第56話 止まることを知らない変態美少女小説家
夕食を終えると花恋さんはすぐに自室に戻っていった。
たぶん音楽サイトで『キミが見つけた純真魔法』を買うんだろうな。
僕は食器を洗い終え、シャワーを浴びる。
シャワーを浴びながら『明日も花恋さんウチでエロゲやるのかな』とか『そういえばエロゲプレイでPC占領されると雫と通話できないな』とか思う所が沸々生まれてくる。
雫にはチャットで謝っておこう。そういえばPC占領されると小説執筆も出来ないなぁ。
キュアピュアを終えるまで何もできなくなってしまう。
せめてPCが空いている夜の間に少しでも執筆進めないとな。
身体をバスタオルで拭きながらそんなことを思う。
風呂場から上がるといつの間にか再度上がり込んでいた花恋さんが椅子にチョコンと座りながら出迎えていた。
「弓くん遅いですよ。さっ、続きやりましょう」
「あっ、夜もやるんだね」
「……駄目でしょうか?」
申し訳なさそうに悲しみを表情に浮かべる花恋さん。
「いや、僕は全然問題ないよ。でも花恋さん眠くなったらちゃんと自室に戻るんだよ。間違ってもここで寝ないように」
僕は苦笑しながら答えた。
「あっ、もし私寝ちゃったら運んでくれたりしますか?」
「なに? 『あっ』って。思いついちゃった、みたいなその顔もなに?」
「弓くんの寝室まで私をお姫様抱っこで運んでくれるのかなーって」
「普通にベランダに放り投げておくから安心して」
「女の子に対する扱い!?」
だって花恋さんの部屋に無断で入るわけにはいかないでしょう。
って、そういえば僕、未だに花恋さんの部屋に入ったことないな。
いや、入ってみたいとかそういうわけじゃないけれど!
「弓くん、段々私に遠慮なくなってきましたね?」
「その言葉そっくり返させてもらうね」
「えへへ。なんだかとても仲良しっぽくて嬉しいです。弓くんと水河さんの仲良しさを超えたでしょうか?」
「甘いね。僕と雫の仲の良しっぷりはこんなもんじゃないよ。その域に達するには1年早い!」
「むぅ。手ごわいですね」
なんて口では言っているが遠慮のなさで言えば花恋さんは雫以上だ。
ほんと、急激に仲良くなったよなぁ。この一人暮らしを始めて。
「でも水河さんとはエッチなゲームを一緒にやったことはありませんよね?」
「ないよ! あってたまるかい!」
「じゃ私がリードです♪」
「花恋さんと雫は何の勝負をしているの!?」
一瞬、雫と肩を並べてエロゲプレイしている図を頭に思い描いてしまった。
とてつもない背徳感に見舞われてしまい、瞬時に脳裏から消し去った。
ごめん雫。初めて親友をエロい目で見てしまったかもしれない。
——あっ、初めてじゃないな。雫の部屋に行ったときに押し倒されたことを思い出す。
あの時は物凄く『異性』を意識したっけ。
赤面していた顔が恥ずかしさで更に色素が増した。
「弓くんが水河さんでエロい妄想しています」
「し、しししししてないよ!?」
そんなに顔に出ていたのか。花恋さんに僕の桃色脳内を一発で言い当ててきた。
「ずるいです。私でエロい妄想してください」
「何をいっとるんだ!? キミは!?」
「弓くん、私をオカズにシたことありますか?」
「ついに表現が直接的になったな!? 絶対言わないからね!?」
エロゲというアイテムが花恋さんの中に眠る性の欲望を解放させてしまったのだろうか。
文化祭以前の花恋さんなら絶対言わないであろう性的な話題を自分からどんどん出してくる。
正直童貞には刺激が強すぎる状況だった。
「ちなみに私は妄想の弓くんでも十分オカズにすることが可——」
「さっ! エロゲやるよ! 無駄話は終わりにしてエロゲをやろう!!」
「……最後まで言わせてくれてもいいのに」
頬を膨らませながら視線を鋭くしてくる。
エロゲプレイが話題の逃げ道になるほど今の会話は色々アウトだった。
ここ一週間の平均体温絶対1度以上高いだろうな。
最近花恋さんと会話するたびに火照りが止まらなくなる僕であった。
しかし、この人本当に変わったな。
女の子は遠慮が無くなるとエロいことを恥じらいもなく言える生き物に変わるものなのか。
人生の教訓をまた一つ学べた気がした。
【main view 雨宮花恋】
ああ。駄目だ。
好き過ぎる。
雪野弓くんにゾッコン過ぎている。
『依存』と呼べるくらい彼の傍から離れるのを嫌う自分がいる。
弓くん以外あり得ない。彼以上の男性なんて居るわけない。
女の子みたいな可愛い顔が好き。
私と同じくらいの小柄な身長が安心感をもらえて好き。
私の人生を変えるほど影響を与えてくれた彼の小説が好き。
私が虐められている時に毅然とした態度で立ち向かってくれた彼の強さが好き。
どんなに私が図々しく部屋に上がり込んでも『しょうがないなぁ』って言ってくれる温和な声が好き。
私がいつでも弓くんの部屋に入れるように常にベランダのカギを開けてくれる彼のさりげない優しさが大好き。
好きの気持ちが膨らめば膨らむほど自分が抑えられなくなっていく。
告白するのは『転生未遂から始まる恋色開花』を完結させた時と決めていたのに、すでに告白紛いな発言を繰り返している自分に驚いてしまう。
——『弓くん。お風呂沸きましたよ。一緒に入りましょうか』
——『理性が抑えられなくなったら私は襲われても構いません』
——『ずるいです。私でエロい妄想してください』
——『弓くん、私をオカズにシたことありますか?』
ド変態ですか、私は。
普通の人ならドン引きしてしまうような言葉を弓くんの前ではなぜか平然と言葉に出来てしまいます。
ていうか、ここまであからさまに大好き光線を出してしまっていてはさすがの弓くんも私の気持ちに気づいていますよね……?
