第71話 暴かれる世界
7月31日の日中。ギルド対抗戦が終わって以来、オカルト同好会の面々は9月の文化祭に向けての準備をしていた。麗華が全体的なレイアウトや展示用ポスターの作成、裁縫が得意な綾香と紅葉が衣装づくり、残る部長と三雲が道具作りを担当している。
ミクが暗幕に厚紙や折り紙を切り抜いた蝙蝠やお化けの装飾を施したり、絵の具で星空を書いたりしていると、紅葉がとんとんと肩を叩く。
「みっちゃん、ちょっと服着てくれる?」
「ああ、良いぜ」
三雲は体操服を脱いで、紅葉が作った燕尾服風の衣装にそでを通していく。着る人が女性ということもあって、胸元は少しゆとりのある構造になっている。
「どう?」
「ちょっときついか……」
「う~ん、私が着たときはそこまできつくなかったんだけどなぁ」
一度、下着も脱いでもらい、三雲の体をメジャーで採寸する。すると、紅葉の顔が少し不機嫌なものに変わる。
「みっちゃん、うすうす感じていたけど、胸大きくなってない?」
「それはその……」
「絶対、ブラのサイズあってないでしょ!」
「でも、買い替えるのもったいないし、多少きついくらい……」
「駄目だよ、サイズ合わせなちゃ!麗華ちゃん、ちょっとみっちゃんの服を買うついでに買い出しするから、足りないものとかない?」
「そうですわね。夕方に料理の試作をしたいので、このメモにある材料、人数分の購入をお願いしますわ」
麗華からメモを受け取った紅葉は再び体操服に着替えた三雲を連れて、購買へと向かう。食材を買うよりかは先に目的の下着から購入していく。
「うう、まさか俺がEカップになるなんて……」
「2カップも大きくなったもんね~まだ成長するかも」
「その上ってFとかGだろ。グラビアアイドルでしか知らねえぞ」
「身長も伸びているし、そっち方面でも売れそうだよね」
「見る分にはいいけど、やるのは勘弁」
三雲がため息を吐きながら、1階の食料品コーナーで麗華から貰ったメモに書いてある品々を買い物かごに入れていったとき、紅葉がコーナーの一角を見つめる。そこにはトッピングに使われるレーズンやカラーチョコスプレー、ココアパウダーなどが置かれていた。
「どうしたんだ?」
「う~ん、麗華ちゃんのメモをみるにトッピングするから本体はプレーンなクッキーなのはわかるんだけど、それだけだと寂しいから、ココアとかで色合い変えられるもの無いかなと思って……」
「じゃあ、買えば良いだろ」
「でも、メニューを勝手に変えるのは……」
煮え切らない紅葉をよそに三雲はトッピングコーナーに置かれている品々をぽいぽいと買い物かごに入れていく。
「あっ、ちょっと!?」
「どーせ試作だろ。だったら買わないで後悔するよりかは買って後悔したほうが良いに決まっている」
「でも、余計なものを買ったら怒られるよ?」
「大丈夫だって。メニューが変更できないなら、俺が自腹で買ったことにすればいいさ」
「もう、これはみっちゃんと折半だからね」
「これくらい良いよ」
「駄目。言い出しっぺの私の気が収まらないんだから」
「だったら、そうさせてもらうぜ」
メモに書かれた品物以外でも使えそうなものも買い物かごに入れて清算し、部室へと戻っていく。部室では、いなくなった三雲に代わり部長が綾香の毒牙にかかっており、少し影のあるロン毛の麗人になっていた。
「すげー、誰か分からなかったぜ」
「うん。ゲームでも思ったけど、部長って顔のパーツは良いよね」
「は、恥ずかしい……」
「もう少し自信を持ってくださいよ」
「そうそう。俺なんて男から女になっても堂々としているぜ」
「初めの頃は色々とあったけどね」
「それは言わねえ約束だ」
「そうですわね。この引っ込み思案な性格どうにかしてもらわないと、接客に差し支えが出ますわ」
「そうはいっても……そうだ、料理する側に回れば……」
「確かに前日にある程度は作るとはいえ、当日も作る可能性はありますわね。少し早いですが、家庭科室で各々の料理の腕を確認しましょう」
「俺も作るのか?」
「今や殿方も料理をする時代。元男だからという逃げ道は許しませんわよ!」
「うげ~、俺、家庭科の実習以外で料理したことねえぞ」
「レシピ通りに作れば、大きな失敗はしないし……」
