第73話 2人のカーミラ
「で、私はどうすればいいの?」
「俺に言われてもわかんねえから、猫にゃんパス」
「パワーレベリング中だから、1発ダメージ与えて後ろに下がればいいにゃん」
「わかったわ。喧嘩を売ればいいのね」
出てくるモンスターにカーミラがシャドーボールを投げて、ミクがヘイトを奪い安全に倒していく。ここに出てくるモンスターに苦労するわけもなく、ながら作業と言わんばかりに視聴者たちと会話をしながらフォーゼまでの道を進んでいく。
「Carmillaってどこ出身?」
「……ハンガリーかしら」
『やっぱヨーロッパ系なんだ』
『これで日本人ですって言われたら驚くわ』
『ハーフとかならワンチャン』
『つーか、ハンガリーってことは元ネタのエリザベート・バートリーと同じか』
『すげー偶然』
「エリザベートなんたらは知らないけど、著名な方なのね」
『某ソシャゲの影響が大きいと思う』
『あのゲームやる前は知らない英雄が多いもんな。アーラシュとかマンドリカルドとか』
『Carmillaは好きなソシャゲとかある?』
「そもそも、これが初めてやるゲームよ」
カーミラが視聴者たちと会話しているうちに、あっという間にフォーゼにたどり着く。予想よりも早く着いたことで、みゅ~の配信終了時刻まで余裕があるらしく、このままゲームのカーミラに突撃取材と洒落こむこととなった。
「こっちのカーミラねぇ~」
『瓜二つなプレイヤーが出たらAIの挙動がどうなる見ものすぎる』
『案外スルーかもよ』
『それはないだろう』
ザ、ザザザ……
『ん? 今、ノイズが……byみっちー』
「どうしたんだ?」
『ううん。ちょっと機械の調子が悪いかも。もしかしたら配信が途切れるかもしれないのでご了承を byみっちー』
『おけ』
『らじゃー』
ミクは配信も大変なんだなと思いながら、通いなれたうす暗い森の中をスイスイと進んでいく。戦闘においては見どころが少ないせいか、視聴者の数はカーミラが出たときと比べると減少してしまっている。
『面白いトークを byみっちー』
『天の声の無茶ぶりwww』
『Carmillaちゃん、初々しさが無いからしゃーない』
「なによ、それ!文句あるなら作った人に言いなさいよ」
『おーい、聞こえているか、運営』
頑張って間をとらせようとしており、これは早く着いたほうが良さげだなと先行しているミクの足が速くなる。そんなこんなでカーミラの住む吸血魔城にたどり着いたとき、Carmillaの目が大きく見開かれる。
「どうした、Carmilla?」
ザ、ザザザ、ザザザザーン、ザザザザザザザ……
『あっ、まず――』
プツリと配信が途切れる。先ほどから発生したマシントラブルの影響のようだ。現実のことを考えればここで引き返して、配信をし直したほうが良いかもしれないが、ここまで来たからには二人のカーミラの面談を見たいという気持ちは正直なところある。
「配信しているのはみゅ~だし、二人の判断に任せるよ」
「せっかくだから行くにゃん」
「みっちーには悪いけどね~」
「決まりだな。みっちーには後でジュースでもおごるか」
ミクたちが吸血魔城に足を踏み入れた時、Carmillaが小走りで建物の中をペタペタと触り、観察する。ここまで後ろで控えていた彼女からすれば珍しい反応だ。
「なんか気になったところでもあったか?」
「気になるも何も、この装飾品の配置、シャンデリアの形状、どれも私のものと同じだわ」
「ここはゲームの世界だぜ。平行世界ならともかくゲーム内に同じものがあるわけないだろ」
「何を言っているか、よくわからないにゃ」
「すごい豪邸ってこと?」
(そういや、みゅ~には俺たちのことを話してなかったな……)
今、ここで話すべきかどうかミクが迷うも、ここで適当に言い繕って隠したとしても、今後Carmillaと一緒にゲームをするのであればどこかでボロが出る可能性は高い。となれば、正直に話す方が賢明かとミクの中の天秤が傾き始める。
「今日は遅いし、明日、その辺の事情をじっくりと話すよ」