まさかのまさかとは思いますが『女の子は遠慮が無くなるとエロいことを恥じらいもなく言える生き物に変わるものなのか』みたいな認識じゃありませんよね?
弓くんと一緒に過ごしたこの1週間。
これからも続くであろう『2人の1人暮らし』。
自信を持って言える。
人生のピークは今であると断言できるくらい、楽しくて、愛しくて、幸せ。
優しくて、素の自分を引き出してくれる弓くんが隣に住んでくれるからこんなにも幸せなのだ。絶対に手放したくない生活です。
この幸せを私一人が味わうなんて間違っています。弓くんも私と同じように幸せな気持ちになってほしい。
そう思って私は彼に尽くしまくっていた。
彼の部屋のお掃除をした(勝手に)
彼の夕食の用意もした(スーパーの惣菜を皿に並べただけ)
彼の衣服のお洗濯もした(洗濯前のボクサーパンツを1枚拝借もした。いつも枕元にある)
家庭的な一面をこれでもかというほど見せつけることができました。
一般的な男性は女性の家庭的な一面に惚れる傾向がある。
恋愛小説初心者の私でもそれくらいは知っています。
少しでも私に興味を抱いてくれればと思い猛アピールをしていたつもりだったのですが——
——『座って!!』
お掃除中に強張った表情で彼が怒鳴ってきたときは心の底から驚いた。
その様子から彼が私に対して怒っているのだろうと容易に想像もついた。
嫌われたんだ、と思った。
やり過ぎてしまった。
せっかく一人暮らしを初めたのに私が彼の貴重な一人の時間を奪ってしまっていたんだ。
後悔と失意が大波のように私の心に押し寄せる。
表情にはなるべく出さないようにしていましたが、私は心の中で大声出して泣いていた。
もう来るな、と言われるんだと思った。
嗚呼。これが失恋の気持ちなのか。
転生未遂から始まる恋色開花は悲恋で終わるんだ。私はこの失意の気持ちを文章に起こさなければいけないのかと思うと気持ちが重くなる。
そんな風に思っていたのだけど、結局は杞憂でした。
——『はっきりいう! 襲われたくなかったらこんなことはもう止めるんだ!』
弓くんは自分の理性の箍が外れてしまうことを恐れていただけでした。
そしてこうも言っていた。
『私は襲いたくなるくらい魅力的だ』と。
つまり今まで私がやってきたことは充分に効果が出ていたことが立証された。
迷惑をかけてはいると思いますが、私の好感度は上がっている。
ならば方向性は間違っていないと考えた。
もし弓くんが本当に私のことを襲ってきても構わない。
むしろ私は彼から襲ってきてくれるのを待っている。
私の初めては弓くんに捧げると決めているのだから。
でもタイムリミットは決まっている。
2年後にアカデミーを卒業するまでだ。
彼ほどの小説の才能の持ち主を出版社は放っておかないだろう。
引っ張りだことなった彼は色々な場所へ転々と移り住む生活に変わるかもしれない。
もしかしたら世界中を飛び回る人になるのかもしれない。
彼に着いていくことは私の中で決定事項なのですが、それまでに一線を越えておかないと弓くんの隣に居る資格がなくなってしまう。
一線さえ超えてしまえば私は堂々と弓くんの隣に居続けることができる。
だからこそ2年間のタイムリミットだ。
ノヴァアカデミー在学中に私の純潔を弓くんに捧げ、弓くんの初めてを私が奪う。
「(……あれ? 弓くんって女性経験本当にないのでしょうか?)」
一つの疑いが脳裏に過る。
友達が少ないという割には女性との関わりが多い弓くん。
もしかしたら私の知らないところで女の子を抱いて……そして——
い、いえ! 私の弓くんはそんなことしません!
アレだけ女の子を大事に出来る人がそんなだらしないことするわけないです!
