終わりと、それから
パーティーは早々にお開きとなった。
お父様は間違って陛下が彼に温情を与えないように、話し合いの場に参加した。
その日の夜、お父様から話し合いの結果が聞かされる。
陛下が何度も繰り返し説明したことにより、彼、セリアは自分の行いが間違っていたと納得はしないものの理解はしていたみたい。
──それなら納得までして欲しかったな。
セリアの考え方は、ずっと自分こそが正しいと思っていたため否定されることに慣れていない。
お金の出処については本当に「バカ」としか言いようがなかった。
あろうことか、寄付金に手を付けていたのだ。
寄付金とは、数年前にランウィール領で起きた災害の後に作られた制度とでも言おうか。
王族よりも早く、迷うことなく支援したことによりお父様の株は急上昇。同時に王族の顔に泥を塗ってしまった。
反省……というよりは今後、同じことが起きたとき王族のメンツが保たれるようにとお父様が寄付をしたのが始まり。
寄付は強制ではないものの、多くの貴族が毎年納めるようになった。中でもリードハルム家が断トツの金額。
寄付金とは貴族の想いが込められており、王族が勝手に私用で使っていいお金ではない。
当然のことながら、セリアやリカルド殿下に幾度となく寄付金のことは伝えられていたはずなのに。
管理していた文官にも、なぜ渡したのかと問い詰められた。本来なら彼らが渡さなければ使われなかったお金。
大体の予想は出来る。
あれでも一応は王族。王宮に仕える文官の一人や二人を、どうにかするだけの力は持ち合わせていた。すぐにでも陛下に相談していれば良かったけど、口止めされていて話せなかった。
守る家族がいるのに逆らえるわけもなく。
それを聞いた陛下は怒りや呆れを通り越して、無だったそうだ。
お父様と陛下は長い付き合いだけど、あんな顔を見たのは初めてだったとか。
文官には半年の休みを与え、復帰しても給料は減給。休んでいる間、生活に困らないように最低限のお金だけは支払われる。
お父様からしたらその文官達はクビにして欲しかったはず。王宮を追い出された文官達を拾うつもりだったらしく、陛下もそれを見抜いて一回目は許したのだろう。
──優秀な文官を育てるには時間がかかるしね。
彼女、デイジーのために買った物を全部売ったとしても使った金額には届かない。支払い能力のないセリアからどうやって回収するのか。答えは簡単。唯一の親であるデイジーの母親が稼ぐしかない。
セリアが援助したお金を母親も一緒になって使っていたのだから同罪。
働く店はフランクが用意して、その辺のことは詳しくは教えてもらえなかった。聞かないほうがいいということだろう。
デイジーがでっち上げたいじめに関しては、そもそも。あの二人が騒いでいただけで、学園に広まってもいなかった。でっち上げも、あの一回だけだったしね。
ただ、デイジーはずっと叫んでいたらしい。
「ヒロインは私」
「悪役令嬢であるアンリースさんが裁かれるべき」
ずっと、繰り返し。
王妃になって王宮で贅沢に暮らすことを夢見ていたからこそ、平民に戻ることが受け入れられない。
あまりにも騒ぐものだから、王族と公爵家に対する不敬で死刑になるか、領地に移るか選ばせたところ、後者を選んだ。
行き先が男爵領ではなくリードハルム領だと再び伝えると、なぜか二人共、笑顔になったそうだ。
お父様曰く、勘違いしているらしい。
確かにリードハルム領は最も豊かな領地で、移りたいと願う領民が大勢いる。
平民になってもリードハルム領ならば今までと同じ豊かで贅沢な暮らしが出来ると思っているのか。
出来ないと言わないのは、お父様の優しさなのか、それとも……。
クラッサム男爵からデイジーの行いに対する謝罪を受けた。
ほんと、良い人なのに。
心が弱っていたとはいえ、あんな母娘を迎え入れてしまうなんて。
「男爵もある意味、被害者ですから。もう気にしないで下さい」
今となっては縁の切れたデイジーのために男爵が頭を下げる必要はない。本来であれば問題の二人が謝りに来るべきだけど、顔も見たくなかったから話し合いが終わると同時に領地に移ってもらった。
「男爵。君が後妻を望むなら、今度は私が紹介するが、どうする?」
「いえ。公爵様のお気持ちは嬉しいですが私はこのまま亡き妻と、生きていくつもりです」
「跡継ぎはどうするつもりだ。残される領民は?まさか、引き取り面倒を見てくれと頼むつもりか?」
「それは……」
「養子を取れ。フランク。確か前に、家と縁を切られた成人した貴族がいたと言っていたな」
「幼馴染みの令嬢と駆け落ちしたらしく、今は名を隠し平民として生きています」
「その者を養子に迎えれば男爵家は安泰だろう」
「それはそうかもしれませんが。私の都合で若者の人生を縛るわけには」
「きっと大丈夫ですよ。優しい人ですから。私のほうから彼にお願いしておきます。男爵様の養子になって欲しいと」
多分、その若者はフランクの弟だろう。
一度だけ話してくれたことがある。弟が平民として生きていると。そのときの顔があまりにも切なくて、子供ながらに深くは聞いてはいけないのだと悟った。
