第65話 利用し合う仲
辺りには、人の屍ばかり。倒しても倒しても立ち上がる連中を再起不能にするには、その命を絶つしかない。それがわかっているのか、ユーデリアの周りも死体ばかり。
その手を、口を、血に染めて。
「やるね、キミ……うん、改めてキミが欲しくなったよ」
腕は藍色に染まった体毛に覆われ、指先からは鋭い爪が伸びているユーデリアに、私は恐れることなく近づいていく。あれ、狼の腕かな。もしかして部分的に変化させることができるんだろうか……カッコいいな。
ユーデリアの方は、私に対してまだ警戒心があるようだ。当然だろうけど……そんなもの、関係ない。せっかく面白いものを見つけたんだ、いくら彼が嫌だと首を縦に振らなくても、ここで逃しておく手はない。
「あれだけの数を、一人でさばいちゃうなんて。うん、予想以上だよ」
あの素早い動き、容赦のなさ、そして美しいとさえ思える攻撃さばき……これが氷狼という種族か。単に珍しいだけじゃない。ますます、興味が湧いた。
「……あんた、ボクをどうするつもり……だ」
へぇ……さっき電撃の恐怖にすくんでいたのに、もうその欠片もない。すごい精神力だ。これは、思った以上の掘り出し物かもしれない。
「キミを買ったご主人様をあんた呼ばわり……か。しかもプレッシャーを与えておいたのに、もう克服してる。見た目以上にタフなんだね、キミ」
「っ、いいから、質問に……」
「私に、協力してくれない?」
私への敵意は、この際目をつぶろう。代わりにぶつけられた私の言葉の意味がわからないのか、にらみをきかせていたユーデリアは一転。きょとんとしている。
「きょう、りょく……? いったい、なんの……」
「あー、まあ正確には協力とは違うんだけどね。……私の目的のために、キミを使ってあげる。拒否権はないよ」
そう、協力なんて、そんな馴れ合ったことはしない。私がただ、この子を自分の都合のいいように利用する……それだけのことだ。ただ、これを聞いてはいわかりましたと首を振る人も、いないだろう。
現にユーデリアは、私の言葉を聞いてからなにかを考え込むように黙っている。協力でなく、利用すると言ったのだ。でも考えても無駄なことだ……拒否権はないって、言ったのに。
「……目的、って?」
確認するように、質問を返してくる。確認も道理だろう……どうせいつかは明らかになることなんだし、隠しておく必要もない。
「キミも興味のある話だと思うよ。……この世界への復讐だよ」
私の目的……それはこの世界への、復讐だ。自分でも確認する必要のないほどに、明確な目的。……そしてその言葉を聞いた瞬間、疑問に揺れていたユーデリアの目が見開かれる。
あぁ、やっぱり、興味あるんだぁ。
「キミも、この世界にうんざりしてるんでしょ? 自分を奴隷なんかにして、金儲けなんかに使おうとした連中のいるこの世界に。汚い人間の蠢くこの世界に。……キミには改めて興味を持ったんだよ。同じ奴隷仲間であっても、容赦なく殺すその精神力……うん、使えるよ」
「別に、あいつらは仲間なんかじゃない。……それに、使える使える、って、ボクはお前の……」
「キミを買ったのは私だよ? ……けど、私に利用されるのが嫌だって言うなら、キミも私を利用すればいいよ。馴れ合いはしない……けど、目的が同じなんだから、お互いにお互いを利用すればいい。それだけだよ」
別に私は、この子を死ぬまで使い潰そうとか、そんなひどいことは考えていない。この子が張り切った結果、そうなる可能性は否めないだけで。
それはそれとして、この子にすべてを押し付けて自分は高みの見物、なんてこともしない。やっぱり私は、私の手で事を成したいからね。
だからこれは、本当にただの共同作業。それ以上の意味も以下の意味もない。
「復讐……わかった。その話、ノッてやる」
「買い主は私だってのに生意気だなぁ。ま、いいんだけど」
なんでも命令を聞くほどに従順になれとは言わないけど……この子が今生きているのは、私が首輪や手錠の拘束具を外したおかげ。その辺り、もうちょっと感謝してくれてもいいと思うんだけどなぁ。
「ボクはボクを奴隷にしたこいつら……いや、この世界が嫌いだ。この世界に復讐できるなら願ってもない。その機会をくれたのはあんただ……復讐するっていうあんたの話に嘘はなさそうだし、いいよあんたに使われてやるし、ボクだってあんたを使ってやる」
とにもかくにも……これで、お互いの目的は、一致したというわけだ。
「言っとくが、目的は同じだけどあんたのことは個人的に嫌いだ。隙を見せたらいつだって、その寝首をかいてやる」
「ふふっ、どーぞご自由に」
やれやれ、この子には随分嫌われたようだ。ま、自分を買おうって人間を信用できるはずもなし、か。
生意気だけど……ただ自分に付き従うタイプよりも、こうやって反抗するタイプの方が……うん、この先も退屈しなくて済みそうだ。
「……それにしてもあんた、何者なんだ。商人から奴隷を買うくそ野郎かと思ったら、その商人であるくそ野郎を殺す勢いで睨んでたし……なんか、えいゆーとか呼ばれてなかったか?」
「うーん……ま、追々教えてあげる。今は、やることがあるでしょ?」
……これは、驚いたな。私の素顔を見ても、『英雄』アンズ・クマガイのことは知らないのか。誰もが知ってるとうぬぼれるわけではもちろんないけど、
奴隷たちだって知ってるものは多かったはずだ。その中で、私が買った子が、私のことを知らないなんてね。
私の話……そんなものは、後で適当に話せばいいか。ただ、私のことを知らない人に、私はこの世界を救った『英雄』なんだよ、って話すのも気が引けるな。どれだけ自画自賛なんだ。事実だけど。
「キャー!」
そこに、遠くから悲鳴が聞こえる。そうだ……今は、やるべきことがある。この悲鳴の正体は、予想がつく。先ほどこの場から逃れた、自我を失った奴隷たちが、一般人を襲っているのだろう。
そうなれば、自我の消失は伝染するようにこの村中に広がる。いや、それゾンビか……そのあたりどうなんだろ。ま、どうでもいっか。それを止める……わけではない。その混乱に乗じて……この村の人間を、皆殺しにする。
「その前に……これ、持ってこ」
表通りに向かう、その前に。ひとりでに動き回っていた『呪剣』は、今は地面に突き刺さっている。人間ならばそれを疲労のための休憩と言うが、果たしてこの剣にそんな機能はあるのだろうか。
……『呪剣』と呼ばれるそれを抜き、鞘にしまう。
あの変態の持ち物って点は、すごく気持ち悪いけど……すごく、気持ち悪いけど……持ってれば、なにかに使えそうだ。自我を奪う剣なんて……面白いことになるかもしれない。
新しい武器に、互いを利用し合う人物……この村での収穫は、非常に大きいものとなった。




