復讐すべき相手
ついにウィルドレッド・サラ・マルゴニアを引きずり出すことに成功し、私の望みが断ち切られたその直後……あいつの側近である、ガーブルという男との戦いへと突入する。
なかなかの強さであったが、ガーブルを殺して今度こそ目的の人物を殺そうとしたところへ、新たな変化が訪れた。
城の敷地外で戦っていたはずのエリシアが、敷地内であるここまで吹っ飛ばされてきた。そこへ、追撃のユーデリアも加わる。そこまではいい。
だが、そこから予想だにしないことが起こった。
エリシアを貫くはずだったユーデリアの角は、ガーブルとは別のもう一人の側近へと向けられていた。角と、それを防ぐ短剣とが、ぶつかり合う。
「ゆ、ユーデリア……?」
「グルルゥ……!」
その瞳は、怒りに満ちている。復讐に身を焦がす私だからこそわかる、ユーデリアの感情。その怒りが向いているのは、間違いなく角を向けた目の前の男だ。
その男は、突然別方向から襲われたというのに、顔色一つ変えずにユーデリアを見下ろしている。なんだ、この男は……?
冷たい、言い様のない不気味さを感じる。以前少しだけ行動を共にした、『呪剣』の元持ち主コルマ・アルファードとはまた違った奇妙さを感じる。あいつは変態だったけど、こいつは……
「グルル……やっと、見つけた……!」
考えているその間にもユーデリアは、力任せに押しきろうとしている。だが、涼しい顔を浮かべたその男は、簡単にユーデリアを押し返してしまう。
それも、力任せに力任せで応じるのではなく、力の流れを利用して押し返した。力の使い方が、うまい。
「ユーデリア……どうしたの? あの男と、なにかあったの……?」
「氷狼……そうか、お前あの村の……」
私が、ユーデリアの怒りの原点を問いかけるのと同時、男がぶつぶつとなにかを呟いているのが見えた。
あまりに小さく、普通ならば聞こえないであろう声量。それでも私には、確かに聞こえた。あいつは『氷狼』、さらに『あの村』と言った。加えて、ユーデリアがこうまで怒りを露わにするなんて……
一つの憶測が、浮かんでくる。
「まさか、キミの村を襲った奴……?」
ユーデリアは、言っていた。このマルゴニア王国の人間に、村を滅ぼされたと。村の人間はユーデリア以外殺され、生き残ったユーデリアは奴隷にされたと。
この、個人に対して向けるユーデリアの怒り……並みのものではない。男も、合点がいったと言わんばかりにうなずいていることから、間違いない。
「あの時の、生き残りか」
その呟きは、私の推測を裏付けるものだった。現れた氷狼を前に、男も自分が手にかけた一族の生き残りと、気づいたのだろう。
それにしても、ユーデリアの復讐相手が……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアと一緒にいただなんて。なんという運命の組み合わせだろう。
これは予想外ではあるけど……復讐の対象が一緒にいるのは、かえって手間が省けるというものだ。
「グルルル……!」
こりゃ、ユーデリアを止めても聞かないだろう。その気持ちはよくわかるし、素直にあの男を任せることにしよう。代わりに私は、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアと向き合えるわけだ。
そうと決まれば、さっそく……
「ま、待って……!」
しかし、そう簡単にはいかないらしい。一つの声が、逸る気持ちを制止させる。
「エリシア……」
「アンズ……もう、やめて。これ以上こんなこと続けて、なんの意味があるの? 罪のない人たちを、たくさん殺して……どうして、こんなこと。命の重さを、よく知ってるはずなのに!」
この期に及んで、私を説得しようっていうのか……
見れば、エリシアの手足は所々が氷付けになっており、肘や膝など間接部分にも凍傷が及んでいる。自身の体を回復させるのを後回しにするほど感情が高ぶっているのか、単に魔力が尽きかけているのか。
