第82話 私の望み
『あんたがおとなしく私に殺されるなら、これ以上暴れるのはやめてもいいよ』
これこそが、私の望み。ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの首こそ、私が今一番望むもの。それが受け入れられるなら、ここでの殺しはやめてもいい。
だからといって、この世界への復讐をやめる気も、捕まる気もないけど。
私の望み……それを受けて、さすがにウィルドレッド・サラ・マルゴニアは呆けた表情だ。さて、果たして彼がどんな返事をするのか……気になるところだったが、彼の答えよりも先に、動いた男がいた。
「貴様、この無礼者め! 王子に首を差しだせだと!? ふざけるのも大概にしろ!」
やれやれ……また、この男か。確か、ガーブルと呼ばれてたっけ。
「ふざけてないよ、おじさん。その男がおとなしく私に殺されてくれるのが、私の望み」
「な、に……!?」
グレゴは老け顔だったけど、ガーブルは確実におじさんだな。もっともグレゴは、実年齢は私とそう変わらなかった。だからこその、老け顔といじられてたけど。
この男の年齢なんて知らないが、がたいがいいし声が大きい……迫力はある。その威圧感だけで、並の人間ならびびり上がってしまうだろう。
ガーブルは額に青筋を立て、ほっといたら切れてしまいそうなほどに血管が浮き出ている。というか、そのまま血管が切れて死んじゃえば楽なのに。
「ガーブル、落ち着け!」
「いいえ、王子……あの女は、王子を愚弄しました。どのみち、あの女はここに至るまでも許されないことをした……この世界を救った『英雄』だか知りませんが、あの女は許すことはできません!」
どうして、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアなんかにあんなに忠誠を誓っているのか……その疑問をぶつける前に、先にガーブルが突っ込んでくる。
その勢いはまるで、トラックが突っ込んでくるくらいの迫力がある。直撃したら痛いじゃ済まなさそうだ。
丸太のように太い腕を振り上げ、それを私に振り下ろす……が、その時にはもう、私はその場にはいない。ガーブルの腕に乗り、攻撃を避けていた。
「おー、一度やってみたかったんだよ。こういう腕に乗るってやつ。漫画で見てかっこいいって思ってたんだよね」
「なっ……こ、小娘がぁあ!!」
怒れるガーブルは、もう片方の腕で私を掴むために手を伸ばす。うわ、あれに掴まれたら、私でも体バキバキに折れちゃうよ。
力だけなら、グレゴ以上はあるだろう……けど、力だけだ。決してスピードがないわけじゃないが、これまでに見てきた強者に比べると、な……
しかも、頭に血が上りすぎだ。これじゃいくらでも、対処できる。
「ほい、っと」
だから、私は腕から飛び上がった後……ガーブルの体を飛び越える過程で、ガーブルの無防備なうなじに、手刀を打つ。このまま、切り裂いてしまおうと……
ギィン!
「いぃい!?」
手刀が、弾かれる。それも、ガーブルのうなじ……そもそも、人体から聞こえるはずのない音が響く。
まるで金属に、弾かれてしまったみたいだ。私ならたとえ鉄であろうと破壊できるが、さすがに手刀で切り裂けるほどに化け物染みてはいない。
いやいや、金属もなにも、今手刀を打ったのは人体なんだけど。人体くらいなら、手刀でも切り裂けるはずなのに。
「どうなってんの、その体……」
「ぬぅう……」
魔法で身体を強化している……わけではないようだ。つまりこの男は、純粋に体が硬い、ってことなのだろう。
なるほど、ただのパワーバカが、この国の王子の側近を勤められるわけがないってことか。
「なら、こっちにもやりようがあるよ」
体が硬いなら硬いなりに、やりようはある。半端な攻撃が効かないなら、一撃一撃に必殺の威力を込めて、打つだけだ。
「だぁあああ!」
ガーブルの拳が振り上げられ、正面……つまり私に向けて、放たれる。リーチが長い分、多少の距離があってもガーブルにとっては関係ないようだ。
このまま避け続けるのは、簡単だ。だけど、そんなの時間の無駄だ。あの男がこの場に出てきた以上、側近であろうとなんだろうともう用はない。
あの男が目の前にいるんだ……邪魔するなら、容赦なく殺す!
