそんなことを言った。第三皇子は人間、特に女で遊ぶのがお好きなお方でな。飽きるまで昼夜を問わず、その体を捧げるのがお前の役目だ」


 血の気の引いたデイジーは僕の足にしがみつく。


 なんてみっともない姿。アンリースと比べると天と地の差。


 やっぱり僕に相応しいのはアンリースだけだ。


 「セリア!私のこと愛してるんじゃないの!?」

 「僕を愛しているのは君だろ?それに、僕が愛しているのはアンリースだ。卑しい平民の血を引く君を愛するわけがない」


 僕は優しい男だ。僕のことを唆したことは不問に処す。


 愛する僕のためにその身を犠牲にさせてあげている。僕の広い心は世界一。


 「おい。どこに行く。お前はこっちだ」


 村の外に出るとデイジーとは真逆のほうに連れて行かれる。


 さっきまでいた寂れた感じではなく、ちゃんとした人が生活する村。ここにも看守はいる。


 ただ、仕事をしている人間はいない。


 ご飯は食べ放題。水は飲み放題。あの場所と比べるとマシかもしれないけど、看守がいたんじゃ村を出られない。


 アンリースを迎えに行けないじゃないか!!


 今頃は一人寂しく僕を待っていてくれているというのに。


 「若い兄ちゃん。お前さんも皇子様に貢ぎ物をしたのか」

 「誰を貢いだ。母親か?それとも姉か妹。俺はな。故郷にいる妹を差し出してこっちに移してもらったんだ」

 「……悪女です。僕と婚約者の仲を引き裂いただけでなく、僕をこんな目に合わせた悪逆非道の最低な女!!」

 「へぇー。訳アリか」

 「まっ、良かったじゃねぇか。皇子様は新しく入った女は耐久テストをするらしい」

 「耐久テスト?」

 「あぁ。どこまでやったら壊れないか。初日にテストをするそうだ。お前さんの恨みを皇子様が晴らしてくれる。感謝しないとな」


 ここは自由がある。


 皇子が飽きた女性、壊れて興味を失くした女性が何人もいて、好きなときに何をしてもいい。ただし、殺してはならない。それがルール。


 「あ、あの!ここから出る方法はないんですか。僕のことを待ってる人がいて。早く迎えに行ってあげないと」

 「あるわけないだろ。バカか」

 「一度でもどっかの村に入ったら最後、死んでも出られない」

 「いや、ちょっと待て。たまに外から来る奴が連れ出してるのを見たことがあるな」

 「そういやそうだな。どんな条件で選ばれてるのかはわからんが、統一性が全くないんだよな」

 「気に入られたら、だろうが。期待はしないほうがいいぞ。いつ来るかもわかんねぇんだから」


 チャンスはあるのか。


 それならまずは栄養をつけないと。これまでの空腹を満たすように食事を摂った。


 人並みの生活が与えられたこの村なら風呂にも入れる。外の人間がいつ来てもいいように身だしなみは整えておく。


 服は全身真っ白とダサいが、他の人も同じだから文句はない。


 僕はデイジーのおかげで地獄から抜け出せた。感謝をするつもりはないけど、褒めてあげてもいい。


 たかが平民が王の血を引くこの僕の役に立てるなんて名誉なこと。


 皇子の玩具にされてたとしても相手は皇族。僕よりも美味しい物を食べて、フカフカのベッドで皇子の相手をさせてもらっている。


 むしろ感謝するべきはデイジーじゃないか。僕のおかげでより良い生活を手にして。


 村の至る所では男女が体を密着させていた。それが終われば、男のほうから食料が与えられる。


 僕はそんなことはしない。愛するアンリースがいるのに、他の女性と関係を持つなんて間違っている。


 村を移って半月後。チャンスが訪れた。


 「あ……」


 外から来た頭にバンダナを巻いた男は僕を見て固まり、すぐに笑顔を作った。


 忘れもしない。


 僕とアンリースを離れ離れにした旅商人。


 「あんたでいいか。連れて行くのは」


 商人は看守と話をして僕を連れ出す許可を得た。


 見慣れた馬車に乗せられ、変わらない大男達が僕を取り囲む。


 前方を走る荷馬車には売るための沢山の商品が見えた。


 「いつ頃、国に着くんだい」

 「国?あんたの母国のこと?向かうわけないだろ」