「適量とか少々とかよくわかんねえ。それにレシピ見たけど、バターとか砂糖とか入れすぎじゃね?」
「では、レシピを参考に自分が思う通りに作っても構いませんわ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
作業を中断し、作りかけのポスターや装飾品を段ボールに入れて、隣にある準備室の片隅に置かせてもらう。そして、家庭科室で別の部活やクラスがわいわいと大声で料理をしている中、後方の貸し出されたキッチン台に食材を置いていき、レシピを見ながら作っていく。
「えっ~と、バターと砂糖を混ぜてから小麦粉を入れるんだな」
「私はココアパウダーを入れようかな」
「パンプキンポタージュもあるんですね。私はこれを入れてハロウィンっぽくします」
「部長である私が言うのもあれだけど、メニュー変わっても大丈夫?」
「申請の際、クッキーとしか書いていないので、これくらいのアレンジは許容範囲でしょう。念のため、後日、確認しますが」
「サンキュー、麗華」
「喋っている暇があれば、手を動かす。今日は夜に儀式もあるから、スケジュールが立て込んでいますわよ」
そして、各自作ったクッキー生地から型抜きして、オーブンレンジで焼き上げていく。そして、出来たクッキーはみな見事な出来栄え……というわけでもなかった。
「案の定というか、みっちゃんのクッキーはボロボロだね」
「なんでだよ」
「下手に減らすと、つなぎが弱くなって形が崩れますわ。お菓子作りにおいて、分量を守るのはマスト!減塩だの微糖だのとやるのは基礎をしっかりと学んでから!」
「野球だと、走り込みとか素振りが足りねえってわけか。それなら納得だ」
「パンプキンクッキーはちょっとくっついたなぁ。生地を寝かせておくかポタージュの量を少し減らしたほうが良かったかも」
「減らしすぎるとかぼちゃの風味が無くなりますし、前日に作った分だけの販売にした方がよさそうですわね。ココアの方は上手く出来ていますわね」
「へへ、ゲームオタクだけの女とは思わないでね!麗華ちゃんもきれいに焼けているね」
「これくらい当然ですわ。で、肝心の部長さんというと……なんですの? この真っ黒なものは?」
「……チョコクッキーです」
「チョコが溶けだしたには黒いような……」
「チョコとクッキー生地の配分を間違えたのかも」
「チョコいっぱい入れたほうがおいしくなると思って……」
「これでは料理を任せるわけにはいかないですわね」
「待って。普通のならできると思うから」
「いいえ、部長様と三雲の料理の腕はまだ人に出せる域に無いと判断しました。というわけで、お二人は接客メインでやってもらいます」
「み、三雲ちゃん、女歴も浅いし、人前で接客なんて恥ずかしくてしたくないわよね!」
「ん? いや、まあフリフリのメイド服とかスリットがすごいチャイナ服とかなら考えたけど、俺、元男だから男装なんて恥ずかしくねえし、下手な料理を出すよりかは接客の方が気が楽そうだ」
「う、うう……」
「というわけで、部長はこの人見知り? 引っ込み思案? な性格をどーにかしてもらいます」
「逃げ場が……ない」
「まだ夏休みは1か月もあります。性根を叩きなおすには十分な期間でしょう」
「そ、その前に儀式、じゃなくてカーミラさんを召喚する魔法陣の準備をしないと」
「運動部のグラウンドの使用が終わるのが7時ですから、その30分前で十分でしょう」
「それまでの間は自由時間でいいか?」
「そうですわね。では、片付けの時間も踏まえ、1時間の休憩をはさんで準備室に集合。事前に用意した道具をグラウンドまで運んで、運動部が終わってから、魔法陣の作成とカーミラの呼び出しを行います」
出来たクッキーを食べ終え、貸し出された調理器具をきれいに洗っていく。残った材料は後で紅葉がきれいに食べるとのことだ。
そして、運動部が自分たちの寮に帰るのを見計らって、三雲たちは魔法陣のラインを引いていき、その中央にある2つの円の内1つはカーミラが指定した材料、もう一つの円には三雲を置いて、前回と同様に麗華たちの血を垂らして、部長が呪文を読み上げる。
「あのときと同じ光だ!」
「三雲ちゃん、カーミラの姿を強く念じて」
「ああ、わかった」