「ぅりゃあ!!」
迫り来る拳に、取った行動……それは、私の拳を打ち付けること。二つの拳がぶつかり合い、衝突の衝撃が大気を揺らす。
……すごい、力だ。踏ん張るだけで、精一杯。こんな人物がいたなら、魔王討伐の旅を共にしてほしかったくらいだ。
「ほぉ、この力……さすがは『英雄』と呼ばれるだけある。だが、王子のため、この国のため、負けるわけには、いかん!」
拮抗していた力が、強くなっていく。この男にも、この男なりの信念があるってことか……それは、正しいことなのだろう。この世界のために私を許せない気持ちは、きっと間違ってない。
この世界にとって間違ってるのは、きっと私。……ただ、もしそうなんだとしても……
「私はお前たちを、許さない」
この世界のため? 知ったことか。私からすべてを奪ったこんな世界なんて、世界なんて……!
「壊れて、しまえぇええ!!」
心に、改めて気合いを入れ直す。押されつつあった拳は、気持ちの問題からか立て直し……次第に、私の力が、ガーブルのそれを上回っていく。
踏ん張っていた足を、一歩、また一歩と進め……だんだん驚愕に染まるガーブルの表情を確認すると、最後の一押しだと力を込める。
死んでも、恨むなよ……!
「破ッ!!」
呼吸を整え、全身の力を拳に一点集中。この掛け声は、ただの気合い……だが、これがいい味を出すのだ。
一点集中させた力は、まるで拳銃が銃弾を放つように、私の拳から衝撃波を放つ。放たれた衝撃波は、私の拳からガーブルの拳に……腕に、そして体全体へと伝わっていく。
放たれた衝撃波は、大気中から体内へと。ガーブルの体内へ衝撃を与え、なにが起こっているかわからないガーブルを……内側から、破壊する。
ドッ、パァ……!
ガーブルの体は、まるで風船のように膨らみ……内側から破裂し、辺り一面を飛び散る血しぶきが、内蔵が、汚していく。
上半身はもはや、見るには吐き気を催すほどで、二本の足がかろうじて、これが人であったであろうという証明をしていた。
しかし、やがて力を失い……ガーブルだったものは、倒れる。
「き、キャアアアァア!?」
「が、ガーブル様!?」
「バカな! いくら元『英雄』が相手とはいえ……あ、あり得ないだろ!」
「ぐ、おぇえええ!」
あまりにグロテスクな光景に、辺りの人間は恐怖に震える。ある者は泣き叫び、ある者は吐き……絶望が、辺りを支配していく。
これで、少しはウィルドレッド・サラ・マルゴニアに恐怖を与えられただろうか……だがあの男は、顔色一つ変えることはない。この状況にあっても。
気に入らないな。
「ま、いいや。次はお前の番……」
「きゃあああ!!」
せっかくかっこよく決めていたところへ、甲高い叫び声を上げ吹っ飛んできたのは、エリシアだ。ユーデリアと戦っていたはずの彼女がここへ飛ばされてきた……と、いうことは。
「くっ……いてて。……って、う、ウィルドレッド王子!? いけません、ここは危険で……」
「ガルルルァ!」
さっき聞いたのと同じような台詞を吐きながらウィルドレッド・サラ・マルゴニアに注意を促すエリシアだが、咆哮がそれを最後まで言わせはしない。
氷の角を額から生やした獣……氷狼ユーデリアが、その身に冷気をまといながら、とどめを刺すためにエリシアへと飛びかかり……
「ガル…………!?」
「……」
エリシアを串刺しにする……はずだったその角は、エリシアから標的を変える。その角が向かうは、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの後ろに立つ、もう一人の男。
ガギンッ!
ガーブルと同じく、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの側近であろうもう一人の男を、ユーデリアは襲っていた。その男は、短剣を抜き角を受け止めている。
隈のあるその目は、冷たくユーデリアを見下ろしていて。
「ぇ……」
なぜ、ユーデリアが標的を変えたのか……その理由を聞く必要性を感じさせないくらいに、ユーデリアの瞳は怒りに染まっていた。