 「なっ……!!なら僕をどこに連れて行くつもりだ!!」

 「さぁ?一つ言えるのは、村にいたほうがマシだと思える場所かな」


 ハッタリだ。僕を怖がらせるための嘘。


 この男は人を不幸にして楽しむような最低な人間。言葉に耳を傾ける必要はない。


 「あんたはさ。労働村にいたんだよな」

 「労働村?」

 「その名の通り。労働をするだけの村」


 僕とデイジーが最初にいた村か。


 答える義理はなく無視していると、男は小さく笑いながら


 「女を皇子様に売ったろ」


 笑ってこそいるものの、その目は確信していた。


 大男に合わせて大きめの馬車にしているのだろうが、密室に四人もいたら息苦しさを感じる。


 「あの近辺はほとんどが労働村だ。あんたみたいに、身内の女を皇子様に売った奴だけが、労働を免除される仕組みになっている」

 「人聞きの悪いことを言わないで欲しい。デイジーは僕のために犠牲になってくれたんだ!愛する僕のためにね」

 「は?何言ってんだ?」


 笑顔が瞬時に消えた。


 全身が硬直して徐々に冷たくなっていく。


 悪いことをしていないのに、気まづくなり俯いてしまう。そんな僕を上から押し潰すように圧をかけてくる男達はひとでなし。


 「どうして女を売った奴が労働をしなくていいのか、教えてやろうか?」

 「な、何を……」

 「過労死させないためだよ」


 過労死。思い当たることしかない。


 簡単そうに見えて実は重労働。あの辺りは雨が降る日が少なく、ほとんど毎日働かなければならない。作業が変わるとはいえ、何十年と続けば体を壊す。


 事実、膝や肘を痛めた人は何人もいた。作業中に倒れる人も。


 死人が出ていないのが不思議なぐらい。


 馬車はずっと走る。休むことなく。

 ずっと座っていると体が痛くなってきた。


 僕はガサツな男達と違ってデリケートなんだ。もっと労わってくれないと。


 どこかの国境を越えて国に入り、大きな屋敷の前で止まる。


 「降りろ。それとも降ろして欲しいか?」

 「じ、自分で降りる!」


 見れば見るほど大きい。庭の手入れも行き届いる。


 男は何度も屋敷に足を運んでいるのだろう。待つことなく中に通された。


 「待ってたのよソルダー!」


 ドタドタと足音を立てて勢いよく部屋に飛び込んできたのは丸々……いや、それ以上に肥えた女性。


 腕も足も太く、全身肉だらけ。身長は高いのに肉のせいで手足が短く見える。


 「お待たせ致しました。こちらはいかがでしょう」


 テーブルには何もない。


 そもそも荷馬車から商品は降ろしていないし、二人の視線の先にいるのは僕。


 「オルバシ夫人は十年前に最愛の夫を事故で亡くされて以来、寂しさを紛らわせるために暴食を繰り返し多少、外見が変わってしまったが美しさは以前と変わっていない」

 「どうしてそれを僕に言うんだ」

 「ソルダーの見る目はいつも確かね」


 夫人の大きくブニブニした手に頬を挟まれる。もっとよく見ようと顔を近付けられると恐怖しかない。


 思わず悲鳴を上げて突き飛ばそうとするも、ピクリとも動かなかった。


 「あら。随分と積極的じゃない」

 「へ……?」


 不可抗力にも、突き飛ばとうとした手は胸に触れていた。


 ニンマリと不気味な笑みを浮かべる夫人は、醜い化け物。


 「夫人。少々、お時間を頂けませんか?彼には説明せずに連れて来たものでして」

 「そう。十分だけよ」

 「ありがとうございます」


 目の前から肉壁がいなくなったのに、恐怖から解放されない。


 「時間もないし、バカなお前にもわかりやすく言うとだな。お前は夫人の二十番目の夫になった。以上。あ、十分もいらなかったな」

 「ふ、ふざけるな!!僕の妻はアンリースだけだ!!」

 「いや……いやいや……いやいやいや。何言ってるのかわからなさすぎて怖いんだが。アンリース様はギルラック様とご結婚されているし、子供も生まれている」

 「嘘だ!アンリースは僕を愛しているし、僕もアンリースを愛している!!僕達は真実の愛で結ばれているんだ!!他の男と結婚なんてするはずがない。まして子供なんて……!!」