青く光る魔法陣の中で三雲がカーミラの姿を念じていくと、置かれていた蝙蝠の死骸、バケツに入った水やら土、布や薬品が粘土をこねるかのように形を変えていき、人型に変わっていく。そして、光が収まると、そこには漆黒のドレスを纏ったカーミラが居た。
「召喚に応じて参上したわとでも言えば良いのかしら」
「みっちゃん、どこぞの運命のこと考えたでしょう」
「だって、何か召喚するってなるとアレを思い出すし、そもそもアレを勧めたのお前だろ」
「まあね。布教は大切だもの」
「こほん。こっちも色々と話したいことはあるわ。落ち着いたところで話さないかしら?」
「校舎は8時までしか使えませんし、長話をするなら自分たちの部屋の方がよさそうですわね」
「だったら、俺の部屋だな。入口から近いし、他の人に見られるリスクが減る」
三雲がカーミラたちを連れて、自分の部屋に招き入れる。幸いにも運動部は部活終わりで入浴中。時間的にも、夕食をとっている生徒もいるため、他の生徒とは出くわすことはなかった。
「さてと、前の話の続きにはなるけど、復元力とかで俺の身体を元に戻すことはできるのか?」
「可能よ。いえ、可能だったというべきね」
「どういうことだ?」
「何か書くもの無いかしら?」
「ペンとノートで良いか?」
「悪いわね」
カーミラがさらさらと見慣れぬ文字と絵を描いていく。向こうの世界の文字なので三雲たちには読めないが、書かれている絵は間違いなく地球だ。それも2つ。そしてそれらの間には壁のようにさえぎられているまっすぐな線が引かれている
「まず、復習から入るわ。右の地球が私が住んでいる錬金世界。もう一つを貴方たちが住む科学世界と称するわ。他にも平行世界はあるだろうけど、ややこしくなるから、今はこの2つしかないと仮定するわ。これらの世界は本来、次元の壁によって遮られているため干渉できない。仮に干渉し、通過したとしても、今度は世界事態に復元力があるから異物を跳ね返して元の世界に戻すことができる」
「つまり、平行世界の移動には次元の壁の突破と復元力の無効化が必要というわけですわね」
「そういうこと。次元の壁の突破は優れた錬金術師なら『観測』止まりだけど、することは可能。だけど、復元力の無効化については長年不可能と言われ続けてきたわ」
「それなら、放っておけば元に戻るんじゃないのか? なんで出来ないんだよ」
「それを今から説明するわ」
カーミラがそういうと、錬金世界にひび割れのような模様を描いていく。
「私たちの世界だと、1年ほど前に空に赤いひびが発生。それは昼夜問わず、どの場所でも同じ模様で観測された。この異常事態にホーエンハイムの門下生など名だたる錬金術師が調査してもそれが何か分からずじまいで何事もなく時間だけが経過。そして、貴方たちの召喚に応じた日を境にひびが増加。それに伴い召喚の術式の成功確率がひび発生前よりも上昇、その結果を受けた彼らはこう結論付けた。世界の崩壊現象。その3rdフェーズであると」
「どういうことだよ!?」
「召喚が成功しやすいというのはメリットに見えるけど、それは世界の復元力の低下も意味している。そして、世界の復元力が失われるということは、最後の防壁が失われてあらゆる世界に干渉されるということ。もし、科学世界に悪意があれば、自身は復元力に守られながら一方的な攻撃だって可能よ。いえ、それどころか吸収されるリスクだってある」
「そんなつもりはねえよ!」
「それどころか、そんな技術ありませんわ!」
「この召喚術式だってたまたま見つかったもので……」
「そうです。この際、言いますけど召喚が成功するなんてこれっぽちも思っていませんでした」
「ひどい!?」
「そもそも、それが異常なのよ。私も彼らのところに出頭し、一連の出来事を話して、議論を交わしたわ。まず、科学世界は錬金術が発達せずに科学が発達した世界と定義される」
「そうだよね」
「だけど、科学世界に錬金術でも最高峰クラスの召喚術式が残されているのがおかしいと彼らは指摘したの」
「でも、俺たちの世界でも錬金術はあったし、そういうのがあってもおかしくはないんじゃねえの?」
「やろうと思えば、科学技術で卑金属(水銀)から金を作ることはできますわね」
「卑金属から金はこっちの世界だと基礎レベルまで落ちているわ。そこらの一般人が扱えるものかしら?」