「おっけー」
「それは良いとして、私の家と同じつくりなら……」
「おい、どこに行く気だよ!」
Carmillaがぶつくさ言いながら、城の中を一人で歩き始めるので、慌ててミクたちもその後を付いていく。そこは廊下の一角。いくつかある内の燭台の1つに置かれている右側の蝋燭から消し始めたCarmillaはその燭台を右に7回、左に13回、右に4回まわして燭台を引っ張ると床が割れて、地下への階段が現れる。
「私のと同じ仕掛けだわ」
「つーか、こんなギミックあるの知らねえぞ。ゆっちーとSPICAたちは?」
「知るわけないJAN☆」
「同じく☆」
「ってことは前人未到の隠しエリアってわけか」
全く未知のエリアに怖がる気配さえ見せないCarmillaはずんずんと階段を下っていく。ここは城の主である彼女についていった方が良いと思ったミクたちは敵に気を付けながら、階段を下りていく。そこにあったのは一つの扉。ボス戦があるのではないのかと思ったミクたちではあったが、当のCarmillaはそんなことを気にせずにバンと開ける。
そこにいたのは怪しげなフラスコを加熱しながら、本を読みふけっているカーミラであった。
「誰? って私!?」
「私が本物のカーミラよ」
「何を言っているの、私が本物よ!」
(こう見ていると、服まで同じだったら見分けがつかねーな)
互いにガンを飛ばしながら言い争っている2人のカーミラをのんきに見守るミクたちではあったが、カーミラたちの言い争いは次第にエスカレートしていき、醜いキャットファイトをそろそろ止めたほうが良いのではないかと思うほどだ。
「私の方がきれいに決まっているでしょう」
「何を言っているの。私の方が!」
「おーい、二人ともその辺に……」
「この偽物の癖に!」
「偽物って何よ!振って湧いた貴女が偽物でしょ!」
「私が偽物ぉ? なら教えてあげるわ。貴女はゲームの中、架空の存在。作られた存在。そして、私は生身の身体をもつ存在。私の方が本物よ」
(ゲームのキャラに思えはゲームのキャラだと言っても、信じるわけないだろ)
止まることを知らない言い争いをみたミクは無理やりにでも中に割って入ろうかと歩み出した時、カーミラが突如として頭を抱え、ガタガタと震えながら苦しみだす。突然の異変にCarmillaも驚いて後ずさりする。
「わ、私が作られた存在? そんなわけない……子供の時の記憶もパパもママも覚えている……そんなわけない……」
「カーミラ、あまり気にするな。Carmillaも言いすぎだ」
「……否定しないのね」
「それは……」
「こんなに、鮮明に記憶があるのに作られたものなんて信じない!そんなはずがない!」
ザ、ザザ、ザザザザザ、ザザアアアアア……
カーミラの絶叫と共に周りにある家具や壁、机に置かれた書類や薬品などが砂嵐にでもあったかのように乱れる。その異常すぎる光景にミクたちは原因であろうカーミラが距離をとる。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……
「な、なにが起こっているにゃん?」
「こんなノイズ、ありえない。ゲーム、壊れちゃった?」
「このノイズは……同じだ。俺が初めてログインした時と!」
あの時は一瞬だけだが、今度ははっきりとした形でミクたちに知覚される。そして、辺りにあったものが消えうせ、砂嵐まみれの空間に変貌していく。そして、カーミラの頭上に巨大な棺桶が現れ、カーミラが吸い込まれ蓋が閉じていく。
「一体、何が起ころうとしているんだ?」
「ボス戦? 気合入れすぎ~」
ゆっちーの楽観的な意見を肯定するかのように棺桶からにょきにょきと黒い手が8つ生えてくる。敵モンスターあるべきHPゲージがなぜか表示されず、名前は『Secret OS ver4』となっていた。あまりにも無機質なその名はファンタジーな世界に似合わないものだ。ミクは剣を握りしめ、Secret OSを睨め付ける。
「何が起こっているかわかんねえけど、カーミラ、必ず助けてやるからな」