 「はぁーー。ここまでくると脳みそお花畑じゃなくて、ただの化け物だわ」


 香りの良い紅茶を一口飲み、もう一度ため息をついた。


 「都合の良いように物事を解釈して、自分都合の記憶の記憶改ざんとか、人として終わりすぎだろ」

 「商人風情が生意気な口を叩くな!」

 「その商人風情のおかげで外に出られたことをもう忘れたのか?」

 「うるさい!!」

 「いいか。一度しか言わないから頑張って理解しろよ」


 赤子にでも読み聞かせるような穏やかな声。


 「労働村は各国の厄介者、お前みたいな奴のための、村の形をした監獄だ」

 「かんご……?」

 「身分を問わずに処分に困る奴っているだろ。それらをまとめて押し込んでおくんだよ。外に出られないように」

 「帝国がそんなことをする理由がない」

 「あの村は何百前も前から存在している。俺も噂程度にしか知らないが、元々は罪人のための監獄。悪いことと知っていながら罪を犯してしまう者を出さないようにするためだとか」


 この男の言うことが仮に正しいとしたら、あの村は昔の風習が廃れることなく今でも罪人を閉じ込めるためだけに存在していて、そこに入れられていた僕は罪人。


 「あそこは更生を目的としているわけではなく、罪を犯させないための村。さて、ここまでは理解出来たかな」


 今度は子供に問題が解けたか確認するような声。


 いちいち僕をバカにしている。


 「浮気相手を売って」

 「デイジーは浮気相手じゃない!僕を唆した悪女だ!!」

 「真実の愛がどうのって、言ってたんだよな?」

 「あれはデイジーに騙されただけだ。僕の愛はアンリースにしかない」

 「もうそれでいいよ。で、移った村だけど。あそこは同じく売られる人間が集められた商品管理をする村ってとこだな」


 言葉こそ簡単ではあるものの、内容を理解するには時間が足りない。


 ──つまり……どういうこと?


 僕が商品だった場合、あの醜い女性に売られたということになる。


 全くもって意味がわからない。


 売られる?あそこにいた人全員?


 だったらなぜ、僕だけを連れ出したんだ。


 「因果応報って知ってる?ある原因のもとに生じた結果って意味なんだけど」

 「い、因果応報?生じた……?」

 「あー……理解出来ないか」

 「なっ、出来っ、理解している!ある原因のもとに生じた結果だろう」

 「うん。今、俺が言ったことだな。はぁ……。で、何だっけ?あぁ、そうそう。お前がここにいる理由が因果応報ってこと」


 男は黙った。まるでもう話すことはないと言うかのように。


 あんな人間とも呼べない肉の塊が用意した紅茶やお菓子に手を伸ばせる神経を疑う。


 「もっとちゃんと説明してくれないか」

 「家族。恋人。友人。自分が助かるために貢ぎ物として差し出したお前達は、同じことをされるために村を移された。それだけだ」

 「……は?」

 「つい昨日まで労働だけを強いられていたのに突然、自由を手に入れて疑問に思わなかったのか?何かあるんじゃないかと」


 何かを思うことが普通かのような発言。


 で、でも!僕以外の人も自由であることを喜び、小さな疑問なんて口にしなかった。


 「そもそも!人間を売るなんて最低じゃないか!!」

 「それをお前が言うのか?自分のために女を地獄に突き落としたくせに?同じことをされたら怒るんだな」

 「同じじゃない!」

 「同じだよ。嫌だと思いながらも逆らうことは許されず、死ぬまで辱めを受ける」


 デイジーは悪女で、僕を騙した犯罪者。仮にそんな目に合っていたとしても当然の報い。


 被害者である僕が、こんな目に合っていることがおかしいんだ。


 「本当に何も思わないんだな。いや、そもそもで理解なんてしていないのか?この状況も俺の言葉も全て。それとも、たった数分のことをもう忘れたか。お前は二十番目の夫。これに違和感を覚えないのか」

 「二十……。まさか他の十九人は……」


 ゾッとした。


 広い庭のどこかに十九人の人間が埋まっているのではと。


 ──死ぬ?僕が?なんで!?


 悪いのはデイジーであって僕ではない。


 「安心しろ。生きているよ。十九人の夫。この国は一夫多妻、一妻多夫が認められた国だからな。ただし、夫は皆、鎖に繋がれ地下で暮らす。地上に上がれるのは夜、寝室に呼ばれたたった一人」


 馬車の中で男に言われたことを思い出した。




 『村にいたほうがマシだと思える場所』




 あれは僕を怖がらせるための嘘。


 急に心臓がうるさくなった。座っているのに目が回る。異常に喉が乾くからカップに手を伸ばし紅茶を一気に飲み干す。


 デイジーは悪女。だから、何をしてもいい。


 デイジーは僕を愛している。だから、犠牲になった。


 どうして僕がこんな目に?こんなのおかしい。


 故郷の妹を差し出したと言っていた人もいた。彼と比べると僕のしたことは大したことではない。


 裁かれる罪人がいるとしたら僕以外の村人。


 「そろそろ時間だな」


 立ち上がろうとする男の手を掴んだ。本気で僕を置いて行こうとしている。


 ありえない!ありえていいはずがない!!