「それは専門の設備とスタッフが必要ですわ」
「錬金世界でも高難易度の術式が科学世界にあるわけがない。つまり、存在してはいけない術式よ」
「それなら、これは……」
パラケルススの写本を握っている部長の手が震えている。それも無理はない。今しがた、この写本を解読したことで世界が崩壊するかもしれないと言われたのだから。
「少なくとも錬金世界のパラケルスス、こちらではホーエンハイムの名で通っているけど、彼は錬金術の基礎を作り上げたのと同時に医療の研究がメインよ。それに召喚術式は彼の没後に生まれたものだから、別の平行のパラケルススから来たと考えられる。つまり、科学世界はすでにどこかの平行世界を吸収している可能性が高い」
「そんな!?」
「ちょっと待て!それなら、俺たちが住んでいた元々の世界は――」
「……彼らが言うには吸収されたのではないかという見解よ」
「ふざけんな!」
三雲がこぶしを握って床を強く叩きつける。どこぞの誰かに両親、友人、知人を皆殺しされたも当然なのだから、仕方もないことだ。
「元に戻す方法はありませんの?」
「コーヒー牛乳をコーヒーと牛乳に分けるくらいには難しいわよ。しかも、今回の場合、少なくとも3つの世界が混ざっている。場合によってはそれよりも多いかもしれないとなると……」
「そ、それは……不可能ですわね」
流れる悲痛な沈黙。三雲たちは二度と戻れない故郷を思い、部長は自責の念にとらわれ、綾香と麗華は彼女たちにかける声を持つことすらできない。
「この事態を重く見た錬金世界はこの召喚が絶好のチャンスと考え、世界中の錬金術師が総動員して私の召喚を安定化。黒幕の逮捕、場合によっては抹殺もやむなしと命令を下されたわ」
「でも、捕まえたところで……」
「このまま何もしなければ、この世界も復元力を失う危険性もある。すでに科学世界は平行世界の移動・吸収が観測された1stフェーズ。いつ、空にひびが入って2ndフェーズに移行するのか分からないのよ」
「でも、黒幕もそんなことを知っているなら、対策しているだろうし……」
「その黒幕が貴方たちを生かすか分からないのよ!科学世界に元々いた三雲が今の三雲に上書きされたように!」
「……そうか、俺がこの子を殺したんだな」
三雲の言葉を聞いてカーミラはハッとする。三雲たちは黒幕の世界の改変に巻き込まれた一般人、まぎれもない被害者だ。それを加害者であるかのような発言をしてしまった自分の失言を悔やむ。
「それは違うわ」
「俺がいたから……この子は誰も知らずに死んで…………」
「みっちゃん……それを言うなら私も同じだよ」
「だったら、その子たちの死を無駄にしないためにも私に協力しなさい!」
カーミラは卑怯な手だと思いながら、二人に協力を要請する。三雲から得た知識はあるとはいえ、錬金世界よりも戸籍がきちんと管理されている科学世界で生き抜いていくには協力者の存在は必要不可欠だ。しかも、二人の協力が得られるのであれば、世界有数の権力者の娘の協力も得られる可能性まである。
(打算的と批難するのであれば、いくらでも罵りなさい。私だって、自分たちの世界を見ず知らずの誰かに滅ぼされたくないもの。世界中の錬金術師が世界の崩壊の対策を講じていると言っても、甘く見積もって2、3年。それまでに黒幕を見つけて、復元力を無効化している何かを取り除かないといけない。そのためなら、手段は選べないわ)
「……わかった。協力するよ。学生の俺たちに何ができるか分からないけど、ぜってー黒幕を見つけ出して豚箱に送ってやるぜ!」
「うん。弔い合戦だよ!」
「意気込むのはよろしいけど、復讐にとらわれて学問をおろそかにしてはなりませんわよ」
「そうそう。勉強に遊び、学園生活は楽しまないと」
「錬金世界に迷惑をかけた私が言えたことじゃないけど、私も頑張るから」
「ああ、それもそうだな。改めて、みんな、よろしく頼むぜ」
(少し心配したけど、良い友人を持ったわね。私にもこんな友人がいれば……過ぎたことを考えても無駄ね)
安心したカーミラは一致団結した三雲たちに再度話しかける。それは至極真っ当な意見であった。
「貴方たちが原因だと思っているゲーム。私もやらせてもらうわ」