縁を切られたというのは嘘だ。フランクの悲しそうな表情がそう言っている。
「他にも必要なことが相談に乗ってやる。援助もしてやる。今のままでは領民の生活は苦しいだろう」
「いえ!もう充分です。妻との思い出の品を取り戻してくれただけでなく、贅沢して使ったお金まで取り戻してくれて。あの……公爵様。彼女があんな大金を隠し持っていたとは思えないのですが」
「それは男爵が気にすることではない」
立て替えだ。デイジーの母親にも今現在、支払い能力はなく、これから稼いでお父様に借金を返していかなければならない。
「お話し中、失礼致します。アン様。ギルラック様がお見えになっています」
「すぐ行くわ」
パーティーが終わり、それぞれが帰ろうとするとき、ギルに話がしたいと言えばギルも私に話があるからと来てくれることになった。
「待たせてごめんね」
「待ってないよ。公爵は?」
「クラッサム男爵と話してる」
リザには紅茶を淹れてもらって、二人で話したいからと退室をお願いする。
密室にならないように扉は開けたままで、部屋の中が見えるようにして。
私達の婚約は偽装だから。
「「あの!」」
二人の声が重なった。同じタイミングで話し始めようとした。
「俺は後でいいから、アンから言って」
「まず先に謝らせて欲しいの。ギルを困らせてしまうと思うから。ごめんなさい」
「え……待って。怖いんだけど」
「婚約のことなんだけどね。その……このまま続けることって出来ないかな」
「…………え?」
警戒していたギルは目を見開きながら驚く。石のように固まっては動かない。
しばらく瞬きもしなかった。
一分ぐらいでギルは動き出して、紅茶に手を伸ばす。平静を装っているけど微かに手が震えて紅茶に波が立つ。
一口飲んで、カップを置いたギルは頭の上にたくさんの?を浮かべながら聞き返した。
この婚約はしつこいセリアをどうにかするためのもの。ギルの優しさ。
問題となっていたセリアがいなくなれば婚約者でいる意味はない。
周りの人には、私達の関係が偽装であると最初からバレていた。
あのタイミングでの婚約はあまりにも不自然で、セリアをやり過ごすための嘘以外はありえないと。
ここで解消しても、誰も何も思わない。
私のせいで少しの間とはいえ、ギルの時間を縛ってしまった。
すぐにでも自由を返すべきだとわかっているのに……。
「嫌なの。ギルが他の女性と婚約するのが」
セリアを王都から追い出すと決めたときから、私達はただの幼馴染みに戻るのだと至極当たり前のことが頭に浮かんだときから胸がザワりとしたのを覚えている。
一瞬のことだったし、深く考えることはなかった。
その逆で、ギルといると胸の奥が温かかくなったり、もう少しだけ一緒にいたいなどと、今までに思うことのなかったことを、思うようになっていた。
なぜ嫌なのか。何が嫌なのか。上手く言えないけど嫌なんだ。
一つだけハッキリしていることは、私にはギルの幸せを心から祝福出来ないということ。
このワガママはギルを困らせるだけ。口にするべきではなかった。
家族の次にギルとは仲が良い。特別な友達。今回のことも含めて、随分と助けてもらった。
それなのに私は、自分都合でギルを振り回そうとしている。
これでは、あの二人と同じ。いや、自覚している分、もっとタチが悪い。
「ごめんなさい。今のは忘れて」
「俺も同じこと言おうと思ってた」
「え?」
さっきまでの動揺はなく、漆黒の瞳は真っ直ぐと私を見ていた。真剣な表情に目を逸らすことが出来ない。
「ずっと嫌だった。よりにもよってあんなバカとアンが結婚するなんて。ほんっともう、嫌で嫌で仕方なかった」
「ギ、ギル?」
「バカが浮気して、アンと婚約破棄して。あのときの礼は本心だよ。婚約破棄してくれてありがとうってのは」
私の理解力に問題がないとすれば、ギルは私に好意を抱いていることになる。
好意。つまり、好き。
──ギルが私を?
やけに顔が熱い。心臓もいつもよりうるさくて。
理解はしているはずなのに頭が混乱する。
ギルに好きな人がいるって嘘をついたことが、嘘だったってこと?
ギルの気持ちに気付かないような鈍感。あれは私のことだったのか。
だって……思わなかったから。ギルが私を好きだなんて。そんな素振りを見せたことなんて一度もない。
セリアとの婚約も、やめたほうがいいとも、考え直したほうがいいとも言わなかった。
──いつから私のことを好きでいてくれたのかな。
ギルの両手が優しく私の手を包む。
「もしアンが俺の幸せを願ってくれるなら、俺の傍にいて欲しい。俺にとっての幸せは、アンとずっと一緒にいることだから。嫌じゃ……なければ、隣にいたいんだ。俺をアンの幸せにしてくれないか」
耳が赤い。勇気を出して伝えてくれているんだ。
ギルの手は熱くて、その熱は段々と私に伝染る。
ギルが私を選んでくれたことが、どうしようもなく嬉しくて胸の奥に引っかかっていた不安が取り除かれた気がした。
私がギルを選んでも、ギルが困らないのであれば、この手を離さないのでもいいのだろうか。