 「あの村が監獄だろうと、我が身可愛さに親しい人間を売ろうと、俺は興味がない」


 アッサリと振りほどかれた手は空中で止まったまま。


 「時代が流れすぎた。だから、今のような歪な形になったんだろう」

 「わ、わかった!デイジーは連れ戻す!」

 「どうやって?平民が人脈もなく皇子様に会えるわけないだろ」

 「皇子は飽きた女性を村に捨てるみたいだ。デイジーだって、きっとそのうち、飽きられる。そのときには元に戻る。僕はここにいたらダメだ」

 「因果応報のもっとわかりやすい説明があったわ。悪い行いは必ず自分に返ってくる」

 「え?」

 「戻らないんだよ。何も。自分の意志で決めたんだろ?浮気も婚約破棄も。バカな行動も全部。なら諦めて、ここでの一生を受け入れろ」


 ──あれ?なんだか急に睡魔が……。


 瞼が閉じようとするから何度も目を擦る。意識が遠のくにつれて視界もぼやけていく。


 「大人しく村で労働してれば良かったのにな。そしたら、こんなことにはならなかったのに」


 哀れみ。


 そんな顔をするなら置いて行かないで。


 立ち上がる男に手を伸ばすも届かない。


 「アン……リースに、伝えて。僕が、ここ…にいる、って……」


 アンリースはいつだって僕が困れば助けてくれた。今回だってきっと、助けに来てくれる。


 ギルラックと結婚したのだって僕と離れて寂しかったから。


 女性は寂しいとすぐ、優しくしてくれた男に気持ちが傾く。それぐらいの過ちは許してあげるよ。仕方のないことだったんだろう?


 男からの返事はない。


 無情にも背を向けていた男は振り返り、商人特有の嘘くさい笑顔を浮かべていた。


 「それでは元王子様。オルバシ夫人と末永くお幸せに」

 「待っ……!!」


 パタンとしまう扉に、僕の未来も一緒に閉ざされた気がした。


 大丈夫。僕はここを出られる。他の十九人とは違う。


 因果応報なんてそんな……。僕には関係ない。


 だって僕は何も、間違ったことなんてしていないのだから。


 完全に意識がなくなった。


 眠っている間のことはぼんやりと記憶の片隅に残っていて、僕はあの化け物に……。


 ここに売られたのも、襲われたのも、デイジーとアンリースにした行いが返ってきたとでも言いたいのか。


 違う違う違う!!!!


 間違っていたのは僕を受け入れなかったアンリースじゃないか!!


 そのアンリースだって、僕と引き離されて毎日のように胸の痛みに耐えて生きている。


 デイジーだって村にいるより、どんな扱いをされようとも皇宮で暮らせるんだから良かったじゃないか!!


 卑しい平民が皇子の相手をさせてもらえるなんて普通に生きていたら叶わない夢のまた夢。






 希望と期待だけを膨らませながら、暗い地下でどれだけの時間を過ごしたのだろうか。


 かろうじて明かりはあるものの薄暗い。


 両足は鎖を繋がれる。


 食事も睡眠も、排泄さえも管理される地獄。


 地上に出られるのは毎夜、たった一人だけ。


 みんな必死だ。夜の相手に選ばれようと心にもない言葉で褒めて気を引こうとする。


 一日中、こんな所にいたら頭がおかしくなる。他人を陥れてでも、自分だけは助かりたい。


 全ては正当な行いであり、みんながやっていること。


 決して悪いことではないんだ。


 地下に光が差し込む度、アンリースが迎えに来てくれたと胸を踊らせるも、違うとわかった途端の絶望感。






 どうしたんだいアンリース。意地を張らなくていいんだよ。僕はいつまででも君を待っているんだから。


 もしかして、僕に怒られるかもって不安になっているのかな。


 僕の優しさは君も知っているだろう?


 ギルと結婚したことは一時の気の迷い、寂しさを埋めるために仕方なく。


 子供だってきっと、無理強いされた。子供に罪はないし半分はアンリースの血を引いているんだ。これからは僕が父親として面倒だって見てあげる。


 こんなにも優しくて完璧な男、世界中を探しても見つからないよ。


 早く僕を助けに来るんだ。君を幸せにするのは、君を愛している僕の役目であり、僕にしか出来ないこと。





 それでもあの日、閉ざされた扉が開くことはなかった……。

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