吹雪の中の終焉
以前は大きく見えた、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアという男。まだ若いのに国を背負い、王子という立場に身を置く立派な人間。そう思っていた男は、今は目の前でただ小さく、震えている。
だらしないその姿……どうせなら最後まで、男らしい、王子たる姿勢を貫いてほしかったけど。
「く、来るな! は、はぁっ……ば、バーチ! なにしてるバーチ!」
私のことを見るその目は、完全に恐怖に染まっている。この男から、こんな目で見られるときが来るなんて以前は、思いもしなかった。
そんなだらしない男は、聞き覚えのない名前を呼んでいる。視線を追うと……そこには、先ほど倒したガーブルと同じくウィルドレッド・サラ・マルゴニアの側近を務める男がいた。今、ユーデリアが相手している男だ。
ユーデリアの村を滅ぼした、彼の復讐の対象である男。さっき見たときは不気味な雰囲気を漂わせている男だったけど……
「っつ、くっ……!」
バーチと呼ばれた男と、ユーデリアの戦いを確認する。そこには、体から凄まじい冷気を放ちバーチを翻弄する、ユーデリアの姿があった。
冷気により手足の自由を奪い、さらに吹雪かせることで視界をも奪う。その上ただでさえ速い彼の動きは、より速さを増しているようだ。
氷狼の名は伊達じゃない、か。普通の獣ならば氷の足場は動きにくいと思われるが、ユーデリアに限ってはその逆。氷の狼の名にふさわしく、足場が凍る雪のステージでさらに機敏な動きに。
対するバーチは、雪に氷に足をとられ、うまく動けない。つまり、ユーデリアの冷気が増すことによって、ユーデリアとバーチの動きには差が開いていくってことだ。
「ば、バカな……ガーブルやバーチは、この国でトップの実力者だ。グレゴやエリシア、勇者パーティーの元メンバーにだって引けをとらない。それが、こんな……」
ユーデリアとバーチの戦いの様を見て、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは青ざめて、夢でも見ているかのように口をぱくぱくさせている。金魚かよ。
ふーん……実力者、か。確かに強かったよ。だけど……所詮強い止まりだ。師匠や魔王のような、本物には敵わない。そしてそれは、私にも及ばないってことだ。ユーデリアも、同じこと。
なんせ……
「仇が、目の前にいるんだもんね……」
村を滅ぼした男が、仲間や家族を殺した男が、目の前にいるんだ。怒りに呑まれてしまわないかとも思ったが、その心配はないらしい。むしろ、怒りをも力に変えている。
見た目は子供だけど、復讐に呑まれて我を失うほど子供でもなかったってことか。もし怒りに我を忘れてしまえば、あのバーチには絶対に勝てないだろうし。精神的にも強いな、あの子。
「か、仇……? なんの話を……」
「いやいいよ、今さらしらばっくれなくて。あんたの側近が、あの子の村を滅ぼした……それで、あの子以外の村の人間を皆殺しにして、あの子を奴隷にした。それを、あんたが知らないわけないでしょ」
「……は」
この国の一市民ならともかく、自分の側近に当たる男がやった行いを、知らないわけがない。それどころか、この男がバーチに、ユーデリアの村を襲わせる指示をしたんじゃないのか。
直接的にではなくても、命令を下したとして関わっていることに違いはないだろう。
「いや、なに……滅ぼす? 奴隷? なんの、話を……」
「最期くらい、罪を認めたらどうかなぁ」
目を丸くしているウィルドレッド・サラ・マルゴニアのその右頬を、蹴り倒す。男らしくないどころか、最後までしらばっくれるつもりか……!
ま、認めようが認めまいがどうでもいいけどね。それで気持ちが晴れるわけもなし。
「それはそれとして、だ。だからってお前をユーデリアに譲るつもりはないよ。ちゃんと私が殺してあげるから」
「ごっ、ほ! あが……」
「じゃ、向こうも決着つきそうだし……こっちも、いい加減終わらせようか」
「ひっ……」
グレゴは肉体と精神が限界に達し、エリシアは気絶中。ガーブルは息絶え、バーチもそろそろユーデリアの手により終わることだろう。
そのユーデリアの感情の高ぶりのせいだろうか。いつの間にか、ここにまで……いや城の外にまで、冷気は規模を増していた。これ、このまま城を……いや国中を凍らせるつもりか? 本人にそのつもりはないだろうけど。
……それも悪くない……か。どうせ全員殺すなら、全て氷付けにしてしまった方が楽だろう。うん、それ悪くないよ。
「じゃ、ここが凍っちゃう前に終わらせるね」
「や、ま、待ってくれ! 話、を……!」
もう、その命乞いも聞き飽きたよ。
「く、ぅっ……ぼ、ボクは悪く、ないじゃないか! ただ、ただ召喚主に選ばれた、だけ……アンズに不幸があったの、だって、ボクたちは関係ない! 勝手に、向こうで起きたことじゃないか! それを、こんな、八つ当たりなんかで…………関係、ない! 関係ない!!」
「黙れ」
さっき聞いた以上に、見苦しい命乞い。なんでこんな奴に、こんな世界に、召喚されちゃったんだろう。こんな奴らのせいで、なにもかもめちゃくちゃにされなきゃならなかったんだろう。
体力の低下、寒さによる震え、凍り付く体……それらがあるにも関わらず、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの言葉は不思議と耳に届いた。それが、またさらに腹立たしい。
まだなにか言っているけど……ついには吹雪の轟音にかき消され、なにも聞こえない。いや、そもそももう、聞くつもりなんかない。
私は、ゆっくりと足を進める。尻餅をついたウィルドレッド・サラ・マルゴニアの目の前に立ち、手刀を構え……奴の喉元向けて、手刀を振り抜いた。
「っ……っ!」
肉を切り裂き、その奥からは血が吹き出る……はずだった。だけど、すでに氷漬けが進んでいたウィルドレッド・サラ・マルゴニアの体から血が噴き出ることはなかった。
顔と胴体を繋ぐ、首……そこは、上と下を分けるように真っ二つに割れて、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアだったものは、首から上を地面へと落とした。