そんな状態で、憎たらしい男を庇うように立っている。その男に庇うような価値なんて、ないのに。
「命の、重さか……」
「そうだよ! サシェが、ボルゴが、ターベルトさんが死んだとき! 泣いてたじゃない! 誰かが死んで悲しむなんて、こんな想いを誰にも味わわせたくないって、言って……」
「退いてエリシア。じゃないと、あなたのことも殺すよ」
なにを言われても、私の気持ちが揺らぐことはない。以前の仲間のことを話せば躊躇するとでも思っているんだろうか。
なにも聞かず、ただ退けと言い放つ。……けど、これくらいで退くなら、初めからここまで抗ってないか。
「ダメよ。どうしてもっていうなら、理由を話して!」
「無理だよ。理由を話したところで、あんたたちにはわからない。私の気持ちなんて、誰にもわからないよ」
そう、理由なんて……この世界の人間の誰にも、わかるはずもない。
突然異世界に召喚され、帰るための唯一の手段である魔王を倒すための旅に駆り出されて、数々の困難を乗り越えて、ようやく魔王を倒して元の世界に帰ったと思ったら……帰った先に、私を待っている人たちは、いなかった。
その気持ちを、救ってもらった側の人間に話すつもりも、理解してもらえるとも思っていない!
「そんなことない! 話してくれないと、なにもわからな……かはっ!?」
「今わかったよ。エリシアのそういう、なんでも話し合いで解決しようとするとこ……大嫌いだ」
私に説得は通じない。エリシアの腹部にめり込ませた拳は、それを伝えるには充分だろう。ユーデリアとの戦いで傷ついた体に、私の一撃は相当効いたはずだ。
エリシアは膝から崩れ落ちる。その様子を、彼女の後ろにいたウィルドレッド・サラ・マルゴニアは変わらぬ表情で見つめている。
「ひどいなぁアンズ。仲間だろう、エリシアもグレゴも」
「ひどいのは今も表情一つ変えないあんたでしょ。私のことどころか、自分の世界の人間のこともどうでもいいと思ってるんだね」
以前はこの男のこと、この世界や人々のことを第一に考える人徳者なのだと思っていた。でも、今はもう、そうは思えない。
グレゴもエリシアも、目の前で死んだガーブルのことも、どう思っているのかわかったもんじゃない。
「ユーデリアの村を襲わせたのも、あんたの仕業ね」
「ユー……? なんの話……」
「とぼけるな!」
ユーデリアの村を襲った人物を側に置いている時点で、この男の関与は疑いようもない。本当に、どうしようもない……もう、なにを話しても無駄だ。さっさと終わらせよう。
膝をつくエリシアを放り捨て、私は前進する。その足はだんだん速くなり、自分でも意識しないうちに拳に力が入る。
それをこの男の横っ面に、叩きつける! こんな貧弱な男、一撃で殺してやる!
「うぁああああ!!!」
「焦らないでよアンズ。そんな顔してたらかわいい顔が台無しだよ? いいかい……『止まってくれ』」
この拳を振り抜けば、この男の命は終わる……そう確信し、拳を振り抜く。いや、振り抜いたはずだった。
しかし……突然、体が動かなくなる。これはまるで、エリシアの金縛り魔法にかかったみたいだ。ただ、これはあのときの比ではない。
「……!?」
それに、今ウィルドレッド・サラ・マルゴニアから、エリシアのような魔力を感じとることはできなかった。
つまりこれは魔法じゃ、ない? なんだ……それならなんで、体が動かないんだ? この男が、さっきから余裕そうにしていたのと、関係があるのか?
いや、この謎の現象こそ、余裕の正体?
「ふふ……どうしたの、アンズ。さあ、『その拳を下ろしてくれ』」
「ふ、ざけ……なっ?」
その言葉に従う理由など、どこにもない……のに、私の体はその言葉に従うように、ゆっくりと拳を下ろす。意識で否定しても、体が言うことを効かない。
これ、は……いったい、なにが、起きているんだ?