昔、雑誌でこんな記事を読んだことがある。
『女性経験が豊富な人の方が交際相手として好ましい』、『女性は性行為の時に初めての人よりも経験値多い人を求める傾向がある』
はっきり言って意味がわかりませんでした。
初めて同士の方が良いに決まっている。
もしいざその時が来た時、弓くんが初めてじゃないということが分かった瞬間、私はその場で泣きだしてしまう可能性すらある。
「(でも一応弓くんとの女性関係について調べておかないと)」
その為の手段は今目の前にある。
私の目の前にあるエッチなゲームさえあれば過去の性体験を聞き出すことができる。
気が熟すまで私はゲームを進めることに集中するとしよう。
それにしても——
「(シナリオ……いいなぁ)」
『キュアキュアアイドルみーやちゃん ピュアな想いが溢れて止まらずついつい魔砲発射しちゃった♡ えっ、俺のスキルは魔力無効だから全然効かないんだけど面白そうだから黙っていよう』というタイトルが面白すぎるこのゲーム。
弓くんが言っていた通り、ストーリーがすごく良い。
主人公とヒロインの会話が毎回面白おかしくてつい微笑んでしまう。
小説と違って地の文が少ない。
でもほんの数行のキャラ心情を表すテキストが物語に立体感を生んでいる。
ストーリーの大筋がはっきりしているし、何気ない日常会話にも伏線が張り巡らされていた。
似ている。
私がエッチなゲームのストーリーに夢中になれているのは物語の構成が弓くんの小説に似ていると感じたからだろう。
伏線の張り方はたぶん弓くんの方が上手い。
恐らく弓くんはすぐにでもエロゲ原作者になれる実力を持っている。
だけどキャラ作りはこのゲームの原作者さんが勝っている。
メインヒロインの『みーや』ちゃんは勿論のこと主人公の『カケル』くんも物凄く愉快なキャラクターをしている。
主人公の男の子にすごく感情移入できますし、自分が男性視点になれるからみーやちゃんの可愛らしさが際立って見えていた。
だけど——
「ねぇ、弓くん。いつになったらえっちなシーンに入るのですか?」
このゲームを初めて2日目。
結構ぶっ通しでプレイしているけども一向に18禁シーンに突入しない。
いつになったらみーやちゃんと行為するのかヤキモキする。
「そ、それに関してはノーコメントで」
弓くんは垢を赤らめながら視線を外方へ逸らす。
同時に妙にそわそわし出している。
この反応……さてはもう少しでシーン突入ですね?
に、してもこの人可愛すぎませんか? 押し倒したいんですけど。
「そ、それより喉乾いたよね。コーヒー淹れてくるよ。適温で淹れてくるからちょっと時間かかるけど」
弓くんがこの場から離れようとする。
逃がしません!
ガシッ!
「んな!?」
私は彼の右腕に絡みつき、こちらにグィッ! と引き寄せる。
狼狽した弓くんの頭が私の胸の中に納まった。
「特に喉乾いていないので大丈夫です。それよりもゲーム先に進めることの方が大事です」
「わ、わかった! わかったから! 逃げないから! せめてこの体制は勘弁して! 柔らかい感触当たっているから!」
「前々から思っていましたが弓くん結構筋肉質ですよね。鍛えているのですか?」
「う、うん。寝る前に軽く筋トレを——って、そんなことはどうでも良くて!」
「弓くん、なんかいい香りしません? どうして女の子みたいに良い匂いを漂わせているのです?」
「普通に気のせいだよ! 市販のシャンプーの香りだよ!」
むむぅ。気のせいなどではない。
以前いただいたカーディガンや枕元にある弓くんのパンツとは違う香りを漂わせている。
「はっ!? まさか一人暮らしを始めたのをいいことに女性を連れ込んでいるんではないですよね!?」
それならば弓くんの身体から女の子みたいな香りがするのも納得できる。納得したくはありませんが。
「連れ込んでないよ!? まぁ、連れ込むまでもなく女性が入り込んでいるけどね」
「そんな! こんなに私が監視しているのに女性を部屋に上げるなんて……不潔です!」
「キミのことだよ!? そろそろ自分が男の部屋に上がり込んでいる自覚もって! あと僕から別の香りがするのだとしたら間違いなく花恋さんの香りが移っただけだからね!」
「なーんだ。そういうことならOKです。もー脅かさないでくださいよー」
「全然OKじゃないからね!? 香りが移るほど距離感バグっているってことだからね!?」
「んー、そんなにおかしな距離感ではないと思いますが……まっ、とにかくゲームです! 弓くん、私指が疲れたので私の手の上に添えてもらってクリック補助をお願いしても良いですか?」
「もう一度いうよ! 距離感バグっているからね!?」
結局弓くんはマウスに手を添えることをせず、私の拘束を逃れようと腕をモゾモゾ動かしている。
むー、手を添えながらクリック補助するくらいいいじゃないですか。ケチですね。
私は弓くんに対する不満をぶつけるように腕を絡めながら指の隙間に自分の指を潜り込ませた。
瞬時に弓くんの抵抗は止まり、真っ赤になりながら大人しくなる。
私は反対の手でマウスクリックを進め、ゲームの進行を再開した。
そして——
『カケルくん……』
『みーやちゃん……抱くよ……』
待ち望んでいたシーンが始まった。




